飛行船
テーブルの上の料理がほぼ全部ブハラさんの腹に収まってから食事会はお開きとなった。
それなりに満腹になった私は、メンチちゃんにここから一番近い場所にあるシャワー室へ案内してもらった。
マラソンで散々汗かいたのにこのまま寝るなんて女子としてあり得ないだろう。忘れるな、私は女だ。
飛行船にいくつか設置されているシャワー室は全て男女共用らしいが、個室になっていて外から中の様子は見えないし、偶々他に人が居なかったので一応脱衣場でメンチちゃんに見張りをしてもらって手前の個室に入った。本当はお湯に浸かりたかったけど文句は言えない。

早めに出よう、と思ってコックを捻った。
暫くしてから外のメンチちゃんに「セリー」と間延びしたような言い方で呼ばれる。

「あんたさぁ、今日どこで寝るの?」
「特に決めてない。廊下とかそのへんで寝ようと思ってる」
「だと思った。それならあたしの部屋来なさいよ」

メンチちゃんが言ったと同時に私がキュッ、とシャワーを止めると扉が開いてタオルが投げ込まれた。
背中にぶつかったタオルは上手いこと肩に引っ掛かったおかげで濡れた床に落ちることを免れた。
タオルを身体に巻いてから首だけ向けてメンチちゃんの顔を見る。

「いいの?」
「ええ、ベッドは一つしかないけどね」

それでもいいなら、と続けてメンチちゃんは脱衣場の方に戻る。
もちろん断る理由はないのでお願いしますと返事をしてから、ひたひたと音を立てて私も脱衣場へ移動した。
だってそれつまり添い寝でしょ?とうとう私の時代来たな。

本当はハンゾー先生を探そうと思っていたがメンチちゃんに誘われたんだからそちらを取るしかない。ごめんね!
にやにやしていると「じゃ、そういうわけで」とメンチちゃんがドアノブに手を掛けた。

「あたしは先に部屋戻って風呂入ってるから。あんたは着替えて髪乾かしてから来なさい。ここの三つ隣の部屋よ」

バタン、と音を立ててドアが閉まった。…えっ、部屋に風呂あるなら私にもそっち使わせてくれよ。私も風呂が良いのに!受験生だからなの!?

はぁ、と溜め息をついてから服を着る。ズボンには泥が付いていたので簡単に洗い流してから履いた。
下着しか替えを持ってこなかったのはやはり失敗だったか。でも一々着替えなんか詰めたら前にナズナさんと揉めた登山家スタイルになるし。

着替え終わってから鏡の前の椅子に座って備え付けのドライヤーで髪を乾かす。
長いので中々乾かない。めんどくさくなって途中で諦めた。もういいや部屋に行こう。
濡れたバスタオルを片手にドアを開けて外に出ると正面の通路から見知った人物が歩いてきた。

「あ、キル………」

いつも通りに呼ぼうとしてやめた。
なんだか雰囲気が違ったからだ。ちょっぴり怖い。

キルアはうつ向いていて、私に気付いてないようだった。しかも何故か汗だくで上半身裸だった。自主練?
そうやって私が首を傾げる間もキルアはうつ向いたままで、こちらに向かっていた。
少し迷ったが無視するのもよくないと思ったので、キルアのテンションの低さを上回るくらい元気よく自分から特攻することにした。

「キルアちゃーん!!」
「ごぶっ!」

回して加速させたバスタオルを顔面目掛けて叩きつける。びっくりするくらい綺麗に決まって変な声が聞こえた。
テンションを高くした私のバスタオル攻撃が異常に早かったのとキルアの反応が普段より遅れたからだろう。
両手で顔面を押さえるキルアから強い殺気を感じて一瞬怯んだが、何かされる前に私だと気付かせるために声を出す。

「一人?一人なの?ゴンは?」
「えっ、は?セリ!?」
「ていうかなんで汗だく?しかも上半身裸とか誰へのサービス?今すぐやめろここには変態がいるから!」
「はぁ!?いや、なんだよ急に!?ていうか俺の顔に何ぶつけたんだよ!!ああもうなんかお前普段の三割増しくらいうっぜぇえ!!」
「いたっ!」

手に持ってたバスタオル(凶器)を抱き付くようにして身体に巻き付けると、怒鳴るように一気に捲し立てられてから物凄い力で殴られた。
あまりの痛みに立っていられなくなり、その場で屈んで頭を押さえているとバタン、というドアの開閉音が聞こえた。円を使って位置を探るとどうやらシャワー室に入ったらしい。

殴られた箇所を押さえながら私も後を追って再び中に入る。既にキルアは一番近くの個室に入ったらしく脱衣場に服が脱ぎ散らかしてあった。
それを一枚一枚拾って正座をし、シャワーの音をBGMに洗濯物を取り込んだ後の母親のように綺麗に畳む。
パンツだけ隠したら焦るかな、とか思ったが確実に殺されるので何もしないでおいた。

