初恋
ミルキに話した、というか愚痴ったおかげで大分スッキリした。憶測に過ぎないがカルトの私への態度やあんな事をした理由もわかったし。

その事についてミルキに「ママに話して謝らせようか?」と言われて数秒迷ったが断った。
ミルキもさっき言っていたがあれはまぁ、一応『イタズラ』だ。別に毒を盛られたとか殺しにかかってきたわけじゃない。
カルト自身も私があのクローゼットから一生出られないとは思ってないはずだ。実際、私は金銭的な問題で脱出を躊躇しただけで、助けがなくてもクローゼットを破壊して外へ出れたのだ。

そんな6歳前後の子供のイタズラを親にチクるなんて、なんか私の心が狭いみたいじゃないか。
そこで大人な私はカルトと和解しよう、と考えた。別に揉めているわけではないけど。
でもクローゼットに閉じ込められてキルアにも会えずに、こんなモヤモヤした気分で帰るなんて嫌じゃないか。
この家にあまり長居もしたくないので早いとこカルトと和解しよう。

と言って渋るミルキを念を使って無理やり部屋の外へ連れ出し、途中で出会った執事さんにカルトを台所に連れて来てほしいと頼む。
ミルキと共に台所へ向かうとまるでお店の厨房のような造りになっていた。許可を得て棚を探ると普通の家庭では絶対に手に入らないような珍しい食材まで揃っている。
その中から目当ての物を見つけたので、ミルキにエプロンを持ってきてもらい作業に取りかかった。

***

「へぇー、意外とうまいじゃん」
「ミルキ、黒蜜だけじゃなくてきな粉をかけてからが本番だよ!…ほら、どう?美味しい?カルト」
「…まあまあかな。黒蜜より毒をかけたらもっと美味しくなると思う」
「ねーよ。何言ってんだ」
「…………何してるの」

和気藹々というには少し違うがそれなりに楽しくやっている私達を見て、偶々通りかかったイルミが「何だこの集会」とでも言いたげな顔で言った。
部屋から滅多に出ないらしいミルキに私に夢を持っていたカルトにそのカルトによってクローゼットに閉じ込められた私。
確かに謎のメンバーだ。一人一人に詳しいイルミなら余計に不思議に思うだろう。
そんなイルミにテーブルの上に置いてある皿を持ち上げて言う。

「さっき台所借りてわらび餅作ったの。イルミも食べる?」
「何それ」

きな粉と黒蜜のかかったわらび餅を見て不思議そうに呟く。
何って言われてもわらび餅だ。それ以外の何物でもない。
そう思って「ジャポンって国のおやつ」とだけ簡潔に伝えるとイルミはカルトの方を見てから「ああ、母さん達がハマってる国ね」と言った。流石漢字の使用を推奨しているゾルディック家。説明が楽だ。

皿をテーブルの上に置き直し、イルミにもフォークを差し出す。
その間にも黙々と食べ続けるミルキとカルトを見て、私は一人満足気に頷いた。

所謂『食べ物で釣る』作戦だ。なんだかんだで子供には甘いものが一番効く。
特に漫画の中で常に着物姿だったカルトならジャポンのお菓子は和解するのに最も効果的だろう。
その読みは間違っていなかったようでカルトはわらび餅を目にしてから、私と会話してくれるようになった。チョロいもんよ。
ジャポンで極めたわらび餅作りの腕がここで生かされるとは思わなかった。あまりしたくはないが、一応才蔵さんに感謝しておこう。
心の中で才蔵さんに手を合わせ、無言でわらび餅を口に含んだイルミに聞く。

「どう?」
「………まあまあかな。あ、隠し味で毒入れてみたら?」
「隠せないよそんなもん」

カルトと全く同じ答えが返ってきて「コイツら兄弟だな」と思った。


わらび餅パーティーを終え、外がすっかり暗くなった頃。
カルトと一応和解して満足した私は帰ることにした。キルアには結局会えなかったが、まぁ、いいだろう。もう一泊はしたくない。
ミルキに飛行船のチケットを取ってもらったので、台所の後片付けをしてから財布と携帯くらいしか入っていない鞄を持って玄関へ向かう。
廊下の途中でカルトに「特別にまた来てもいいよ」と言われて曖昧に笑いながら辿り着いた先で、タイミング良く帰ってきたキルアとすれ違った。

「あ、おかえりキルア。ちゃんと手洗ってうがいしなよー」
「ただいまー、言われなくてもわかって……………は!?セリ!?」

なんだ会えて良かったわ。
と思いつつ今から山を下りて、空港行きのバスに乗るまであまり時間がないので「じゃあねー」と手を振って帰ろうとしたら、後ろから服を引っ張られて止められる。

「なんで?なんで居んの!?」

服の裾を掴みながら混乱しているキルアは、昔よりちょっとだけ大きくなったがそんなに変わってない。

「なんでってほら、約束したじゃん。一回だけ来るって」
「し、したけど!したけどさ……本当に来ると思わなかった!」

掴んでいた服の裾を放したと思ったら、前から勢いよく抱き付かれた。少し後ろに下がったが、しっかりと受け止める。
なんだ、やけにデレが多いな。頑張った私にご褒美なの?ありがとうね。
感謝していると、私に抱きついたままキルアは「ていうか!」と顔を上げた。

「今日から、今日からいつまで居んの!?急いで手洗ってくるからまず俺の部屋でゲームしよーぜ!それで」
「ごめん。私、今から帰るところなんだ」
「!?」

衝撃の一言だったらしい。いや、でもバスの時間があるんで……。
キルアは抱きついたまま固まり、すぐに眉を下げた。流石に泣くことはないだろうが、すごく寂しがっているのがわかった。
私はその顔に弱いのでバスとキルアを天秤にかけた結果「今すぐ手洗ってうがいしてきたら…もうちょっといても良い…かな」とお前何様だよと突っ込みたくなるような台詞を吐く。
しかしそんなこと気にしない優しいキルアは「行ってくる!今すぐ!」と興奮した様子で素晴らしいスタートダッシュを見せて家の中に入っていった。
あれ?この隙にもう帰ってもいいんじゃない?

「キル、嬉しそうだね」

そう思ったが、何処からともなくイルミが登場したので帰るに帰れなくなった。
一体どこに隠れていたんだろう。まさかずっと見ていたのか?有り得ないことではない。

私に嫉妬してしまうくらい弟大好きなイルミは、キルアが向かった方をずっと見ていた。気持ち悪いな、ってちょっと思った。
表情こそ変わらないが、私の横に立って「いいなぁ、キルに好かれてていいなぁ」的な空気を出しているようにも見えるイルミに少し優越感を抱いて口を開く。

「まぁ、キルアは思わず抱き付いちゃうくらい私のこと好きだからね。あ、イルミさん存分に羨ましがって良いんですよ」
「ふぅん」
「ちょ、痛い痛い痛い足踏んでる」

私には目を向けず、全体重をかけて爪先に確実にダメージを与えてきた。
ごめんなさい!ぐりぐりしないで!

[pumps]