お料理行進曲
71頭もの豚の丸焼きを食べたおかげですっかり大きくなったお腹をポン、と叩く試験官の男性(ブハラさんとか言うらしい)を眺めていると私の横で腕を組んで立っているハンゾー先生は片眉を上げ、真剣な声色で言った。

「妙だと思わねぇか?」
「何が?」
「試験官の後ろに積まれた骨を見ろ。どう考えてもあれだけの量の豚が全部あいつの身体に収まるわけがない」
「ああ、それはほら、プロハンターだから。そのくらいなんてことないんだよ」
「え、マジかよすげぇな」

途端、素直に感嘆の声をあげるハンゾー先生を見て逆に驚く。信じた……。
さらに後ろの方から「やっぱりハンターってすごい人達ばかりなんだね」と感心したように言うゴンの声が聞こえてくる。みんな悪い人にツボとか買わされないように気を付けてね。

「あんたねー、食べた豚全部美味しかったって言ったら試験になんないじゃない」

満足気な表情を浮かべるブハラさんのお腹をメンチちゃんが呆れたよう叩く。
人数は絞れたんだから別にいーじゃん、と緩く反論するブハラさんにメンチちゃんは額に手を当てて盛大なため息をついた。

「ま、仕方ないわね。豚の丸焼き料理審査!71名が通過!」

それを聞いて確かに結構絞られたな、と思った。いつの間にか随分減っていたようだ。
キョロキョロと辺りを見回すとブハラさんを見て何か真剣に悩んでいるクラピカとそれに呆れているレオリオの二人組を見つけた。彼らも無事に試験を通過できたようだ。
私の存在に気がついたレオリオがクラピカを肘で小突いた後、軽く手を挙げてきたので適当に笑っておいた。クラピカは相変わらず複雑そうな顔をしていた。私も複雑だよ。

さっきのように顔を逸らして前に向き直ると暫くブハラさんと話していたメンチちゃんが「さて」と咳払いした。

「あたしはブハラと違ってカラ党よ!審査も厳しくいくわよー」

そう言うと受験生達の顔を見回して口角を上げる。

「二次試験後半、あたしのメニューはスシよ!」
「「えっ」」

メンチちゃんによる課題発表に私と横にいたハンゾー先生の声が綺麗に重なった。スシってあの寿司?と顔を見合わせる。
他の受験生達はまずスシという単語自体を聞いたことがないようで、かなり分かりやすく困惑していた。その反応を見るに多くの受験生には馴染みのない料理。
それでスシと言えば、やはりピンとくるものは一つしかない。この世界ではジャポンはかなりマイナーな国だし、受験生の多くが知らなくとも何もおかしくない。

これはまさかのラッキー課題?メンチちゃんには試験を受けることを伝えてなかったから偶然だろうけど……。そう思ってメンチちゃんを見るとウインクされた。
驚いてぱか、と口を開けるが何か言う前にメンチちゃんは私から視線を外すと戸惑う受験生達に向かって「ヒントをあげるわ」と声を張り上げ、全員建物の中に入るよう指示した。
偶然っぽいけど、でも、ひょっとしたら私が今期のハンター試験を受験した時のことも一応視野に入れて寿司を課題にしたのかもしれない。そう思うとなんか胸にくるものがある。

一生ついて行くからね、とメンチちゃんの背中に熱い視線を送る。すると寒気を感じたように身体を震わせたのは何故だろう失礼な。

「ここで料理を作るのよ!」

ぞろぞろと建物の中へ移動すると中は簡素な調理台がたくさん並んでいた。受験生の数よりも遥かに台数が多く、一人一台でも余るだろう。
台の上には寿司を作るのに必要な一通りの調理器具が揃っており、ご飯もしっかり寿司桶に入って置いてあった。

「そして最大のヒント!スシはスシでもニギリズシしか認めないわよ!」

メンチちゃんが指を立てて言う。ここで確信した。やっぱりスシは寿司だ。

「それじゃスタート!!あたしが満腹になった時点で試験は終了。その間なら何個作ってきてもいいわよ!」

開始の合図を聞いてすぐに自分のスペースを確保しに走る受験生に倣って、私も近くの調理台の前を陣取ると隣のハンゾー先生に小声で話しかける。

「ハンゾー先生、やったね」
「ああ、まさかハンター試験で寿司が出るとはな。こりゃ俺達ツイてるぜ」

同じく小声で返してきたハンゾー先生と親指を立ててにやにやと笑い合う。
他の受験生はなんだかんだで調理台を確保したものの、検討もつかない料理をどう作ればいいのか頭を悩ませているようだった。