「キルアー」
「……………」
「もう寝る場所決まった?」
「……………」
「決まってないなら私と一緒に寝ない?」
「寝ない」

そこは即答かよ。
頬を掻いて上を見上げる。

「キルア…」
「……………」
「誰か気になる受験生とかいる…?」
「もう失せろお前」

キルアくんは反抗期なのかもしれない。
さっきのメンチちゃんみたいに修学旅行の女子風にドキドキしながら聞いてみたがダメだった。言葉の端から滲み出る私のウザさが感じ取れたのだろう。
あんまりしつこいと本当に嫌われるのでおやすみとだけ言ってシャワー室を出た。パンツは隠さなかったけど投げておいた。

***

「あんたさ、あの294番のハゲと仲良いでしょ?あいつどんな感じ?スシ知ってたし、ああ見えて食に興味あるのかしら?」
「ハンゾー先生?優しくてかっこよくてちょっと間抜け。食べ物には人並みに興味はあると思うけど、寿司を知ってたのは故郷の料理ってだけだよ」
「ふぅん、なんだか随分持ち上げた言い方ね。浮気?…てかなんで先生って呼んでるわけ?」
「竹とんぼが上手いから」
「はぁ?」

何それ、という目を向けられた。
ベッドに女二人で横になりながらハゲについて話す……え、なにこれ恋なの?メンチちゃんってハンゾー先生のこと好きなわけ?私は応援した方がいいの?というか浮気って何だよ本命誰だよ。
ぐるぐると考えてから忍者の三禁とやらを思い出し「ハンゾー先生は恋愛できないと思う…」と小さく言うと思いっきり顔を歪ませたメンチちゃんに「変な誤解すんな」とデコピンされた。

「そういう話じゃないわよ……ったく。ほら、もう日付変わるわよ。寝ましょ。おやすみ」
「はい……おやすみ」

そう言うとメンチちゃんはベッドから一度出てパチン、と電気を消した。
何も見えなくなるが、ベッドの揺れでメンチちゃんが隣に戻ってきたのが分かった。

「メンチちゃん」
「なに?」
「今まで姉弟のように仲良くしていた少年が急に失せろなんて酷い言葉を使いました。これは一体どういうことでしょうか。五文字以内で答えよ」
「反抗期」

やっぱ反抗期なのか…。
少し寂しい気持ちになって目を閉じた。

***

「はがっ!」

携帯のアラーム音で目を覚ますと何故か床に寝転がっていた。
あ、あれ?私ベッドで寝てたはずだったんだけど……と身体を起こす。メンチちゃんがベッドに大の字になって寝ていた。耳元でアラームが鳴っているのに全く起きない。
伸びをしてから携帯を手にとってアラームを止めた。時間を確認すると7時30分。
8時に到着予定と昨日言っていたので、慌てて洗面所で顔を洗って外に出た。

「よう、セリ」
「ハンゾー先生!」

廊下を走って他の受験生の姿を探していると前からハンゾー先生が欠伸をしながら歩いてきた。

「ごめん昨日は置いてっちゃって!」
「ああ、いや、それは別にいいんだがよ。昨日お前と別れた後に豚の丸焼き審査以来全然関わってねー奴らにハンゾー先生って呼ばれて礼言われたんだが、お前なんかしたか?」
「い、いやぁ…」

クラピカとレオリオ、あとはゴンとかキルアの主人公組のことだろう。いつの間にか皆の間でハンゾー先生呼びが浸透したらしい。

とりあえずハンゾー先生に会えたことで安心したので二人で話しながら試験会場への到着を待つ。
時間を過ぎても到着せず、結局着いたのは9時30分だった。何もかも予定通りに行くわけではないし、その分休めたので構わない。

≪皆様、大変お待たせいたしました。目的地に到着です≫

放送を聞いてハンゾー先生と窓から外を見ると飛行船が止まったのはかなりの高さがある建物の上だった。他の受験生に続いて外へ出る。何もない。
まさかまたバンジージャンプでもしろと言うのか、と顔を強張らせていると相変わらず可愛いマスコットキャラクターが飛行船から降りてきて、全員が居ることを確認してから口を開いた。

「ここはトリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです。ここが三次試験のスタート地点になります」

それはまた、いかにも何かありそうな場所だな、と思った。しかし塔のてっぺん?なんで中じゃなくててっぺん?
マスコットキャラクターは人差し指を立てて全員に聞こえるように言う。

「さて試験内容ですが試験官の伝言です。生きて下まで降りてくること。制限時間は72時間」

その言葉で三次試験が始まった。

[pumps]