三回目のハンター試験
本人の許可も取らずに写真を撮るわけにはいかないので(というか怖くて取れない)、文字だけで針山擬人化さんの外見を事細かに伝えた。そして送信しようとボタンを押したが電波の問題で届かなかった。
あれ?と首を傾げる私に「地下で送れるかよ」とキルアが言って、そこで初めてここが地下だと知った。
「あの個室から出る時、扉の上にB100って出てただろ?見てなかったのかよ」
「そうだった?うーん、ランプが点いたのは見てたけど」
記憶を探っているとキルアが「お前赤信号とかに気づかないで道路横断して轢かれるタイプ?」と呆れた声で言ってきたので静かに首を横に振った。どんなタイプだよ。
「すぐそこにあるのに目に入らない時ってあるじゃない?食事中にソースどこ?って聞いたら真横にあったとか。それと同じだよ」
「ないないそれはない」
「眼鏡かけてるのにメガネメガネ、って探しちゃうのとか」
「俺、眼鏡かけてないから分かんないし」
「うん、私も」
じゃあなんで例えたんだよ、という突っ込みが下から聞こえたが無視して時間だけ確認して携帯を仕舞った。正午まであと少しだ。
「もうちょっとで試験開始だね」
「マジ?じゃあ、俺始まる前にちょっとジュース貰ってくる」
「ジュース?」
ここでそんなもの手に入るのか?と思っていると私の下から脱出したキルアは床に置いてあった缶を手に取った。
「これ、さっきセリがいない間に貰ったんだよね」と言って横に振る。音はしないので空のようだ。
「貰ったって誰に?」
「えーっと、トンパっておっさん」
「…………ああ!」
ぽん、と手を叩いた私を見てとキルアは頭の上に疑問符を浮かべた。
トンパさんといえば防御力53万のベテランだ。今年も来ているのか。
キルアが持っている空き缶を見て頷く。私も初めて参加した時に睡眠薬入りの飲み物を貰ったものだ。
聞くところによるとあの人は毎年新人に「お近づきの印」と言ってそういった物を渡しているらしい。
しかし、私がそれを口に出す前にキルアは「毒かなんか入ってたみたいだけど、喉乾いたし貰ってくる」と言ってトンパさんを探しに行ってしまった。
分かってて行くとか毒の効かないゾルディック家の余裕だろうか。
キルアの姿が見えなくなってから私も少し移動する。
この地下道は随分奥まで続いているようで先の方は暗くてほとんど見えない。もっと進もうかと思ったがだんだん人が少なくなり、怖くなってきたのでやめた。
足を止めて元の場所に戻ろうとすると右の方から誰かのイビキが聞こえてきた。
決して煩いわけではないが、ハンター試験の受験生は何故か喋るのが嫌いな方が多いようで人数の割に話し声は殆ど聞こえない。加えてここは地下。
小さな音でも反響して周囲の人には必ず聞こえるのだ。
そろそろ試験始まるのに大丈夫なのかな、と歩きながら首を軽く右に向ける。
すると見覚えのあるハゲ頭がこくり、こくりと揺れているのを見つけて足を止めた。…………あれ?
そちらに向かってゆっくりと進む。
「すみません、ちょっと通して」と人の隙間を縫ってこちらに背を向けているハゲ頭に近づき、顔を確認しようと前に回り込んだ。
「は、ハンゾー先生?」
立ったまま眠るという器用な真似をするハゲ頭の人物は、約二年半年振りに会うハンゾー先生だった。
思いがけない再会に、なんでいるんだと素直に驚く。あれからヒユちゃん関連や何でもないことでたまにメールはしていたが、お互いハンター試験について触れたことは一度もなかった。
あれ?ヒソカさんといいハンゾー先生といい、ハンター試験ってこんな再会の場だったっけ?
偶然に思えない偶然に困惑しつつ、とりあえず話がしたいと思ってハンゾー先生に声をかけた。しかし、何度呼び掛けてもさっぱり起きない。
仕方なく肩でも揺さぶろうと手を伸ばした。
「ハンゾーせん痛い痛い痛い痛い!」
「誰だ」
しかし肩に触れてすぐに手首を掴まれ、そのまま捻られる。起きてたの!?それとも起きたの!?
手首からハンゾー先生の手を離そうするが、かなり強い力で抜け出せない。
慌てて「私、セリ!」と訴えると暫くして手が離され「はぁ?何してんだお前」と軽い声が聞こえた。
「何ってハンター試験受けに来たんだけど。そしたらハンゾー先生がいたから声かけただけなのに」
「いや、わりぃ!ついクセで…」
顔の前で手を合わせて謝る彼に手首を擦りながら大丈夫、と首を縦に動かした。
ハンゾー先生は「しっかし驚いた」と明るい調子で話す。
「まさかハンター試験でお前に会うとはなぁ。お前が見た目より体力あんのは知ってるけどよ。大丈夫なのか?」
超難関って聞いたぜ、と私の肩に手を回し、声を潜めた。
この声量でも結局は周りの人に丸聞こえなのだから意味はない、と私は普通の声の大きさで返す。
「ハンゾー先生こそ大丈夫なの?才蔵さんみたいになんちゃって忍者じゃないのは知ってるけど。そもそも忍者なのにハンターになりたいわけ?」
「いやいや、それが実はよ…」
ハゲ頭は井戸端会議中の奥様方のように大袈裟に手を動かした。なんでもハンゾー先生は『隠者の書』という幻の巻物を探しているらしい。
事前に手に入れた情報によるとその巻物は一般人には入国できない国にあるそうで、そのためにハンターになりたいんだとか。
へー、大変だねと感心しているとハンゾー先生はここは辛気くさいだの、ここに来るまで何回か死にかけただの聞いてもない事をベラベラ話し始めた。
なんか元気そうで良かった、と思った。
そんな感じで久々に会うハンゾー先生と楽しく話して、というかほぼ一方的に話されたので、それを聞いていると遠くの方から男の悲鳴が聞こえた。
私達は同時に顔をそちらに向けたが人が多くてよく見えず、何が起こったのかはわからなかった。
試験前から物騒だな、と思いつつハンゾー先生との話を再開すると暫くして突然ジリリリリリリ、と大きな音が地下道に響いた。
「何?どこ?」
「あそこだ」
キョロキョロと首を動かして音の出所を探すとすぐにハンゾー先生がある一点を指差した。
そちらに目を向けると壁に伝わる太い大きなパイプの上に一人の男性が立っていた。近くには人が通れるくらいの穴が空いていたので、そこから現れたのだろう。
遠目からでよく見えないが音は男性の持つストラップのような物から発しているようだ。
ここにいる全員の視線を集めた男性は左手の人差し指でストラップを押す。ピタリと音が止むと男性は受験生の顔を見回して言った。
「ただ今をもって受付時間を終了いたします」