三回目のハンター試験
どのくらい走ったか。
正確な距離と時間は全く分からないが“走る”という行為に飽きてくるぐらいは長く走ってる。こんな長時間走ったのは初めてだと思う。

大きく息を吸って吐いた。飽きたと言っても疲れていないわけではない。
額にはじんわりと汗が浮かんできたし、足も痛い。当然だ、私だって人間だもの。
ただ、今にも死にそうなほど疲労困憊してはいないというだけだ。まだ走れる。
これは転生前の私では考えられないことだ。三キロ走るだけでヒーヒー言ってたのに。
やはり小さい頃からの一人マラソン大会のおかげなのか。ありがとうナズナさん。ついでにゾルディック家。

「なんでお前そんなに余裕そうなんだよ」

そんな考え事をしている私の顔を見て、隣を走るハンゾー先生が眉をひそめて言った。
この額の汗が見えないのかこのハゲは。それとも他の受験生に比べると涼しい顔をしているからだろうか。
でもこれだけ走ってペースを落とさず着いてこれる受験生達も十分すごい。

色々考えてから「私だって疲れてるよ」と言った。
よく見ればハンゾー先生だって平然としてる。頬の辺りに少し光るものがあるだけで、そんなに息も上がってない。

「ハンゾー先生こそ、まだまだイケるって感じ」
「まぁな!……だが、無駄口叩くほどの余裕はねぇ」

言ってすぐに前を向いた。
なんだかんだでハンゾー先生も辛いのか。普通に走ってるからそんなに疲れてないのかと思ってた。
そういえば昔マラソン大会で一位をとった子に「疲れないの?」って聞いたら「サイボーグじゃねーんだぞ!」って返された記憶がある。やっぱり誰だって疲れるんだ。
そう思うと試験開始から、ただひたすら歩き続けるサトツさんがどれだけ化け物染みてるかよく分かる。そうだよ、あの人別に走ってないんだよ。なのにあんなに速いんだよ。

ハンターはこのくらい体力があって当然なのか、それとも実は人間じゃないのか。暇すぎて真剣に悩み始めると周囲がどよめいた。
すぐに横から「見ろよ」とハンゾー先生の声が聞こえたので、意識を戻すと目の前には気が遠くなるくらいの長い階段があった。
散々走らされた挙げ句にこれは酷い。しかも下りならまだしも上り。全部で何段くらいあるのだろうか。考えたくもない、と首を振った。
その間にもサトツさんは進んでしまうので、遅れないように必死に足を動かして階段を駆け上がる。一段一段が高いのも地味にキツい。

「さて、ちょっとペースを上げますよ」

と言ってサトツさんは二段飛ばしで階段を登り始めた。嫌がらせとしか思えない。
後ろの方で舌打ちと「くそったれ!」みたいなことを言う声が聞こえた。

しかしなんで急に階段が登場したんだろう、と登りながら思う。
暫くしてから試験前のキルアの言葉を思い出して「あ」と声を出しハンゾー先生の方に顔を向けた。

「そっか。ここって地下だもんね。降りてきたんだからそりゃ上がるか」
「そんなこと今はどうでもいいっつーの!」

苦々しく顔を歪めたハンゾー先生に唾を飛ばされながら言われた。
度重なるサトツさんの嫌がらせにより、話すのもキツくなってきたらしい。私はまた暇になった。誰か構ってくれ。
そう思った時、サトツさんの真後ろにキルアらしき人影が見えたので話し掛けにいこうかと思ったが、ハンゾー先生が先程よりも遅れてきたので私はそっちにペースを合わせた。
別にハンゾー先生の為じゃないよ、私も疲れてきただけなんだから。

それから暫く、というかまたまた何時間も階段を登り続けると先の方に小さな光が見えた。
一段一段上るにつれ光は大きくなっていく。私達のすぐ側を走る人が「出口だ!」と叫んだ。
私も流石に話すのがキツくなるくらい疲れていたので顔を横に向けて小さく「やったね」とだけ話した。
それを聞いたハンゾー先生も深く頷き「ようやく薄暗い地下からおさらばだ」と嬉しそうに言った。結構喋るなこの人。

しかし、やっと出られた外は深呼吸できるほど綺麗な空気の場所ではなかった。一面濃い霧で覆われている。
荒い息を整えながら周囲を見渡す。続々と地下から受験生達が出てきては、その場に倒れこんだり、辿り着いたこの場所を見て呆然としていた。

