三回目のハンター試験
暫く走っていると霧が一段と濃くなってきた。前の人影が霞んで見えなくなるくらいだ。
ここでサトツさんを見失うとまずい、と慌てて円を使って位置を確認するとハンゾー先生の手を掴んでダッシュした。
ハゲ頭から「折れる!痛い!バカ!」とか聞こえたけど無視した。迷子になるよりいいだろう。
後方集団の姿が一気に消え、明らかに離れた位置から悲鳴が聞こえてからは「もっと優しく扱え!」と自分を壊れ物かのように例えて文句を言っていたハンゾー先生も大人しくなった。


「ゴン!!」

必死に走っていると聞き覚えのある声がしてすぐに私の横を黒い何かが通った。
あれ、と首を傾げてから少しスピードを上げる。

「あ、やっぱりキルア」
「セリ!なんだ、お前どこ行ってたんだよ」

サトツさんのすぐ後ろを走るキルアを見つけて声をかける。霧が濃くてずっと気が付かなかったが、わりと近くに居たようだ。
しかし再会の喜びもそこそこに勝手にいなくなるな!と怒られる。私は犬か何かか。
飼い主キルアくんの説教を受け流しながら周囲の人々に目をやる。近くにゴンらしき人物はいない。
となれば、さっき私の横を通った黒い何かこそゴンだったのだろう。思いっきりゴン!!って言ってたし。

良かった、この子達無事に会えたのね、と親みたいなことを思いつつ、ゴンの行方が気になり「ゴ……」と言いかけてすぐに止めた。
いやいやいや、なんで私がゴンの名前知ってるんだ、ってことになっちゃう!

「ゴ……何?」

空気が読めないことに定評のあるキルアは興味津々で聞いてきた。聞くな、ってオーラを出してるのに感じ取れないらしい。

「いや、その…ゴ……ゴリラはいないのかな?この湿原…」

仕方なくそう言ったら、私達と同じ先頭集団の一部が噴き出して咳き込んだ。そのまま肩を震わせる。
笑ってる?ねぇ、笑ってるよね!?

「ゴリラはいませんね」

サトツさんにまで言われた。キルアも「ゴリラなんか居るかよお前バカ?」と呆れたように言った。
ハンゾー先生だけは「いや、居るかも知れねぇぞ。諦めるなセリ!」と励ますように私の肩を叩いた。
気遣いは嬉しいが、私がゴリラ大好きみたいな空気を作るのはやめろ。
肩に乗ったハンゾー先生の手を払ってから、どうしてこんなところで恥ずかしい思いをしなくちゃいけないんだろう、と顔を赤くし口を閉じた。

***

「皆さん、お疲れ様です。無事湿原を抜けました」

泥濘に足を取られつつ、なんとか逸れずにすんだ私達を振り返ってサトツさんが言う。

「ここビスカ森林公園が二次試験会場となります」

すっかり霧は晴れていた。その場に座り込んで辺りを見回すと近くに大きな建物があった。
中からはこの世のものとは思えないような唸り声が聞こえてくる。なに、次は中の生物と戦うとかそういうのなの?
建物の扉の上には『本日正午、二次試験スタート』と書かれた看板があった。すぐ上の時計は十一時の少し前を示していた。まだ時間がある。
なら、正午になるまでは休憩でいいのかな?と思っているとこの中で唯一事情を知っているだろうサトツさんは「では私はこれで。健闘を祈ります」と言って離れていってしまった。

「よかったな、次まで休めるぞ」

ハンゾー先生はそう言って隣に腰を下ろしたので私も頷く。
周りの受験生達もその場に座り込む中、汗一つかいてないキルアが疲れきった私達の方にやって来た。

「なーんだ、暫く暇じゃん」
「キルアは平気そうだね」
「まぁね。むしろなんで疲れてんの?」

すごくイラっとした。
周りの受験生全員が殺意を抱いただろう。わざわざ口に出して言わなくてもいいのにゾルディック家の悪い部分出てるな。

「セリ、さっきから思ってたんだがお前の知り合いか?」

キルアの空気が読めない発言に怒りを通り越し、心配になってきた私を見てハンゾー先生が言った。
私が答える前にキルアがハンゾー先生に目を向ける。

「なにこのハゲ」
「誰がハゲだ!」
「ハンゾー先生だよ。竹とんぼが上手なの」
「なにそれ、知らね」

興味なさげにそう言うとキルアは「その辺歩いてくる」と私達の側から離れた。口には出さないが多分ゴンが気になるんだろう。
現時点ではどこを見てもゴンはいない。ついでにレオリオとクラピカも。
にやにやしながら離れていく後ろ姿を眺めているとハゲ呼ばわりされた事に怒っていたハンゾー先生が「俺はお手玉だって得意だ!」とか言い始めた。悪いけどすごくどうでもいい。
それから私は延々ハンゾー先生の話を聞かされた。



「セリーー!」

あと五分で正午、となったところで不意に名前を呼ばれた。
何事かと顔を向けるとキルアがこちらに手を振りながら「ちょっとこっち来いよー!」と笑顔で可愛らしく煩く叫んでいたが、それよりも私は隣のツンツン頭に目を奪われた。
ちょっと行ってくる、とハンゾー先生に断りを入れて、駆け足でそちらに近づく。間違いない。

「ほら、来た。ゴン、こいつセリっていう、あだっ!」

コイツ呼ばわりに少し腹が立ったので一発殴っておいた。どこからか殺気が飛んできてちょっとビビった。
でも今はそんなのいいや!

「えーっと、セリさん…?」

殴られたキルアを見て少し困った顔をしつつ、ツンツン頭の少年こと主人公ゴンは私に言った。

「俺、ゴンって言うんだ」

よろしく、と続けるゴン。知ってます超知ってます、とは口に出せない。でも1つだけ言いたくて仕方ないことがあった。
「こ、こんにちは、よろしくね」と挙動不審に返しつつ、うずうずとしているとキルアに何コイツきも〜という目を向けられたのでもう一発殴っておいた。また殺気が飛んできた。誰だよ!

しかしこれで決心がついたかもしれない。思いきって言ってみることにした。
ゴンを真っ直ぐと見つめる。緊張で胸が張り裂けそうだった。頑張れ!頑張れ私!
一度深呼吸をしてからギュッ、と手を握り締めて「あの!」と勇気を振り絞り次の言葉を出した。

「後でサインください!」
「えっ」
「は?」

二人の反応を見てからちょっと後悔した。

[pumps]