奇術師に不可能はないの
私は凡人、と言われなくても分かっている事を言ったヒソカさんは「青い果実がなんとかこんちゃらでキミは〜」とペラペラとよくわからない持論を語り始めた。
物凄くつまらない上に意味不明で時々息が荒くなるという良いところ無しのこの話は、一体誰に聞かせてるつもりなんだと思ったが、部屋には私しか居ないので認めたくないが私に言っているんだろう。
聞きたくないのに部屋が静かすぎるのと身体が言うことを聞かないせいで耳を塞ぐという動作が出来ないため、ヒソカさんの話は一言一句違わず入ってきた。

私が必死に耐えていることなど知らず、絶好調で話続けるヒソカさん。
終いには「興奮しちゃうよねぇ…」と恍惚とした表情を見せて自分が持ってきた椿の花をぐしゃりと手で潰した。意味がわからない。なんかもうセクハラなんじゃないかと思う。

とにかく今すぐにでもこの部屋から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。別に恐怖からではない。恐怖なんかどっか行った。今あるのはただの不快感だ。
だが身体が全く動かない私には逃走など不可能で、この場から逃れるには舌を噛んで命を絶つしか方法はないと思われる。やだー、そんなの。

ちゃっかりと私の見える範囲にいるヒソカさんの顔に焦点を合わせる。かつての爽やかちょいキモお兄さんはどこへ行ったのか。
私は凝も何も使っていないのに、ヒソカさんが纏う禍々しいというか気持ち悪いというか気持ち悪いというか超気持ち悪いオーラが見えていた。
見た目こそ爽やか好青年(オプション:椿の花束)だが、話を聞いている限りその本質は相当な変態だと見受けられる。やべぇ、コイツやべぇよ流石旅団。

結局ヒソカさん=クロロのストーカー=私をボッコボコにした人、という解釈で良いのだろうか?
答えは分かっていたが認めたくないばかりに口をへの字に曲げるとそれに気が付いたヒソカさんは話を途中で止めた。
面白いことに彼は、私が『褒めてもらえなくて拗ねている』と素敵な勘違いしたらしい。

「まぁ、キミは格闘センスはないし、頭も悪いし、僕の青い果実ではないけど。最後のパンチは少しだけ良かったよ」

効かなかったけど、とにやりと笑って言う。
上から目線の結局褒められていないお褒めの言葉を頂いてしまった。ははは、そうですかそりゃどうも。
どういう反応を返していいか分からず、曖昧に笑うと笑い返された。

まぁ、それよりも最後のパンチという言葉でヒソカさん=クロロのストーカーであると確定した事の方が重要だ。
顔が違いすぎるが、あの時は変な化粧をしていたし、そもそも声が同じ。これが素顔ということか。
数年前に出会ったイルミの知り合いの変なお兄さんが旅団でクロロのストーカーとかすごい何これ。

大体ボコボコにした相手の見舞いって、どの面下げて来たんだこいつと思ってしまったが、言い出すとキリがないので一先ずそれは置いておこう。
ぼんやりとヒソカさんの顔を眺めながら「箱、手に入ってよかったですね」と一人言のように小さく呟いた。
ヒソカさんが笑みを深くしたので続ける。

「クロロと約束してたんですよね。まぁ、それは死ぬほどどうでもいいけど。箱の中身は何でした?」

早口で言う。どうでもいい、というのはさっき色々と悪口を言われた仕返しだが通じていないようだった。
ヒソカさんは「紙だよ」となんでもないことのように言った。

「中身はもう少し頑張りましょうと書かれた紙切れ一枚。それだけ」
「へぇ、それは……………………は?」

ヒソカさんの言葉を頭の中で反芻する。
思わず嘘でしょ、と呟けば「ホント」と語尾にハートマークが付きそうな甘ったるい声色で言われた。
紙?だからあんなに軽かったの?紙がお宝なの!?
信じられない、と声には出さないものの驚いていると私が何を考えているか分かっているらしいヒソカさんが「本当の中身は紙じゃないよ」とにやりと笑って口を開いた。

