お料理行進曲
結局本当の理由は何一つとして言えず、クラピカに色々と勘違いされたまま話を終わりにしてしまった。
これで良かったのだろうか?クラピカは旅団を憎んでいて、私は旅団ではないがその一部と親交がある。
それを知ればクラピカは私を嫌うだろう。もしくは利用するはず。我ながら中々微妙な立ち位置だ。

クラピカだけに嫌われるのは別にいい。いや、そんなによくないけどまだマシだ。耐えられる。
でも実際は、クラピカだけでは済まずに最悪キルアにも嫌われる可能性が出てくる。それだけは勘弁してほしい。
キルアは昔から知ってる子で、友達で、私の中でキルアはもう単なる『漫画のキャラクター』という枠組みから外れているのだ。嫌われたら多分本気で泣く。

だから私はここで『黙る』ことを選択した。
だが、この選択は結局避けては通れない問題を先送りにしただけだったのかもしれない。

とまぁ、私にしては小難しくてめんどくさいことを色々考えすぎてなんだか熱が出たような気がした。
とりあえず私の代わりに魚を捕ってくれてしかも試験会場まで自分の分と一緒に持って運んでくれたレオリオありがとう。

***

「やっと帰ってきたか。おせーぞ」
「あれ、ハンゾー先生何やってんの?」

レオリオから魚を受け取り自分の調理台へ戻るとハンゾー先生が魚をまな板に乗せたまま、捌きもせずにただ突っ立っていた。
材料は揃っているのになんで作らないんだよ、と視線だけで問い掛けるとハンゾー先生はフッ、と小さく笑った。

「確かに俺が本気を出せばすぐに試験を終わらせることができる。でもそれじゃあ面白くないだろ?ヒーローは遅れてくるもんだぜ…」
「何を言っているの?」

主役気取りかこのハゲ。
冷めた目を向けるとハンゾー先生はほんの少し怯んだ。それに溜め息をついてから周囲の様子を窺う。
他の受験生達は食材を手に入れたものの肝心の完成形がわからないため、魚を前に包丁を握ったままその扱いに悩んでいた。

寿司はシンプルな料理だが今初めて名前を知った人間が作るにはミラクルが起きたり、メンチちゃんが現在進行形で出してくれている様々なヒントに気がつかない限り無理だろう。
そのため既に完成形を知っている私達が焦る必要はない。ハンゾー先生はカッコつけた言い回しをしたが、つまり暫くは他の受験生の変な創作料理を楽しみたいってことだ。

ちらちらと皆の様子を窺いながら時々吹き出すハンゾー先生。それを横目に私は自分の魚をまな板に乗せて包丁を手に取る。
私はハンゾー先生みたいに余裕ぶるつもりはない。まずは魚の頭を落とそうと思い、頭部目掛けて包丁を勢いよく下ろす。
ダァンッ!!と思っていたよりも凄まじい音が響いて魚の頭部が勢いよく吹っ飛んだ。
飛んだ先にいた受験生が突然の頭部による襲撃に驚きすぎて「あばぎゃあ!!」とよくわからない悲鳴をあげたため、周囲の受験生達が一斉に「新手の受験生潰し?」と言いたげな目で私の方を見てきた。

「お、素頭落としか?豪快だな」
「え?ああ、うん」

周りからドン引きされてるのにハンゾー先生だけが誉めてくれた。
ちょっと嬉しかったので、笑顔で魚の腹を切って内臓を取り出すと周りの調理台にいた受験生達が顔を青くして静かにその場から離れ始めた。何故だ。
ちょうどその時、後方の調理台からレオリオの声が届く。

「出来たぜー!俺が完成第一号だ!!」
「あれ、もう?」
「ほぉー?どれどれ、どんな酷いもんが出てくるか…」

私と同時に振り向いたハンゾー先生がにやにやとレオリオの方へ近づく。ハンゾー先生ホントに楽しそうだな。

レオリオはメンチちゃんに自信作だ!と言うと皿に被せていた銀色の蓋を勢いよく外した。
私の位置からは残念ながらレオリオの背中で料理の全貌を目にすることは出来なかったが、メンチちゃんが切れてちゃぶ台返しの如く皿を後ろに放ったのは見えた。
とうやら到底寿司と呼べる代物ではなかったようだ。ハンゾー先生が吹き出したのはバッチリ見えたんだけどな。

その後、ゴンが挑戦するもののレオリオと同レベルと言われ、他にも何人かの受験生が皿を持っていくが「形がダメだ」と言われてまともに箸をつけてもらえなかったようだ。多分、見た目が寿司に掠りもしてなかったんだろう。

まともな寿司が一品も出てこない現況にメンチちゃんはご立腹のようだ。その様子を耳だけで伺い、私は自分の寿司を仕上げる。
どうやら今度はクラピカが挑戦したようだが全くダメだったらしく、なんかガシャン!とかガラガラガラ!とか何かが崩れる音が聞こえた。どうした。