一度調理台の上を見ると寿司に必要不可欠な魚がない。となれば、私達受験生がまず最初にやるべきは魚を手に入れること。
辺り一帯は見る限り森しかないが、寿司を試験課題に出しておいて魚が用意されていないと言うことは、どこかに川か何か魚の捕れるポイントが必ずあるはずだ。
正しい寿司の作り方を導きだした受験生が合格できるように、その辺はちゃんと考えてあるのだろう。初めから誰も合格させる気のなかったハギ兄さんじゃあるまいし。

早速魚を捕りに行こうと提案しようと思った時、ハンゾー先生の後方の調理台にキルア達四人の姿が見えた。
木杓にご飯を乗せたり、包丁を眺めてはキルアとゴンは二人で首を傾げているし、向かいの調理台ではクラピカとレオリオが私達のようにこそこそと話をしていた。
やっぱり主人公グループでも皆知らないのか、そっか。

「…キルア達にも寿司の作り方教えていいかな」
「はぁ?何言ってんだよ」

ぼそっ、と思ったことを口に出すとその言葉にハンゾー先生が驚いたような反応を見せる。
すぐに辺りに視線をやると私に顔を近づけて、今まで以上にボリュームを下げて話し始めた。

「バカかお前は。ここで知らねーふりして然り気無く俺達二人だけで受かるのが利口なやり方だぜ」
「えー、でも二人……いや四人くらいなら…さっきも協力したわけだし」
「さっきはさっき。今は今。いつまでもそんな仲良しごっこが続くと思うなよ?良く考えろ、ここで寿司を作ってあの試験官を満足させれば俺達は晴れて二次試験合格。つまりハンターに一歩に近づくってことだ。分かるな?」
「うん」
「聞いたところによるとハンター試験っつうのは他の受験生からの妨害で落ちる場合が圧倒的に多いらしい。出来る限りライバルは減らした方がいい、ってのは全員共通の考えだな。で、今はそのライバルを一気に落とせるまたとないチャンスだ」
「はぁ」

適当な返事をすると話わかってんのか?とデコピンされた。
言いたいことはわかる。つまりハンゾー先生はもうさっきみたいに協力しないってことでしょ。はいはい、わかるわかる。

「…じゃあさ、早く魚捕りに行こうよ」
「いや、待て。まだ暫くは行かなくていい」
「なんで?」
「他のやつらがどんな変なモン作るか楽し………いや、今のこの状況で外へ行くと不審がられて後を付けられる可能性があるからな。もう少し様子を見よう」
「…………………」

キリッ、とした顔でなんかそれっぽいことを言ったハンゾー先生はちら、と私達の横の調理台で作業している受験生に視線をやる。
顔に傷のある厳つい受験生は「ニギリ、ニギリと…」と呟きながら寿司桶に用意されていたご飯を大量に手に取り、そのまま丸めて寿司というかおにぎりを作っていた。

「ぶぷっ!!」

ハンゾー先生が顔を真っ赤にして吹き出す。手で口元を覆っていたがあまりにもオーバーなリアクションだったため、周囲の受験生の鋭い視線が一斉にハンゾー先生とついでに私に刺さった。
隣の調理台の受験生は若干顔を赤くしてこちらを睨み付け、他にも怪訝な表情を浮かべる人に眉をひそめて舌打ちをする人、見てないフリをしつつ聞き耳を立てて様子を窺う人。
バレた。今ので絶対私達が寿司知ってるってバレた。

「ちょっとハンゾー先生」
「だ、だって……見たか、あいつ…ぶふっ!!」
「ごめんもう喋らないで」

ハンゾー先生は必死に笑い声を抑えようとするものの、身体は小刻みに震えていたので笑っているのがバレバレだった。こ、このハゲー!

「魚ァ!!お前ここは森ん中だぜ!」
「声がでかい!!」

落ち着けー、とハンゾー先生の背中を擦っていると後方からレオリオの声が響き、すぐにクラピカの怒声とともにパコーン!と何かが当たる音がした。

え、と私がそちらを向くより早く周囲の受験生が一斉に外へ向かって走り出した。流石ここまで残るだけある。みんな足速い。
その様子にさっきまで笑い死んでいたハンゾー先生が慌てて顔を上げる。

「!?くそっ、俺達の他にも知ってる奴がいたのか!?」
「もー、だから早く魚捕りに行こうっていったじゃん…」
「う、うるせーな!とにかく俺達も行くぞ!」

焦るハンゾー先生に腕を引っ張られて私も外へ出た。このお喋りハゲ忍者め!

[pumps]