お料理行進曲
二次試験は料理だって言うから三分クッキングみたいなのほほんとした試験になると思っていたのに、まさかこんな展開になるとは誰が予想したのか。

前回までのあらすじ!
メンチちゃんがお腹いっぱいになったため「二次試験後半の料理審査、合格者はゼロよ!!」なんて絶望的すぎる宣言をされた私達受験生。
うそー、こんなのってアリなの?まさか私がいるから?だからこんなことになったのか?いくらなんでも責任取れないよ!とビクビクする私。皆はざわざわ。間接的な原因となったハンゾー先生は睨まれる。
で、やっぱり皆この結果に納得出来ないわけで、一人の大柄な受験生が代表者みたいな感じで色々と文句を言ってメンチちゃんを殴ろうとしたのだが、逆にブハラさんの張り手で吹っ飛んだ。すごい飛んで建物の上の方の窓が割れた。
ここで怒ったメンチちゃんによる包丁ジャグリングパフォーマンスが披露されるが、突如空から声が。
なんだ!?と皆で外に出ると空から亀仙人みたいなお爺さんが降ってきて足大丈夫?ってなって、メンチちゃんが軽く亀仙人に叱られてしゅん、としちゃって可哀想だなと思った。
亀仙人さんはハンター試験の最高責任者のネテロ会長というらしい。こんな人いたのか覚えてないや。
そのネテロ会長が「合格者ゼロは厳しすぎるから試験やり直そうか」と言ったので二次試験はメニューを変えてやり直しということになったのだが、その新しいメニューがとんでもなかったのだ。以上!


二次試験のやり直しが正式に決まった後、メンチちゃんの指示で私達はネテロ会長が乗ってきた飛行船に乗り込んでビスカ森林公園から移動した。暫くして着いた場所はマフタツ山の頂上だった。
うわぁ、空気が美味しい!なんて思う余裕はなく、皆ただ深い谷にドン引きしていた。
メンチちゃん曰く下は流れの早い河だというが、霧のせいで何も見えない。

新たな試験課題となったメニューはゆで卵。使う卵は指定されており、クモワシというマフタツ山に生息する鳥の卵だそうだ。
そのクモワシは谷の間に人がぶら下がれるくらい丈夫な糸を張って卵を吊るしているので、そこに掴まり卵をとり岩壁をよじ登って戻ってくる。それが新たな試験内容である。

と、ネテロ会長が簡単に説明している間、実演として靴を綺麗に揃えてなんてことのないように崖から軽々と飛び降り、見事クモワシの卵を取って帰ってきたメンチちゃんの姿に私は声が出なかった。

「この卵でゆで卵を作るのよ」

いや……あの…無理です。
ものすごく簡単に言うが、この高さから飛び降りるなんて無理だ。そんな勇気はない。
大体飛んだとしてもうまく糸を掴める保証もないし、掴めても手が滑ったら落ちる。

「よっしゃ行くぜ!」

私が最悪の事態を想定して青い顔をしている間に、レオリオの掛け声でキルア達を含む何人かの受験生達が飛び降りた。えええええ嘘でしょみんな飛べんの!?
そう思ったのは私だけではないようで、他の受験生達もありえないものを見るような目を向けていた。
受験生の殆どは谷底の様子を窺い、その恐ろしさに動けないでいる。
さらに続いて数人が飛んだ。すると私の隣にいたハンゾー先生がよし!と腕を軽く振って私を見る。

「セリ、俺達も行くか!」
「えっ!?うそ、本当に!?冗談でしょハンゾー先生!!裏切り者!」
「なんでそうなるんだよ!?」
「だって、私は飛べない……絶対飛べない!」
「お前高いところダメだっけ?」
「違う、ていうかこれはそういう話じゃない」

高所恐怖症じゃなくてもこれは怖いだろ。
下が河とは言え、下手したら死ぬかもしれないのだ。ていうか、この高さなら“かも”じゃなくて普通に死ぬよね?じゃあ無理!
力強く首を横に振るとハンゾー先生はちょっと困ったように頬を掻いた。

「ま、とにかく俺は行くぜ。行きたくないならお前は無理すんな、じゃあな」
「え、ええええハンゾー先生待って!置いてかないでぇー!!」

ハンゾー先生は私の頭に一度ぽん、と手を置くと私の悲痛な叫び全て無視して谷底にジャンプしてしまった。裏切り者!!