足を止めたサトツさんはその様子を暫く見てから、説明を始めた。
ここはヌメーレ湿原、通称詐欺師の塒。この湿原の生き物はどれも人間を欺いて食糧にしようとするとんでもない奴等らしい。
一通り説明を終えると私達が出てきた地下の出入口のシャッターが閉まった。あと少し、というところで出てこれなかった人もいた。ここまでは脱落者なんだろう。
サトツさんは残った私達受験生に「騙されると死にますよ」と感情のない声で忠告した。

直後「ウソだ!!」という声と共にシャッターの閉まった地下出入り口の影から傷だらけの男が現れた。
よろよろと今にも倒れそうな男はこの場の全員の視線を集めた後、びしっとサトツさんを指差して叫んだ。

「そいつは偽者だ!!試験官じゃない、俺が本当の試験官だ!!」

な、なんだってー!!?
衝撃的な発言にどよめく。混乱する受験生達に男は「これを見ろ!」と左腕をバッ、と動かした。
その手に掴んでいたのは手足の細長い痩せ細った生き物の死体だった。
この生き物は、ヌメーレ湿原に生息する人面猿だと男は私達に見せつけるように死体を地面に叩きつけて話し始めた。
あれだけの傷を負っているわりによく喋るな、と思ったが本物の試験官なら余裕なのかもしれない。

自称本物の試験官の男が言うには人面猿は人肉を好むらしい。
そこで人面猿、この場合サトツさんは私達受験生を湿原に連れ込み他の生物と協力して生け捕りにしようと自ら人に扮した。
確かに男が見せてきた人面猿の死体はサトツさんにそっくりだった。
こ、これは…!とハンゾー先生の服の裾を引っ張るとハンゾー先生は私の方を向いて力強く頷いた。

「怪しいとは思ってたんだ。あれだけ移動して息切れひとつしてねぇ。人面猿っていうなら説明がつく」
「あ、やっぱり?私も実は人間じゃないだろって疑ってたんだよね!」

こそこそとサトツさんには聞こえないように会話をする。
近くに居た針山擬人化さんにすごい目で見られた気がしたが多分気のせいだろう。

すると一瞬殺気を感じた。
同時にサトツさん目掛けてトランプが飛んできたが、サトツさんは全て受け止めた。
トランプという意外性溢れる武器にげ、と顔を歪めると笑い声と一緒に「なるほどなるほど」と例のあの人の声が聞こえてきた。

「これで決定、そっちが本物だね」

トランプを手にしたヒソカさんがサトツさんを見て愉しげに言う。
いつの間にか仰向けに倒れていた自称本物の試験官の男の顔にはトランプが刺さっていた。
しかも死体だと思っていた人面猿は死んでいなかったようで、逃げ出した途端ヒソカさんの投げたトランプに殺られた。
あの、ちょっと展開が早すぎてついていけないです。なにこれ。

男の死体に鳥が群がり何人かが顔を青くし、手で口を覆った。私も気分が悪くなったので、そこから顔を背けてサトツさんを見た。
えーっと結論から言うとサトツさんは本物の試験官で、ヒソカさんの攻撃を避けられなかった自称本物の試験官こそ偽者。
どうやらサトツさんを偽者扱いして混乱した私達を連れて行き、捕食するつもりだったらしい。
うわ、すごく耳の痛い話だ。そうだよね、よく見たらサトツさん念能力者だもんね。ごめんなさい、人間じゃないとか言ってごめんなさい。

「何人かは騙されかけて私を疑ったんじゃありませんか?」

ちら、とこちらに視線を向けて言ったサトツさんの言葉が私とハンゾー先生にぐさりと刺さる。
何故かナチュラルに裸ネクタイなレオリオもすぐ隣に居たので、この時点では全く知り合いじゃないのに私達は三人で「いやー、あっはっは、あは…」みたいな感じで顔を見合わせた。
そんな、あの状況で見抜けるわけないじゃん。私達一般人(内一名忍者)だもん。

「それではまいりましょうか。二次試験会場へ」

そう言ってサトツさんは再びあのハイペースウォーキングで湿原を進み始めた。私達は必然的に走ることになる。
「またマラソンの始まりかよ」というレオリオのうんざりしたような声が聞こえた。

[pumps]