初恋
「カルトちゃん。もうイルミから聞いたでしょう?あなたのお姉様よ」

まだその設定引き摺るんだ。

顔を洗って戻ってきた私を見てキキョウさんは嬉しそうに隣の椅子に座るおかっぱ頭の幼児、カルトに言った。
カルトは返事をしない代わりに私を上から下までまじまじと見る。あまりの視線に額に変な汗が滲んできた。
ニコニコとカップにお茶を注ぐキキョウさんを横目にカルトに声をかける。

「一応言っておくけど、姉ではないからね」
「………………」

無視された。
予想はしていたが、少しショックを受けて私は静かに顔を背けた。
キキョウさんが「駄目よカルトちゃん。ちゃんと挨拶なさい」と注意するとカルトは私に向かって「はじめまして」とだけ言った。

これは大人しいってやつなのか?キキョウさんには返事をするのに、私には何も言ってくれない。まぁ、漫画でもそんなに喋っていなかったけど。
人見知りとかではないだろうから、無口なだけなのか、それとも私と話す価値が見いだせないのか。それは酷いな、イルミでさえ話してくれたというのに。

もう一度カルトの顔を見ると相変わらず私を見ていた。言いたいことあるならハッキリ言ってほしい。
こうやって表情が変わらないところはイルミにそっくりだ。将来が不安になるくらい似てる。
つくづくキルアは特殊だと思う。世間的にはあれが普通の子供なのだが、この家では突然変異扱いだ。
でもそれならミルキも突然変異になるか。比較的感情豊かというかなんというか、あー、ミルキ元気かな?ミルキに会いたいな。帰る前に一回ミルキの部屋に……。

「やっぱり僕が見た人と違う…」
「え?何?カルトちゃん」
「いえ、なんでも」

!?喋った!!
衝撃的すぎて椅子からコントのようにわざとらしく落ちそうになった。いや、そりゃ話すけど!でも今のはなんか長文だった。
キキョウさんはなんでもないと言われて「そうなの?」と話を終わりにしようとするが、私としてはこのチャンスを逃すわけにはいかない。すかさず口を挟む。

「何が違うの!?」
「別に」

エリカ様ネタやめろ。
かつてないスピードでそう返されたが、返事がきたからまだマシなのか?
ここでカルトは初めて私から目を逸らした。というか、顔を背けた。

急にツン、とし始めたカルトに若干戸惑いつつ、先程聞き取った台詞を頭の中で反芻する。
「違う」って言葉は確かさっき目を覚ました時も言っていた。状況的に多分、私に言っているのだろう。
…何が違うんだ?そんな風に言われる心当たりがない。人違いとか?いや、それじゃ意味わかんないわ。でも私達初対面なのになぁ。

首を傾げつつ、キキョウさんが皿に乗せてくれたケーキの苺にフォークをさす。
ゾルディック家で毒が入っていない安全な食べ物を口にできることに少し感動していると子供特有の高い声が私の耳に入った。

「お母様。僕、セリお姉様と遊びたいです」
「は!?え?」
「あら、あらあら!そうなの?なら、自分からお姉様にお願いしないと!さぁ!」
「え?え?」
「お姉様、一緒に遊びましょう」

キキョウさんに向けていた顔を私の方に向けてカルトはそう言う。
ちょ、何この急展開。ビックリしすぎて返事もせずにカップに入っているお茶を一気に飲み干した。
お、落ち着け!落ち着け自分!とカップを置いてカルトを見ると「もちろんいいよね?いいって言えよ。とっとと返事しろ」という生意気そうなオーラを纏っていた。なにこれ、どういうこと?怖いんだけど。
しっかりとゾルディック家の一員である片鱗を見せたカルトに私はその思惑を探る前に「は、はい…」と頷いてしまった。
すぐにカルトは素敵な笑顔を見せながら「じゃあ!行きましょう!お姉様!」と席を立つ。

「え?今から?」
「はい、もちろん!いいですよね、お母様!」
「ええ、ええ!!構わないわ!よかったわ、カルトちゃんたらそんなにお姉様が出来て嬉しいのね!!」

いや、私が構うんだけど。
というヒマもなく、腕を引っ張られて無理矢理席を立たされる。この子強い。
部屋を出る直前に見たキキョウさんは白いハンカチでキュイーン!なゴーグルの下から溢れ落ちる涙を拭っていた。
あのゴーグルって水は大丈夫なの?