「残りは?ギブアップ?」

ハンゾー先生が飛んでから触発されたようにさらに数人が飛んだ。
それを見てからメンチちゃんが首だけ軽く動かして、後ろで冷や汗をかいて固まっている受験生達に声をかける。
その問いに返答できない、動けないでいる受験生達をネテロ会長がフォローする。

「やめるのも勇気じゃ。テストは今年だけじゃないからの」
「そうですね……って、ちょっとセリ!?あんた何やってんの!」
「メンチちゃん…」

やべ、見つかった。
もう飛ぶくらいなら脱落でいいだろう、と半ば諦めかけていたところだったので、然り気無く残っている受験生達に紛れていたのだがメンチちゃんはすぐに分かったらしい。
側に寄ってくると私の右腕をぐっ、と掴んだ。

「あたしの話聞いてた?クモワシの卵を取ってくんの!ほら、モタモタしない!!」
「いや、それがちょっと無理かなーって」
「ハァ?何言ってんのよ。あんたならこの程度余裕でしょーが」
「メンチちゃん、過大評価はよくないよ」
「何可愛い子ぶってんのよ。こんなとこでか弱い乙女アピールしてもしょうがないでしょ」
「いや、アピールとかじゃなくて本気で、」
「あー!もういい行きなさい今すぐ飛べ!!」
「うわぁあ!やだーー!!」

右腕を掴まれた状態でずるずると崖っぷちまで引き摺られて、そのまま落とされそうになるが両足で踏ん張って必死に抵抗する。
飛ぶのを諦めて上に残っていた受験生、さらには飛び降りた組でもキルアなどの最初の方の受験生達が卵を手に戻ってきて、崖っぷちで揉めている女二人になんだなんだ、と視線が集まる。
落とすか落とされるか。そんな攻防を続ける私達を見て「うむ、メンチくんは実に熱い心の持ち主じゃの」とネテロ会長が頷く。助けてくれよ。

「あんたねー、ここで飛ばなかったら不合格よ!?そしたら今年のハンター試験終わりよ!?それでいいの!?」
「人生終わるよりかはいいと思う!」
「終わんねーよ!あんたアレ使えるでしょ!!最悪落ちても死にはしないっての!」
「はて、何のことやら心当たりがございませんな」
「いい加減にしろやてめぇええ!!」

叫んでからメンチちゃんが体の向きを変える。この子背負い投げして落とす気だ!
慌てて離れようと掴まれている右腕を全力で引っ張って左に身体を動かす。同時に誰かにドン、と横から思いっきり押された。

「あ」
「え?」

謎の浮遊感とメンチちゃんの驚いた表情。

「カタカタカタ」

そして視界に入った針山擬人化さん。

「ぎゃぁあああ!!」

落とされた!!風圧が半端ない。風を…感じる…とかのレベルじゃない!
信じられない!何あの人!!私に何の恨みがあるの!?と何を考えているか分からない針山擬人化さんの顔を浮かべる。
あれか?私が心の中で針山擬人化さんって呼んでるのバレてて怒って仕返しにきたのか?

いや、もう今はそんなのどうでもいい!何にせよ、このまま素直に下まで落ちるわけにはいかない。
空中で体の向きを反転するとぐっ、と目を開いてクモワシによってそこら中に張り巡らされた糸を見る。
そのうち最初に目についた一本に狙いを定め、両手に凝を使う。念を使えない人達が取ってこれるんだから、私だって大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫!!
暗示をかけて必死に手を伸ばした。


「よかった…」

震える手で掴んだ糸を見て、ぶらーんとぶら下がった状態のままほっとため息をつく。とりあえず落ちて死ぬことはなかった。
でも、まだだ。卵をとって戻らなきゃいけないんだ。

「セリー!!そこで終わりじゃないわよ!卵とって戻ってきなさーい!!早くしないと失格にするわよ!」
「ちょっと待ってーー!!」

上から身を乗り出して言うメンチちゃんにそう叫び返す。早くって言われても。
少し離れた所に卵が吊るされていたので、雲梯の要領でそこまで移動する。
ギリギリまで近くによると左足で卵の塊を胸の辺りまで持ち上げ、左手で一つ掴む。落としてしまうんじゃないかと思うほど手が震えていた。やばい怖い早く上に帰りたい。

卵は落とさないようにウエストポーチに仕舞い、先程のように端まで移動して岩壁を登る。
この岩壁は中々取っ掛かりがなく、凝を使っているとはいえ落ちそうだ。慎重に、けれどなるべく早く手と足を動かしてよじ登る。
上まで辿り着いて地面に指をかけたところで、側にいたクラピカとハンゾー先生が片方ずつ手を掴んで私の身体を引っ張りあげてくれた。
地面に全身が上がり、無事生還。膝と手をついて安堵から深く息を吐く。

「ありがとう二人とも…」
「いや、大丈夫か?」
「偉い偉いよく頑張った!」
「クラピカ…ハンゾー先生…!」
「カタカタカタ」
「「「………………」」」

で、結局あの人は何なんだろう。

[pumps]