「初めからあの図書館の地下にお宝の入った箱なんてなかった。本物はあの館長代理がずっと持ってたんだよ」

え、と私が口を挟む前にヒソカさんは続ける。

「キミが守ろうとした、僕が手に入れた。あの箱はニセモノってわけ」

ここで一呼吸おき「僕もキミも残念だったね」と言った。
ちょっと急展開過ぎて着いていけない所もあるが、整理するとコンラードさんは最初から私達警備のことなど信用していなかったのだろう。
だから本物の箱はコンラードさん自身が持ち歩き、私達には一言も話さず地下の警備をさせた。
コンラードさんが誰にも話さなければ本物の箱の在処なんて分からない。そもそも元から誰も箱の中身を知らないのだから、余程徹底的にコンラードさんの家の事情について調べあげない限り、普通は本物が存在することにも気がつかないだろう。

ええー、じゃあ私達何のために戦ったの?ヒソカさんはまだしもこっちは死ぬかもしれないのに。
ヒソカさんの話を聞いて沸々とコンラードさんへの怒りが湧いてきた。
警備の報酬はちゃんと頂いてたから別に騙されてた訳じゃない。いや、でも騙された。

さらにヒソカさんが言うには、本物はクロロがちゃっかりコンラードさんから奪ったらしい。
だからあの日、偽名まで使ってコンラードさんと話をしていたわけだ。それを聞いてほんの少し怒りが収まった。
コンラードさんはもうお亡くなりになっている可能性が高いからだ。死んだかもしれない人に文句を言っても仕方がない、と諦める。

「クロロは初めからあの図書館の地下にはニセモノしかないと分かっていて、僕に箱を取りに行かせたんだ」

うわ、なんかまた話し始めた。
めんどくせぇ、と顔を歪ませるとヒソカさんの姿が視界から消えた。すぐにギシ、と軋む音と一緒に足元の方が揺れる。
どうやらベッドの端に腰掛けたようだった。姿は見えないまま話は続く。

「まんまとあの人にヤられちゃったよ。疑いもしなかった。うーん、マチが傍に居たからかな?気が気じゃなくて…」

とヒソカさんが今まで以上に気持ち悪く言ったと同時に扉の開閉音が響いた。
姿は見えないが、すぐにマチの声が耳に入る。

「誰だあんた」
「やだな、分からない?」
「はぁ?……………!?」

僅か数秒の出来事だった。
最後まで二人の姿が見えないまま、部屋は無音の状態に戻る。
しん、と人の気配がなくなった部屋で「がんばれ、マチ」と無責任に思った。

***

それから四日後の午後。
まさかまさかの手にフルーツバスケットを持ったナズナさんが現れた。イルミに「おじさんの弟子超迷惑」とぼやかれたらしい。
何処からか椅子を持ってきて座ると「金のことだけど」と口を開いた。

「キキョウとミルキが30億、師匠と俺が12億、ハギが6億肩代わりってことで話は纏まったから。ちゃんと全員にお礼言って、何年かかってもいいから必ず返せよ」
「う、うん………」

しゃりしゃりと音を立ててリンゴの皮を剥きながら、ナズナさんが言った。
私にくれるのかと思って黙っていたら皮剥きが終わり、ナイフを置いてすぐにリンゴを咀嚼する音が聞こえた。あんたが食べるんかい。
とりあえずお金のことに関して「ありがとうございます」と伝えれば、はぁ、と溜め息が聞こえた。

「早く治して家に帰ろう」

視界に映っていないため、ナズナさんが今どんな顔をしているかは分からない。
でもその言葉に安心して涙が出そうになった。良かった、私まだ死なないんだ。

誤魔化すように鼻を啜ってリンゴをウサギにしてくれ、と頼んだ。繊切りにされた。

[pumps]