***

「こっち、早く」

カルトは廊下に出た途端、無表情になった。

「えっと、カルトちゃん?何処に行くのかな?」
「いいから黙ってついてきて」

このガキ親の前で猫被ってるぞ。
少しだけイラついたが私は心が広いので何も言わないであげた。お姉様!な態度のまま話が進まなくてよかったと思っておこう。
そう納得して大人しくついていく。暫くしてから前を歩くカルトはとある部屋に入った。
後に続くと、私達がさっきまで居た部屋とあまり変わらない内装の部屋だった。
黙って奥まで進んだカルトはある物の場所の前で立ち止まると迷うことなく“それ”を開いた。

「ここに入って」
「………………えーっと、カルトちゃん?此処どうみてもクローゼットなんだけど。私は服じゃないんだけど」
「ほら、早く!早く!」
「なんで急に焦りだした?ねぇ、ちょ、押さないで。ね?」
「つべこべ言わずにとっととはいってよ!」
「ギャア!!痛い!今なんか刺さったよ!?何刺した!?ちょ、痛い!ごめん止めて!入るから!!」

後ろから何かで刺されながら空っぽのクローゼットの中に押し込められる。そしてそのまま閉められた。
暗い!狭い!!隙間からはほんのわずかな光しか入ってこない為、外の様子も窺えない。
閉所恐怖症でも暗所恐怖症でもないが、どことなく不安な気持ちになってくる。

「ちょっとそこでじっとしてて。僕がいいって言うまでだよ?」
「はあ……わかった……」

外から聞こえたその言葉に返事をする。
何するんだろ。かくれんぼ?不思議に思いながら体育座りで待つ。
すると外からガタガタと何を動かす音が聞こえてきた。

「…………重たいなこれ…」
「か、カルトちゃん?なんか変な音が聞こえるけど?何やってんの?」
「………よっ、と!」
「おい、今ドンって聞こえたぞ。…なんか置いてる?」
「………ふー、……あともう一つくらい…」
「返事しようよ」

駄目だ、完全に無視されてる。
外の様子が知りたいが音だけしかヒントがない為よくわからない。とりあえずカルトは何か作業をしているらしい。
だんだん隙間からの光が細くなってきていることに気が付いた。隙間が埋められている?………どうしよう、嫌な予感しかしない。
気持ちが焦り始めたところで部屋の外の物音がなくなる。

「……………………カルトちゃん?」

返事はない。
耳をくっつけるが何も聞こえない。

「…………おーい、カルトさーん」

またも返事はない。

「………おい、こらカルト」

返事は(以下略)
あれ?これって、ひょっとしなくてもカルトは外に居ない感じ?
そんなまさか、置いていかれたとかそんな…と円を使って確かめる。
人の気配はどこにもない。その代わりに私のすぐ近く、壁を挟んだ向こうに人ではなく大量の物があるようだった。これは多分、家具だ。

「………………」

嫌な予感が止まらないので、クローゼットを開こうと手を掛ける。

「え?え?」

開かない。
あれ?なにこれ。クローゼットってやろうと思えば中からも開けられるはずだよね?
しかしビクともしなかった。力を入れても動かない。あまり使いたくないが、仕方なく念を使う。
まったく、強化系の私に本気を出させるとは……と一度息を吐いてからとりあえず半分程度の力を出す。
しかし開かなかった。

「ええええ!?ちょ、何これ!?カルト!?え、ええええ!!開かない!?」

まさかの展開に扉をガンガン叩くと少し軋んだ。そこで気が付く。
多分、クローゼットの前には家具が置かれている。だから中から扉を引いて開けることが出来ない。
でも叩けば軋むってことは、外の家具ごと扉をぶっ壊せば脱出できるはずだ。
なら今度こそ全力を出そう。よしっ!と右の拳にオーラを込め……たところで我に返る。

ま、待て!落ち着くんだ!外の家具が幾らするのか分からない今この作戦はリスクが高すぎるのでは!?
天空闘技場や外の仕事により私の全財産は億を越えている。存在しない人間だから税金も関係ないので散財しない限り貯まる一方だ。
でも!この家は私をはるかに凌ぐ金持ちです!!

「すいませーん!!誰かー!!!」

じっくり冷静に考えた結果『声を張り上げて助けを求める』という答えを導き出した。
外から出してもらうのが一番平和的な解決法だ。人は山程いるんだから誰か一人くらい気が付いてくれるだろう。
そう思った私はドンドンと扉を壊さない程度の力で叩き続けた。

そして一時間後、半泣きの私はたまたま通りかかった執事さん達に救出されたのだった。
強がってはみたがやっぱり怖かった。あのガキ絶対に許さないからな!

[pumps]