「よし、出来た」

周りの様子に首を傾げながらも、たった今私の人生初の寿司作りが完了した。
あまり見映えは良くないが、それっぽいものになったので皿に乗せて手に持つとメンチちゃんの元へ向かう。
肩を落としたクラピカと入れ違いに来た私を見て、メンチちゃんは「遅い」とピシャリと言い放った。

「やーっと来たわね。あんたは知ってるんだからとっとと来なさいよ、ったく、いつまで待たせんの」

メンチちゃんは寿司が食べられなくてイライラしているようで、持っている箸同士をぶつけてカチカチと鳴らす。行儀が悪いが怖くて注意できない。
あは、と曖昧に笑ってから肩を竦めて皿を差し出した。

「お手柔らかにお願いしたいんだけど」
「味次第よ。うわ、見た目悪っ!」
「難しかったんだって!というか味って…」

そんなこと言いだしたら絶対合格出来ないだろ。美食ハンターのメンチちゃんが素人の作った寿司を美味しいなんて言うはずがない。
箸で掴んで口に含むと暫くしてメンチちゃんは顔をしかめた。

「まずい。やり直し」

やっぱり。シャリとかべちゃべちゃだったもんな。
言ってすぐにメンチちゃんは口直しと言わんばかりにお茶を一気に飲み干す。
そして後ろに控えていたブハラさんに「茶!」と言って空になった湯呑みを押し付けた。どこの亭主関白な家庭だ。

しかし味まで審査内容に含み出したら、もう誰も合格できないんじゃないのか。
ブハラさんが淹れたお茶を飲むメンチちゃんを見ていると後ろから肩をポン、と叩かれた。

「安心しろ、セリ。お前の仇は俺がとってやる」
「!ハンゾー…先生…!」

銀色の蓋で覆った皿を片手に持ったハンゾー先生は、私の肩を軽く掴んで自分の後ろに下げるとメンチちゃんの前に進み出る。

「ふーん、なんか随分自信あるみたいねぇ?」

急になんだこのハゲという顔をしながらメンチちゃんが言う。声色的に期待はしてないようだ。
ハンゾー先生は口角を上げると「俺が本物の寿司を見せてやろう」と言って、被せていた蓋を取った。

「どうだ!!これがスシだろ!!」

どん、とお皿をメンチちゃんの前のテーブルに置いて腕を組むハンゾー先生からは自信に満ち溢れたオーラを感じる。※彼は非念能力者です。
へぇ、とメンチちゃんが興味を示して手に持っていた湯呑みを置く。

「誰かさんのスシよりはそれらしいわねぇ、どれ」

意地悪な視線を私に向けた後、箸で掴んで口にする。
この間、ハンゾー先生はパッと見た感じではいつも通りの顔つきだったが、よく見ると笑いを堪えているようだった。
これはあれだ。某新世界の神が「だ、ダメだ、まだ笑うな…!」と自身の勝利を確信して必死に笑いを堪えていた時とまったく同じ顔だ。こいつ多分自爆するわ。
メンチちゃんがごくん、と寿司を飲み込む。

「ダメね、美味しくないわ。やり直し」

メンチちゃんはキッパリとそう言った。
勝利を確信していただろうハンゾー先生が「なんだと!?」と大きな声で叫んだので耳を軽く塞ぐ。
お喋りハゲはこの結果にかなりの衝撃を受けたらしく動揺したのかとんでもないことを口にした。

「スシってのは、メシを一口サイズの長方形に握ってその上にわさびと魚の切り身をのせるだけのお手軽料理だろーが!!こんなもん誰が作っても味に大差ねーべ!?」

これはひどい。家庭教師向いてるんじゃないかな、ってくらい分かりやすい説明だったがこれはひどい。
ハンゾー先生は一息で言い切ったため暫く肩で息をしていたが「なるほど、そういう料理か!」と他の受験生達が一気に手を動かし始めたのを見て、ようやく自分の発言のまずさに気がついたらしく「しまった!」と慌てて手で口を覆った。遅い。

「お手軽!?こんなもん!?………味に大差ない!?」

しかも遅かったのはそれだけじゃない。
私は先に気がついたので逃げた。違う、避難した。

「ざけんなてめぇええー!!」

会場内にメンチちゃんの怒声が響く。ハンゾー先生の胸ぐらを掴むとヤのつく方達紛いの怖い顔と声色で捲し上げる。
ハンゾー先生も一言、二言反論していたが、あまりの迫力にすぐに大人しくなった。

一通り言いたいことを言って最後に暴言を吐いたメンチちゃんが満足してハンゾー先生を解放すると、寿司の作り方を知った受験生達が我先にとメンチちゃんの元へ寿司を持ち込み始めた。
私は動かなかった。ていうか、みんなの動きに着いて行けなかった。私ほら、草食系だから。
仕方がないので体育座りでヘコんでいるハンゾー先生を慰めていた。


「悪!おなかいっぱいになっちった」

そしたら一人も合格者が出ないまま、まさかの試験終了である。なにこの展開。

[pumps]