初恋
あの感動のフィナーレから少し経って、ヒユちゃんは男とカミングアウトしてから若干性格が変わりつつあったが、私の前では基本的にいつも通りの良い子だったので特にツッコミはいれずに平和に楽しく毎日を過ごした。

そして梅雨が訪れた頃に私はメンチちゃんと共にジャポンを出た。
長い間お世話になった御堂家の皆様には頭を下げて「つまらないものですが…」と御礼の品を贈った。才蔵さんの清々しい顔が忘れられない。
私との別れに号泣するヒユちゃんを見て彼女、じゃない彼が私を本気で慕ってくれていた事を今更ながら実感し、「これ紫の上計画出来るんじゃね?」とか一瞬思ってしまった。
とりあえず私も除念師を見つけるの協力してあげよう。


そんな想いを胸に抱きつつジャポンから戻って一週間後、私はゾルディック家にいた。
何故かと言えば、キルアとの約束を果たすためだ。ほら、前に一回だけゾルディック家に行くって言っちゃったじゃん。
別に無視してもよかったが後々イルミ辺りにぐちぐち言われそうなので、仕方なく私は以前とは違って自力で試しの門を開けて敷地内へ入った。途中、最近雇われたらしいカナリアという名の執事見習いの女の子に挨拶されたので「キルアのことよろしくね」と言っておいた。あの子あれだ、キルアの友達候補の子だよ。
さり気無い邂逅にそういえばここは漫画の世界だったという事を改めて認識しつつ、ゾルディック家の面々が暮らす本邸へ足を踏み入れたわけだ。
それなのに!

「キルアいないのかよ!」
「仕事中だからね」

テーブルを両手で叩くと目の前に置かれたカップが揺れ、向かいに座っているイルミがティーポットの中身を自分のカップに注ぎながら言った。
折角会いに来たのに何故イルミとお茶しなきゃいけないんだろう。相変わらずの無表情でカップに口をつけるイルミを見ながらため息をつく。

本邸に到着した私は玄関先で昔も会った強面の執事さん(後藤さん?というらしい)に再会し、そのまま広間に案内された。
二人分用意された紅茶には口をつけずに大人しく待っているとイルミがやって来て「キルなら今日はいないよ」と言ったのだ。

天空闘技場で修行を終えたキルアは既に一人の暗殺者として仕事を始めているらしい。
イルミはカップを置いて「タイミングが悪いよね」と言う。

「来るなら来るって事前に連絡くれないと。こっちだって暇じゃないんだから」
「え?あ、ハイ……すみません」
「うん。次から気を付けて」

確かに連絡なしに来たのは私が悪いと思う。でもお前ら普段から人に来い来い言っておいて、いざ行くと迷惑がるってどういうことだよ。
顔が引き攣ったが思ったことは呑み込んで「連絡って言っても、私ゾルディック家の連絡先知らないんだよねぇ…」とだけ口にした。

「教えてなかったっけ?じゃあ、ハイこれ。俺の名刺渡しておくよ」
「あ、ご丁寧にどうも」
「二つ書いてある内の右が本邸に繋がる番号、左が俺の携帯。殺しの依頼をする時、新規の客はまず右の番号にかけてからだから間違えないように」
「絶対しないから大丈夫」

笑顔でそう言って貰った名刺を仕舞い、鞄からメモ帳を取り出して自分の携帯番号とアドレスを書いてイルミに渡した。
今頃だが、初めからアド交換しとけば一々流星街まで押し掛けられなくて済んだんじゃないかな?随分昔から知り合っていてお互い携帯を持っているのにここまで来るの遅すぎだろ。
イルミは私から紙を受け取って「あー、一応覚えておく」と言いながら紙を握り潰した。すごく堂々と嘘つくなコイツ。

しかしどうしよう、キルアがいないなら来た意味がないし、もう帰ろうかな。約束通りゾルディック家には来たわけだし。
これからの事を考えつつ、自分のカップに入った紅茶に口をつける。

「ごぶっ!!!え!?が、がはっ!!」

そしたら吐血した。
え!?何これ!?え!?と混乱してイルミに目を向けるとイルミは「あ、そうそう」と思い出したように口を開く。

「この紅茶、結構強めの毒入ってるからセリにはキツいかも」

いや、言うのおせーよ!!と怒鳴りたかったのだが、まず話せない。
ゴホゴホと咳き込み、久々に味わう焼けるような痛みと苦しみに私は耐えられず、そのまま気絶してしまった。

***

目が覚めたら、おかっぱ頭の幼い子供がこちらを覗き込んでいた。
なんだ、ハクか…と目を閉じる。

ってそんなわけねーよ!ハクがいるわけねぇだろ! と自分で自分に突っ込み、もう一度目をパチッと開く。
再び視界に入る黒髪おかっぱの子供のことを私は覚えていた。着物姿ではないが多分カルトだ。
頭の隅から昔の記憶を引っ張り出す。キキョウさんといつも一緒にいたキルアの弟。そんな子が一言も発さずにただひたすら私の顔を見ていた。
あ、あの、お姉さんもう起きたんだけど。見えてる?ねぇ?

「…………………」
「…………………」
「………お、はよう…」
「…………………」

大分意識がハッキリしてきたので、掠れた声でカルトに挨拶をするも無視される。おい、挨拶しろよ。
流石ゾルディック家、教育がなってないなと思いながら無言で見つめあう。
イルミと同じように逸らしたら負けな気がするので決して目を逸らさずに真っ直ぐとカルトの目を見る。あまりの眼力に負けそうになりつつもギリギリのところで耐える。

暫くしてカルトは私を見たまま小さく呟いた。

「違う………」
「…え?何?何が?」
「………………」

聞こえるか、聞こえないかくらいの音量でそう呟くと、カルトは私の問い掛けは無視してそのまま視界から消えた。
バタン、とドアが閉まる音が聞こえたので部屋を出て行ったのだろう。

だから教育がなってない。

[pumps]