奇術師に不可能はないの
「あ、もしもしイルミ?私私!お金貸して!」

と言った直後にブチッ!と通話を切られる音がした。
耳に当てている携帯からツー、ツーと無情な機械音が聞こえてくる。

「…切れちゃった」
「言い方が悪いんだろ」

まともに身動きのとれない私に代わって携帯を操作してくれたマチが、手を伸ばして私の耳元の携帯を遠ざけながら言う。
イルミは無駄なことは嫌いだろうから簡潔に伝えた方がいいと思ったのだが、どうも失敗だったようだ。
マチが私の携帯を弄りながら「次、誰に掛ける?」と聞いてくる。

目を覚ましてから二日。
白湯を頂いて喉の渇きもなくなり、頭も大分スッキリした私はあまりにも法外な治療費と戦っていた。
総額48億ジェニーとか聞いたことない。

流石にぼったくりだろと初めは思ったが、マチからこの病院の医師についての説明、そしてその医者本人から治療費が馬鹿高い理由を聞いてほんの少しだけ納得した。というかせざるを得なかった。

まず、私が運ばれたこの病院に医者はたった一人しかいない。
というかそもそも病院じゃなかった。新築マンションの一室らしい。

そんな所で診察を始めちゃうお茶目なお医者さんは各地を転々としており、三ヶ月前に偶々カルタレナの新築マンションで開業したそうだ。
今にもボタンが弾け飛びそうなくらいピッチピチの白衣を着用(無理してボタン閉めなくてもいいのね)した彼は、これぞ男!と言いたくなる風貌でちらりと見える筋肉が半端じゃなかった。
出身は流星街で、自分と同じく戸籍がなくて普通の病院に行くことが出来ない人達を主に診察するため、彼を知る人からは流星街のブラックジャックと呼ばれているそうだ。うん、つまり無免許ってこと。

そして本家ブラックジャックと被っているのは無免許だけでなく、法外な治療費。
本家ブラックジャックは場合によっては格安で手術を行うが、流星街バージョンはそうはいかなかった。
流星街のブラックジャックの治療は全て念能力で行われる。法外な治療費はその制約なのだ。

1.同意書にサインする
2.同意書に書かれた治療費を1を行ってから、三十日以内に能力者に全額支払う
制約を全てを教えてもらったわけではないが、ざっくり言うとこんなところだ。
これさえ遵守すれば、どんな大怪我でも“完璧”に治してくれるらしい。流石に死人を生き返らせる事は不可能だが便利な能力だ。

ちなみに私は同意書にサインという第一段階をクリアしているので、既に医者の念能力が使用されているそうだ。
恐ろしいことに私は目覚めるまでの間、医療器具などは一切使わずに医者の念能力だけで命を繋いできたらしい。
それは回復させたのではなく、これ以上悪い方向に進まないようにと同じ状態を保っていただけ。
つまり戦闘から二週間経った今の私の身体は、マチが簡単に傷を塞いでくれた状態から何も変わっていないのだ。
もしも第二段階の治療費が払えないとなると医者の念能力は解かれ、満足に治療も出来ずに百パーセント死ぬ。

いや、でもそんなこと言われてもサインしたのはマチだし、三十日以内ってあと半分くらいしかないし、そんな大金………と話を聞いて狼狽えた私に流星街のブラックジャックは言った。

「諦めたら、そこで試合終了だよ」

ブラックジャックか安西先生かはっきりしろよと思った。
それからというもの私はマチに頼んで、私の携帯に登録されている中で出来れば億単位でお金を貸してくれそうな奴に連絡をするという地道な作業を続けていた。といってもほぼイルミかミルキのゾルディック家限定だが。
ちなみにマチは貸してくれないらしい。理由は大怪我したのは忠告を無視して行った私が悪いんだから自分で何とかしろ馬鹿というのと、元々そんなに金持ってねーよということだった。
一つめは納得できるが二つめは嘘だろ、盗賊じゃん。と思ったが分類的には自営業みたいなものなので不況なんだろう。
貸してくれなくても、こうして私の代わりに電話帳から金を貸してくれそうな人を探してくれているので文句は言えない。

