三回目のハンター試験
ぱか、と私の口は馬鹿みたいに開いて悲鳴を上げるのかと思いきや、音も何も出ずそのまま閉じなくなった。
見覚えのある頬のペイントにトランプがテーマな奇抜すぎるファッション。何よりそのにやついた顔!!

まさかこんな所でまた会うとは夢にも思わなかった。胸元に視線を向けると44という数字が書かれたプレートがついている。
私が借金をする原因となった男が、何故ハンター試験に参加しているのだろう。

固まって動けないでいる私を見て、ヒソカさんはニヤニヤしながら頬に当たっている指をずらすとスーッと首をなぞった。
ちょうどこの人に切られたところだ。

「傷が残らなくて良かったね」

目を細めて言う。
傷をつけた本人が何を言ってるんだろう、と思うと同時にある考えが浮かび、開いたままだった口をようやく動かした。

「な、なんのことですか?」
「ん?」

顔を顰めて言う。少し上擦ったが上出来だ。
落ち着け、頑張れ!と自分を応援すると必殺シラを切る大作戦を決行した。

「人違いです」

私は貴方なんて知りません気安く触らないでくれますこのウジ虫が。
みたいな冷たい目で吐き捨て、ヒソカさんの手をパン、と音が鳴るくらいの勢いで払った。
周囲の目が痛い。他の受験生達は家政婦は見た!のように私達の様子を伺っていた。家政婦だらけだ。
私はというと心臓が破裂しそうなくらいドキドキした。殺されるかもしれない。
しかしヒソカさんはキョトンとした後、何を思ったのかにんまりと笑顔になる。

「おや、それは失礼。それなら僕はヒソカっていうんだけど、キミの名前は?」
「え?……あー、えっと………キャサリンです。ケイトってよんでね!」
「そう、よろしくキャシー」

話聞いてたかコイツ。
愛称変えんなよ、とやんわり伝えると「嵐が丘みたいでいいね。キミがキャシーなら僕はヒースクリフかな」とか一人で勝手に言い出したので「ヒソカさんはヒンドリーっぽいですね」と言ってあげた。図々しいなこの人。

「セリー!!」
「!?」

すると突然背後から名前を叫ばれ、肩を揺らす。
にやりと笑ったヒソカさんを視界から外し、この声は!とぎこちない動作で振り返る。

「おーい、セリー?何やってんだよ、早く来いよー!」
「ふぅん?呼んでるよ?セリ」

なんてベタな展開なんだ。
遠くで私を呼ぶキルアを見て、目を伏せた。ヒソカさんのわざとらしい言葉が耳に届く。
私、キルア大好きだけど今ちょっとだけ嫌いになった。
あの子は何も悪くないが、やはり知り合いと来るとダメだと痛感する。まさかここでこの人に会うと思ってなかったから仕方ないけど。
諦めて顔を上げてヒソカさんを見ると、彼はキルアを上から下までじっくり眺めると「いいねぇ……」と舌舐めずりしていた。
なにこの衝撃映像。キルアが!私の友達が!変質者に狙われてる!?

驚愕の事実に気が付いてすぐにチーン、とこの場所の入口となるエレベーターが鳴った。
一瞬、そちらに意識を向けるヒソカさん。
その時を見逃さなかった私は素早くヒソカさんの脛を蹴り上げて全力でキルアの元まで走って逃げた。
久々に本気を出したと思う。凄まじい視線を感じたが無視した。

***

「熊」
「まくら」
「ラクダ」
「大腸」
「うさぎ」
「ぎ…………はぁ」
「なんでやめんだよ!いっぱいあるだろ!?」

ギターとか義母とかさぁ!と頬を膨らませて怒るキルア。
義母って……と何とも言えない気分になりつつ「ごめんね」と口だけの謝罪をする。

最悪の出会いから大分時間が経って人も随分増えてきた。200は確実に越えているだろう。一度交代で睡眠を取ったものの未だに試験は始まらない。
早く到着し過ぎたせいで長時間待たされ暇になった私達はしりとりを始めたのだが、今の私の頭は“ぎ”から始まる単語を探すよりも別のことでいっぱいだった。

キルアの友達、ハンターハンターの主人公ゴンくんはいつ来るのか?

これだ。キルアが参加しているのだからゴンも絶対に来る。本当にいつ?早く見たいんだけど。
まるで憧れのアイドルにでも会うような感覚でそわそわしてきた私は、キルアに「ちょっとその辺偵察に行ってくる」と一方的に伝えてこの場所の入口となるエレベーターの方へ歩いた。

私の漫画の記憶なんて当てにならないが、確かゴン一行が来てすぐに試験が始まっていた気がする。
てことは、到着は正午に近いのだろうか。あれ、そういえば今何時だろう?
時間を確認しようと歩きながら携帯を取り出す。するとドン、と前から誰かにぶつかってしまった。

「あ、すみませ………」

途中で声がでなくなった。
目の前には顔面針だらけの人間が立っていたからだ。

「カタカタカタ」
「………………」
「カタカタカタ」
「………………」
「カタカタカタ」
「今日は晴れて良かったですね」
「カタカタカタ」
「………………」


目を逸らさずに素早く逃げた。

「キキキキキルアァア!」
「うわっ!!」

全速力でキルアの元へ戻り、後ろから抱きつくと私の重さと勢いに負けたキルアがその場に前から倒れ…そうになるもギリギリで踏ん張った。

「なんだよ!うるせーな!ってか重い!!」
「は、針山の擬人化みたいな人がいた!」
「は?」
「何あれ公式?裁縫界の針山擬人化の公式設定?マチに教えてあげなきゃ!」
「いや、何言ってんのか全然わかんねーよ!」

なんとか上から退かせようとキルアは手でバシバシと私を叩いてきた。
そんなキルアのことなど気にせず全体重をかけてのしかかったまま、私はウエストポーチから携帯を取り出して新規メールを作成する。
件名:針山が歩いてた!

[pumps]