真実の道
六人目となる受験生が私達の間に漂う微妙な空気に「うわ、入る扉間違えたわぁ」という顔をした後、すぐに七人目の受験生も現れた。
時間的に恐らく六人目の受験生375番がここへ降りたところを偶然見かけ、そのまま近くで隠し扉を発見して降りてきたんだろう。
二人が口を開く前に、私達五人は一斉に「読め」と言ってボードを指差した。


「裏切り者って何のことか分かるか?」

ボードを読み終わった七人目の受験生、226番のプレートを付けた男がその下に並べられたタイマーの一つを手に取って言った。
今まで誰もタイマーに触れなかったのでその行動に少し驚く。
けどまぁ、七人揃うまで触るなとは言われてなかったよね。私達が勝手に無視してただけだ。

「さぁな、これから何かヒントがあるんじゃないか?」

226番に倣ってタイマーを取ってから、384番は彼の質問に答えた。
あれ、さっきの会話教えないんだ。

そう思ってちら、と他の受験生達を見ると皆無言でタイマーを手に取り巻いていた。ふーん、別に私も言う気ないけどさ。
一番最後に残ったタイマーを手に取る。まぁ、あの話は私達(主に384番)の勝手な推測に過ぎない。
実際はどうなるか分からないのだから、余計な混乱を招かないためにも二人には話さない方がいい、と皆判断したのかも。

そんなことを考えながら、取ったタイマーを巻くとカチ、という音と共に三次試験の残り時間が表示された。
その直後、何かが開くような重々しい音が聞こえて顔を上げる。
ボードの横の壁が持ち上がり、人が通れる位のスペースが出来ていく。なるほど、全員がタイマーをつけたら道が現れる仕組みか。

頷きながら、残り時間を確認しようともう一度タイマーを見る。だが、その前にプツリと画面から時間が消えた。
は?と小さく声が出る。画面には時間ではなく『おめでとうございます。あなたは裏切り者の一人となりました』という文字が流れた。

「はぁっ!?」
「!?」
「どうした?」

タイマーの画面に流れる裏切り者という単語に目を見開き、気付いた時には声が出ていた。
これまで大人しくしていた私の大声に驚いた他の受験生達がこちらを向いたことで、はっ、となって口を閉じた。
無意識のうちにタイマーを付けた右腕を隠すように後ろへやってから、すぐにしまった、と眉を寄せる。
なんて怪しい行動だ。これじゃタイマーに何かがある、と感付かれてしまう。

「どうした?何かあったか?」

144番が言う。訝しげに私を見る六人。
どうしよう、すぐに答えなきゃ余計に怪しまれる。
そう思い、咄嗟にボード横に現れた道に目をやって「タイマーを付けた瞬間、あそこに入り口が現れたんで…び、びっくりして…」と小さく言った。
これはひどい。小学生でも嘘だって見破れるぞ。

しかし、この場では騒がず大人しくしていたことが幸いしたらしい。
私をその辺にいる普通の女の子と変わらないと判断した皆様は「ああ、なんだ」とだけ言ってすぐに興味を失ったように視線を外した。
女ってちょっとしたことですぐ騒ぐから…という感じになったんだろう。せ、セーフ!ほっ、と胸を撫で下ろす。
「早くいこう、時間が惜しい」と375番が言ったので、とりあえずみんなで壁に現れた入り口を通った。
この時53番が先程以上に私を見ていることに気がついたが無視した。


入り口を通ると長い道が延々と続いていた。
パッと見た感じでは何も無さそうだったが、実際はトリックタワーという名の通り数々の罠が仕掛けられていた。
といっても油断さえしなければ、簡単に回避できるものばかりだ。何となく、本気で罠に嵌めようとしていない気がする。
この道だけかもしれないが、本当に気を付けるべきは途中に仕掛けられた罠ではなく、塔の一番下に行くまでに与えられた目的だ。
私達はゴールまでに裏切り者を見つけなくてはいけない。