「シャルに掛ければ?あんたが死にそうって言えば貸してくれるんじゃない?」
「えー……うーん…いいや」
「なんで」
「あんまり友達にお金とか借りたくない」

そう言うとマチは「あんたあたしに借りようとしただろ」という顔になったがそれは不可抗力だ。
マチは私が死にかけていてお金が必要という事情を一から説明しなくても最初から知っている。出来ればこういうお金の問題は身内で済ませたいのだ。
そうなるとナズナさんやスズシロさんが候補に上がってくるが、あの二人は携帯を持っていないので連絡の取りようがない。しかもナズナさんは喧嘩して気まずいし。
一番お金を借りたいのはかつて天空闘技場で荒稼ぎしたと噂のハギ兄さんだが、あの人も残念ながら連絡先がわからなかった。何年一緒にいるんだ私達。

尽く身内と連絡が取れないため、結局私は設定上の家族であるゾルディック家に頼むしかなくなった。
イルミは駄目だったが、先程ミルキに掛けたところ「ちょっとママに相談してくる」と前向きな返事が聞けたので私的にはかなり期待している。頑張れミルキ!ついでに痩せて!
実際ミルキがいくら用意できるかわからないが、多分まだまだ足りないだろう。
金額が確定するまで努力はした方がいいと思い、携帯片手に待機中のマチに「とりあえずもう一回イルミ・ゾルディック」と伝えた。

***

どのくらい時間が経ったか、相変わらず時計がないのでよくわからない。
イルミに着信拒否されるくらい掛け続けたせいで携帯の充電がなくなってしまったので、マチが充電器を買いに外へ出ていった。なんかあの子すごく優しい。
なんだかんだ言いつつやっぱり私のヒロインだったのかもしれないな、と思いながら右目を閉じる。
お金さえ集まれば左目も元通りになるんだよね。そしたら今の狭い視界ともおさらばだ。

ふと、あの日私をボッコボコにしてくれた四番のストーカー男の顔が浮かんだ。
あの人恐いからもう会いたくないな。でも旅団の集まりに連れていってもらったら多分会うよね、とぼんやり考える。

考えているのに、無音なのがいけないのだろうか。眠くなってきた。
散々寝たというのにまだ寝るのかよ、と自分で思う。でも眠い。
寝るか寝ないか、ぎりぎりのところで突然上から声が降ってきた。

「やぁ、傷の具合はどうだい?」

という台詞とともにぱち、と私の右目が開く。
あまりにも聞き覚えのありすぎる声に恐怖で冷たいものが背中を伝う。
しかし視界に入ったのは天井でも思い描いていた人物でもなく、にやにや顔のお兄さんだった。

記憶の奥底から引っ張り出された懐かしいお兄さんの顔に、一気に眠気と恐怖が吹っ飛ぶ。
何年振りだろうか?すっかり忘れていたお兄さんの名前を確かめるように小さく言った。

「……………ひ、ヒソカさん?」
「うん。ほら、お見舞いの花」

そう言うヒソカさんは手に椿の花束を持っており、それを私の目の前に突き出した。
お見舞いに椿ってさっさと死ねと言いたいのだろうか?しかも赤。
こんなの悪意しか感じない…って、そうじゃない。花とかはどうでもいい。そうじゃなくて、なんでこの人がここにいるんだ?
視界から消え、音を立てて何かやっているお兄さんに対して思う。

「花瓶がないみたいだし、これ、この辺に置いていい?」

聞かれても答えられない。
やはり、ものすごく聞き覚えのある声だった。ほら、あの…誰とは言いませんが私をボッコボコにした人。

「…嘘だ、顔が違う」
「ん?」

二人の顔を思い浮かべて自然と出てしまった言葉にお兄さんは不思議そうにする。
その顔はあの男に似ても似つかない。でも声はまったく同じだ。
意味がわからない、理解できない、したくない。吹っ飛んだはずの恐怖がまた戻ってきた。
そんな状況に混乱する私の顔をお兄さんは暫くじっ、と見つめると口角を上げる。

「キミは死ぬほど頑張れば80点越えの可能性もある……かもしれない40点+おまけで2点。ま、凡人レベルだね。僕の好みじゃない」

この人、急に来て何一人で喋ってんだろう。

[pumps]