お料理行進曲
森の中を進んでいくと案外あっさりと川を見つけたので、まずは目を凝らして魚を探す。するとこれまたあっさりとお目当ての魚は見つかった。沢山いる。
いるけど、でもそれを見て最初に思ったのは「こんな魚を口にしてメンチちゃんは大丈夫なのかな?」だった。

「お、捕れた!もうこいつでいいだろ。ほらセリ、お前の分。早いとこ帰るぞ」
「え、それ本気で言ってる?」
「あ?何がだよ?」
「いや、だってその魚…」

ハンゾー先生が両手に持つ魚を指差し、言い淀む。良く分からないハンゾー先生の技術(忍術かもしれない)によって、いきなり陸へと上げられた二匹の魚はビタビタと左右に身を動かす。
一匹は蛍光緑とピンクの目に痛いストライプ模様、もう一匹はオレンジにギョロギョロした赤い目玉を持っていた。
これ食べて大丈夫なのか。というか魚扱いでいいのか。

「いーだろ別に。俺達が食う訳じゃないし」
「まぁ、そうなんだけど……」

不安を口にすると何てことないようにそう返された。
そりゃメンチちゃんは美食ハンターをやってるくらいだし、恐らく私達では想像もできないような色んなゲテモノを食べてきているので常人よりは胃も丈夫だろう。
でもこんなわけわかんない魚を使って素人が作った寿司を食わされるって、流石にまずいだろう。

そこまで考えてメンチちゃんの胃が本気で心配になり、気付いた時には口が勝手に動いて「もっと良い魚探してくるから先に帰ってて」とハンゾー先生に伝えていた。
ハンゾー先生は「お前良い奴だなぁ」と感心したように言って私の肩を軽く叩いてから帰っていった。素人調理で相手の胃を心配するのは普通だと思うんだけど違うのか。

ハンゾー先生の背中を見送ってから今いる場所より、もう少し奥の方へ進んでいく。

「「「あ」」」

そしたらレオリオとクラピカにバッタリ会った。う、うわぁ、偶然。自分でもわかるほど動きが一気にぎこちなくなる。

「よっ」
「ああ、どうも」

そんな私を見て、何故かヌメーレ湿原を抜けてからずっと右頬が腫れているレオリオが先程のように手を挙げる。
今度はそれに会釈して返すと彼は「ちょうど良かった」と人好きのする笑みを浮かべて言った。

「実は後で改めて礼を言わせてもらおうと思ってたんだが、ここで会えたなら都合が良いな。さっきは助かったぜ、えーっと…あんた、確かセリだっけか?」
「ええ」
「そうか、セリ。俺はレオリオ、こっちはクラピカだ。さっきは本当にありがとうな」
「いや、別にそんな…」

正直そこまで感謝される謂れはない。
だが、大袈裟だと私が言う前にそれまで黙っていたクラピカが口を開いた。

「いや、火種を分けてもらえなければ私達は今此処にいなかったかもしれない。貴女とあの294番の男には感謝してる。遅くなったが、私からも改めて礼を言わせてくれ」

ありがとう、と続けるクラピカの顔がどうしても見れなくて、私はまた顔を逸らしてしまった。

「に、294番はハンゾー先生ね。お礼なら私じゃなくてそっちに言っておいて」
「先生…?」
「うん、竹とんぼの」
「「………………」」

一瞬変な空気が流れた。
嘘はついてないし、ネタでもないけどすべったな、と感じた。
だって二人の「……おいクラピカ、なんだ竹とんぼって?」「……さぁ?」っていう話し声が聞こえるもん。ボリューム下げてるつもりだろうけど、ここ私達しかいないからさ。
少し耳を赤くするとそれに気が付いたクラピカが私に恥をかかせたと思ったのか、レオリオとの話題を打ち切り一度咳払いをする。

「なら、後でそのハンゾー先生にも礼を言っておこう」

そう言って、ここで初めて笑顔を見せた。直後、旅団の姿がちらついて、やっぱり顔を逸らしてしまった。これは流石に酷い。
酷いと思ったけど、解決策が見つからないのでどうすることも出来ず、誤魔化すようにすぐ側に流れている川の中に両手を突っ込んだ。

「魚捕れんのか?」
「いや、それが困って……んですよ」

私の行動にレオリオが反応し、いつも通りの話し方で返事をしてから途中で無理矢理口調を変えた。
やっば、レオリオって何歳なのかな?パッと見た感じは23か24くらいで年上っぽいんだけど、でもゴン達と違和感なくつるんでるし、実は17歳とか……はないな。
本命24、対抗22、大穴17って感じ?

「おい、なんだよその話し方。気ィ遣ってんだろうけど、ツラいなら別に無理しなくていいぞ」

頭の中でレオリオの年齢について真剣に考察するが、やはり不自然だったようで突っ込まれた。

「いや、だってクラピカは年下だろうけど、レオリオさんは年上でしょ?ならタメ口きくわけにはいきませんよ」
「お!お前あのキルアの知り合いにしちゃしっかりしてんな。……しっかりしてそうに見えて初めから人のこと呼び捨てにしてた奴もいるけどなぁ?」
「失礼だが、年齢は?」
「おい無視かお前に言ってんだぞクラピカ」

レオリオが怒ったように言うが、クラピカは完全に無視して私に顔を向けた。
ばち、と視線が合ったがすぐに逸らして答える。

「多分もうすぐ20歳…かな?」
「はぁ?なんだお前のが年上じゃねーか」
「え、嘘何歳?」
「今年で19だ」
「げっ」
「げっ、ってなんだよ!」

殆ど変わらないけど年下じゃん!驚いてもう一度よくレオリオの顔を見る。うん、十代の顔じゃない。
そう何度も頷き、すごく完成度の高い詐欺だねと本人に言うと本気でキレられた。あれ、感心して誉めたつもりだったのに。

「セリ」

すると突然名前を呼ばれてドキッ、とする。それは相手がクラピカだからだ。
呼ばれたのだから、と一度クラピカの方に顔を向けるが、じっと見つめられて耐えられなくなり視線をさ迷わせる。
そんな不自然で失礼極まりない私の反応を見て、クラピカは「もしも私の」と口を開いた。

「今までの態度で気を悪くしたのなら謝ろう。すまなかった」
「えっ、なんで?」
「いや、逆になんでだよ」
「だって…」

明らかに私の方が態度悪かったじゃん。
レオリオに突っ込まれたが、それを素直に口にすることはできなかった。黙った私の様子を見つつ、クラピカは続ける。

「私は、貴女達の親切心を勝手に深読みして失礼な態度をとってしまったんだ。謝るのは当然だろう」
「え、それなら私もずっと顔を逸らしてるわけだし…」
「だから、それは私の態度を不快に思っていたからだろう?」

いや全然違う。他に思いっきり疚しいことがあるからだ。
それを口にする勇気はなかった。今ほんの少しだけ仲良くなれているのに、ここで旅団の名前を出したら全てが終わる。
私は別にクラピカと親密な関係になりたいわけではないが、だからと言って嫌われたいわけでもない。
だって、もしもここでクラピカに嫌われたら多分主人公グループ全員に嫌われる。つまりキルアに嫌われる。
そう思うと本当のことは口が裂けても言えなかった。

[pumps]