奇術師に不可能はないの
折角なので、と勧められたドーナツ片手にコンラードさんによる仕事内容の説明を聞く。
ここで初めて今回は契約期間が二ヶ月、主な仕事は館内と貴重品の警備だということを知った。
貴重品って何だろう。普通に考えて本?と気になって、報酬の話に移りかけたところを手を上げて尋ねる。
するとコンラードさんは「ああ、それはねぇ」と一枚の写真を取り出して私に見せた。

「祖父の代から家にあるもので、今はこの図書館の地下の一室に保管されているんだ。ま、そこには後で案内するよ。セニョリータには午前は二階、午後は地下の警備を御願いした…」
「なんですか、これ?」

人の話を遮るのはよくないが、セニョリータと言われた瞬間こいつなら別にいいかな、と思って写真に目を向けたまま疑問を口にする。
とは言え流石に怒るかと思ったが、コンラードさんは特に注意はせず肩を竦めただけだった。怒っていいのに。

「それ、ただの箱に見えるだろ?実は一定の操作を行わないと開かないようになっているんだ」

言って写真の箱を指差す。やけに変な模様がたくさんあると思ったらそういうことか。細工箱とかいうヤツね。
納得して頷く。これを貴重品扱いして警備まで雇うということは、中には相当なお宝が入っているのだろう。
そして今回はマチの発言により早速盗まれるフラグが立っている。しかも私の仕事先の偉い人って大抵死ぬからこの人も死ぬかも。あ、でも代理なんだっけ?
目の前でクリームの入ったドーナツを頬張っているコンラードさんを見て、先程の台詞を思い出す。

「コンラードさん、さっき館長代理って言ってましたけど、それって?」
「ああー、いや、つい先日のことなんだけど館長を務めている父が胃潰瘍で入院しちゃってね」
「へぇ、それは大変ですね」

図書館って大変そうだもんね。コンラードさんは私の言葉に「だろう?」と頷くと、手に付いたドーナツの砂糖を拭き取りながら言った。

「でも真面目な人だから、仕事に穴を空けるのが嫌だと言ってね。となれば、ここはやはり息子の私が代理を務めるべきだろう?」
「はぁ、そうなんですか?」
「ああ、父に直接確認したからね。泣きながら『やめてくれ』と喜んでいたよ」
「え?やめてくれって言われてますよ?」
「父は私に対して素直になれなくてね…」

ふぅ、と腕を組んでため息をもらす。いや、絶対違うだろ。泣きながらって、明らかに迷惑がってるだろ。
しかしコンラードさんは非常にポジティブでナルシストな方らしく「やはり兄弟の中で父の期待に応えられるのは私だけだな。私は有能で人望も厚いし…」となんか色々と宣っていた。
なんか、この人がストレスの原因な気する。

***

さて、そんなめんどくさいコンラード館長代理に雇われて二週間が過ぎた。フラグが立っている割に、今のところは特に何も起こっていない。
あえて言うならコンラードさんの元カノっぽい人が昼間に包丁持って館内に特攻してきたくらいだ。偶々昼休憩に入る前のことだったので私が捕まえたのだが、すごい状況だと思った。流石のハギ兄さんでもこんなことなかったのに。
館員を含めた若いお姉さん方はコンラードさんを心配していたが、昔からこの図書館に勤めているらしいおじさん館員達は机に肘をついて項垂れていたり、頭を抱えてしゃがみこんでいた。やはりアイツが館長のストレスの原因らしい。

何故か『館長代理の相談室』とか書いてある札が置かれた受付カウンターの脇の席に座って、最近よくこの図書館に通っているお姉さんと美味しいケーキ屋の話に花を咲かせるコンラードさんの姿を見て包丁事件を思い出す。あれ仕事なの?必要あるの?