ゴールはまぁ、このまま進めばいずれ着くだろう。基本は一本道だし、待っていれば何処かで下りの階段か何かが出てくるんだと思う。
問題は裏切り者。ええ、私です。

皆で罠を回避する中、然り気無く最後尾について、タイマーをこっそりと見る。
画面に表示されているのは時間ではなく、メッセージ。
こんなことで裏切り者が決定してしまうのか。これ殆ど運じゃん。

私はもうこの試験には合格できないのか?
いや、そんなことないはず。そしたら本当に運だけで決まってしまう。
運も実力のうちとは言うが、それじゃ裏切り者に選ばれた受験生は合格できない試験を続けろというのか?流石にそれはないはずだ。

この道の目的はゴールまでに裏切り者を見つけることだが、見つからなかった場合はどうなるんだろう。
タイマーには“裏切り者の一人となりました”と表示されている。ということは他にも同じようなタイマーを持った人がいるはずだ。
つまり、同じ裏切り者となった人と協力して最後まで他の受験生達にバレなければ私達裏切り者が試験に合格できるのでは?

そんな風にひとり考えていると暫くして行き止まりのようなところに着いた。よく見ると壁に同化していて分かりにくいが、扉が三つ並んでいた。
罠を警戒しつつ、試しに一つ開けると何もない、ただの部屋だった。他の二つも同様だったが他に進めるところはない。
どうする?と皆で顔を見合わせると226番が口を開いた。

「恐らくこの三部屋のうちのどれかに道が続いているはずだ。手分けして探そう」

その言葉に皆頷き、それぞれ散った。
私もまだ誰も入っていない部屋へ入る。中は学校の教室くらいの広さで見た感じでは何も無い。
しかし、どこにどんな仕組みがあるか分からない。とりあえず壁を適当に叩いていくことにした。

「なぁ」

少しして、後ろから声をかけられた。
振り向くと帽子を被った53番の受験生がいた。他の受験生の中では最も私と歳が近いと思われる人だ。

部屋が三つあるということは一部屋につき二人、もしくは三人ずつという分かれ方になる。
この部屋には私しか居ないので手伝いに来たのだろう。首だけ軽く彼に向けて、手は止めずに壁を調べながら口を開く。

「こっち側は私が探すんで、探すならそっちをお願いします」
「ああ、いや、そうじゃなくてあんたに話があるんだ」
「話?」
「ああ、この先二人になるタイミングがあるかわからないから、今話しておきたい」

おいおい、私への愛の告白なら後にしてくれよハハハ。一目惚れってやつ?
とは、このあと続く彼の言葉のせいで言えなかった。

「あんた、裏切り者だろ?」
「え?」

衝撃的な愛の告白に驚き、ピタリと手が止まる。な、なななな何を言ってるんだあの帽子は。

一気に冷や汗が出てくる。53番の顔を見ると私が裏切り者だと確信しているようだった。
えっ、ちょ、何故私が裏切り者だってわかったんだあの帽子、あ、そっかさっきのアレだどう考えてもアレだよアレしかないめっちゃ怪しかったもん私。
どうする?殺る?殺っちゃう?殺るしかなくない?

こういう犯人当てゲームみたいなものは一度はっきりと疑いを持たれたら終わりだ。最後までそれがついてくる。
一時的にこの場を凌いだとしても、完全に潔白を証明できない限りは何かあった時に真っ先に疑われてしまう。

うん、ダメだ、消すしかないわ。
そう思って拳を作った。混乱していると自分でも分かるが、これ以外に解決策が見つからないので仕方がない。
私はまだ脱落したくないので悪いが彼にはここで消えてもらおう。よしっ!遠慮はいらん。殺ります。

そんな溢れる私の殺気に当然気がついた53番は「ちょ、ちょっと待てよ」と焦ったように両手を上げた。
そして袖を捲り、自分の腕に付いているタイマーを私に見せる。
そこには私のタイマーと全く同じメッセージが時間の代わりに延々と流れていた。

「お、俺もあんたと同じ裏切り者なんだって」

なん…だと…?

[pumps]