初恋
ゆっくりと上体を起こし、辺りを見回す。どこだ此処。
今私がいるベッドにテーブルと椅子、小さなソファー、テレビ、壁に掛けられたよくわからない絵と綺麗な花。
普通に考えて客間か何かだろうか?少なくともゾルディック家の誰かの部屋ってことはないはず。だって部屋なんて腐るほどあるし。
というか今何時だろう。窓の外は明るいので夜ではない……まさかまた朝なの?前みたいに一晩経ってたってやつ?

そう思ってもう一度部屋の中を見回すが時計は何処にもない。しかし、近くのテーブルの上に私が持ってきた鞄が置いてあることに気がついた。
中に入っている携帯で時間を確認しようとベッドから抜け出して、立ち上がったところで部屋のドアが開く。

「おはよう」
「…おはよう………あの、その持ち方やめてあげなよ」

挨拶しながら入ってきたイルミが連れてきた人物と目を合わせて言う。
ついさっき謎の言葉を残して去って行ったカルトが、イルミに首根っこを掴まれて猫のように手足を伸ばした状態で真っ直ぐとこちらを見ていた。なにこれ、ちょっと怖い。

私の言葉にイルミは手足が短いため浮いていたカルトを床に下ろす。自身の手をカルトの左肩に置くと私に向かって言った。

「この子、一番下の弟のカルトね。カルト、この頭悪そうな女の子はセリ。昔から母さんが気に入っている子だから仲良くしておいて損はないと思うよ」
「お兄さん、紹介の仕方がおかしい」

頭悪そうなとか損はないとか言う必要ないだろ。
ツッコミたかったがイルミが「どこがおかしいの?え?」と言いながら、怖いオーラを出してきたので私は「どこもおかしくないです…」と小さく返した。
その間、カルトは何も言わずにただ私を見ている。穴が開きそうだ。何?何なのあの子。

単純に初めて見る人間に興味があるだけなのか?今のカルトは昔初めて会った時のキルアと同じくらいの年だろう。
そういえばキルアも私をなんだコイツ、と不思議そうに見ていた。やっぱり未知との遭遇的な心境なのか。

何にしても私とは会話してくれそうにないので、お兄さんに仲介役を頼もうと口を開くとイルミとカルトは同時にドアの側から離れた。
不思議に思った瞬間、凄まじい勢いでドアが吹っ飛んだ。

「イルミ!セリちゃんが目を覚ましたって本当なの!?」
「あ、母さん」

おいドアくらい普通に開けろよ。
本人には言えないので心の中でそっと思うだけにした。なんだ、何かと思ったらキキョウさんか…で片付けてしまう自分が恐ろしい。
ドアを普通に開けられないキキョウさん以外にも多くの気配を感じた。なんでこんな大人数で来たんだよと思いつつ、ぞろぞろと執事さん達を後ろに引き連れて部屋に入ってきたキキョウさんの姿をしっかりと目に入れる。

「キキョウさ…!?」

お久しぶりですと続けるつもりだったのに途中で声が出なくなった。真っ先に視界に入ったのは目を覆う謎のゴーグルで、吃驚して思わず二度見した。
ええええええ!?あの漫画で付けてたキュイーン!ってやつ装着してるんだけど!?いや、この姿が正しいキキョウさんなんだろうけど。
私の記憶の中の煩いけど綺麗なキキョウさんが音を立てて崩れ去り、煩いキキョウさんが残った。

「セリちゃん!大丈夫!?朝になっても目を覚まさないから心配したのよ!!」

朝も過ぎてんのか。
キキョウさんの台詞でやばい、人様の家で寝過ぎたと青ざめる。

「い、今って何時ですか…?」
「3時だよ。午後の」

消え入りそうな声で尋ねるとキキョウさんではなくイルミがそう答えた。
あれ?私、日帰りの予定で此処に来たんだけど。

「すみません。こんな時間まで寝ていて、」
「あら大丈夫よ!むしろ丁度良いわ。お茶の時間だもの。さ、あなた達早く準備して!」

私の言葉を遮ってそう言うと手を叩いた。後ろに控えていた執事さん達がすぐに返事をしてきびきびと動き出す。
よく見ると全員手に食器やらケーキの箱やらサンドウィッチやらを持っていた。
キキョウさんは執事さん達に「ここに置いてちょうだい!」とテーブルの上の私の鞄を叩き落として言った。
それを見て私は「あ、ちょ…」と言いかけてやめた。キキョウさんは私には好意的だが私の荷物はどうでもいいらしい。

乾いた笑いしか出ない私に向かって、キキョウさんは(キュイーン!のせいでちょっと判断しづらいが)笑顔を見せながら、テーブルの上のティースタンドに乗ったケーキを手で示す。

「このケーキ、セリちゃんが眠っている間に取り寄せておいたのよ。昔から家がよく利用しているお店でね。子供達のおやつとして毒の、ああ!でも安心して!セリちゃんのために毒は入れないで貰ったわ!」

いや、そんなサビ抜き頼んどいたよ!みたいに言われても。ゾルディック家って気遣いの仕方が独特なんだよな。
口を挟むヒマもなくキキョウさんは忙しく動きながら続ける。

「セリちゃんは起きたばかりだし、まずは洗面所で顔を洗った方がいいかもしれないわね。ゴトー、案内して!それはもういいわ。残りの準備は私が……ああ、カルトちゃん!カルトちゃんもいらっしゃい」
「はい」
「それから誰か、椅子をもう一脚お願い。あ、二脚かしら?イルミも頂くでしょう?」
「俺はいいや。あそこのケーキ好きじゃないし」

と言ってイルミは「じゃあね」と私に声をかけてから部屋を出た。
入れ違いですぐさま椅子も運ばれ、残りの執事さん達も準備が済んだため一礼してから部屋を後にする。
そして私は後藤さんに半強制的に洗面所に連れていかれた。
最終的に部屋に残ったのはキキョウさんとカルト。

え、このメンツでお茶とか何の罰ゲーム?

[pumps]