はー、と息を吐いて近くの棚から何冊か本を取り、六人掛けのテーブル席についた。
そして本を読むフリをしながら周りの様子を窺う。私以外にも二人の念能力者が同じように本を読んだり、選ぶフリをしていた。
サボっているわけじゃない。これが私に言われた警備の仕事なのだ。

分かりやすく警備員の格好をして立っている人が二人。彼等は非念能力者。
私のように図書館利用者のフリをして周囲に気を配る人が私を含めて三人。こちらは全員念能力者だ。
一階にも同じように二人の念能力者がいる。なんか万引きGメンみたいと思ってしまった。

そして午後になると一階と二階の念能力者全員で地下室の秘密箱の警備となる。午前中は地下には誰もいない。
コンラードさん曰く「犯罪者は早起きできない!」らしい。何言ってんだよ、別にそんなことないだろ。
多分別の理由があるんだろうけど、私達に教える必要はないのだろう。


時計を確認すると十一時を回ったところだった。もうすぐお昼休憩だ。
それが終わったら午後から閉館時間の五時まで地下室であの無言の気まずい時間を過ごすことになる。ほら、皆無口だから…と午後のことを考えてほんのり憂鬱になっていると斜め後ろから声がかかった。

「帰れって言っただろ」
「ああっ!まっさんじゃないですか!」
「誰だそいつは」

眉間にシワを寄せてそう言うまっさんことマチは、先日会った時と同様に髪を下ろし、何故か大きなマスクを着けていた。
しかし格好はジャージではなく上は黒いスタジャン、下はスカートという組み合わせでちょっと意外だった。マチってスカート穿くんだ。
とても可愛いが、キツい目元以外大きいマスクで隠されているせいで一昔前のレディースの方にしか見えないのが非常に残念である。夜にチェーンとか振り回してそうだ。
上から下まで眺めて残念な顔をするとテーブルに置いていた本で殴られた。

「こっちだってしたくてしてる訳じゃないんだよ、こんな格好!」
「え?はぁ、ごめんなさい」

マチが眉をつり上げて言うので不思議に思いつつも謝る。
なんでも会いたくない人がいるらしく、その人にバレないようにマスクで顔を半分以上隠し、普段はしないような格好をしているらしい。
私はマチだとすぐに分かったのであまり意味はない気がするが黙っておいた。

「あんた暇そうに座ってるし、今先に言っておくよ。今日の午後二時までに外に出な」
「いや、一応警備だからそんな自由に出来ないんだけど」
「そう?雇い主の館長代理が傍にいるわりには、無駄口叩いても何も言われないじゃない。座って読書なんて随分自由そうに見えるけど」

そこんとこどうなの、と目で問われ「それはそういう条件だから…」と答えつつ相変わらずお姉さんと談笑しているコンラードさんを見る。私の視線に気が付いたらしく、バチーン!とウインクされた。マチとのお喋りを咎められる気配はない。

「……外で話さない?」

二階の出入り口を指で示して言う。
ちょっと早い昼休憩に入ろう。午後二時に起こる事の詳細を知りたい。
この提案にマチは「はぁ?」と声を上げたが、そのせいで周りの視線を集めてしまったため、ばつが悪そうに「行くよ!」と私の手を引っ張って外へ向かった。


私達が使った二階の出入り口からはこの図書館専用の中庭に通じており、噴水やベンチなどが設置されている。
隅々まで手入れの行き届いたこの中庭は図書館利用者に人気が高いらしく、借りた本をわざわざここのベンチに座って読む人もいた。

私達もベンチに座って話すか、と思っているとマチは凄まじいスピードで首と目を動かし、周囲を確認していた。
そして一通り確認を終えると「よし…いない!」と力強く言う。多分、さっき言っていた“会いたくない人”が関係しているのだろう。

「……会いたくない人がいるって言ってたけど、そこまで…?ストーカーかなんかなの?」
「いや、あたしはまだそんなに…」

手を振って言う。まだそんなに、ってなんだよ。
マチは私の顔を見て暫く考えた後、真剣な面持ちで「実は…」と口を開いた。

「団長がストーカーに遭ってるんだよね」

なにそれ、どうでもいい。

[pumps]