真実の道
帽子を被った53番の受験生ポックルさんは、先程の私の怪しすぎる行動を見て私が自分と同じ裏切り者だと確信したらしい。
そう主張する彼のタイマーの画面には私のタイマーと同じメッセージが流れている。
この状況下でタイマーに細工ができるほどの余裕はないし、裏切り者であることを騙っても今のところ利点はない。彼の言葉は信じて良いだろう。
そう結論付けると緊張を解き、ふっ、と微笑む。

「そうですか、ポックルさんも裏切り者ですか…」
「ああ、だから胸ぐら掴むのはやめてくれ…」

そう言いながらポックルさんは片手を挙げ、もう片方で自身の襟元を掴む私の腕を掴んだ。
そういえば話を聞いてる間、牽制のつもりでずっと胸ぐら掴んでたんだった。
今更ながら思い出し、素直に手を離す。

「すみません、突然のことで動揺してたんで」
「あ、ああ、そう…」

引いてる。確実に引いてる。

そりゃ話の最中ずっと胸ぐら掴んで「私はセリですよろしく」なんて自己紹介かます女は私も嫌だ。仕方ない。
ポックルさんの中で私の印象は女の子から暴力女へ書き替えられてしまった。
きっと今頃心の中でそうかそうかつまり君はそういう奴だったんだな、とか思っているに違いない。エーミールさんだ。

いや、でも普段の私はこんなんじゃないんだよ?すごいおしとやかだし。
そりゃ総合的に見たら女子力はそんな高くないけど、本当の私は所構わず暴力振るうような女じゃない。今はちょっと混乱しちゃってるだけだ。
というのは最早ただの言い訳にしかならない。既に私への好感度は底辺だろう。

チラ、と部屋の出入り口となる扉を見る。
誰も入ってこなければいいが、他の部屋に隠し通路があったり、何も見付からなかったから手伝いにきた、なんてことで他の受験生達が来る可能性は大いにあるのでここでゆっくり話すのはちょっと厳しい。
円で常に受験生の位置を探っていればいいかもしれないが、私の円は半径三メートルなので部屋の中央より奥に居る場合は殆ど意味をなさない。
かといって扉付近で話すのはあまりにも危険すぎる。我々の会話を聞いてくださいと言ってるようなものだ。
結局、声を潜めて細心の注意を払い会話するのがベターか。
それに加え、隠し通路の探索も続けなければならない。試験の目的について分かっても、制限時間内に下まで行けなければ意味がないのだ。
そう思い、口を開く。

「とりあえず壁や床に仕掛けがないか探しながら話しましょう。でも、いつ人が来るかわからないので出来る限り小さな声で」

私の意見に異論はないようで、エーミールことポックルさんは頷く。
そして私から少し距離を取り、両手で確かめるように壁に触れるとこちらを見ずに言った。

「まず、俺が気になるのは裏切り者は俺達二人だけなのか、だ」
「ああ、私は自分のことで精一杯だったんで見てないんですが、タイマーをつけた時の皆さんの反応ってどうでした?目の動きとか、口元とか、部分的なものでいいんですけど」
「いや……流石にそこまで詳しくは見てないな。俺もタイマーをつけた時は動揺を悟られないようにするので必死だったし。ただ、目に見えておかしな反応を見せた奴はいないはずだ」
「うーん…」
「とはいえ、144番も言っていたが、七人もいるんだ。裏切り者が二人だけとは限らない」
「でも、いるとしても後一人じゃないですかね?こういうのって普通に考えて半数を越えることはないと思うし…」

一人を除いて全員裏切り者とかだったらそれはそれでちょっと面白いけど、試験内容の捉え方が変わってくる。
そして今のところはそれを確認する術が思い付かない。

タイマーを見れば一発だがあんなメッセージが延々と流れてるなら普通は隠すだろうし、こちらとしても出来れば裏切り者でない他の受験生には「タイマーに何かある」と気が付かせたくない。
そうなると、裏切り者かどうかは先程のエーミールことポックルさんがやってくれたように自己申告制となる。
けど、私達が裏切り者だと分からない以上はそんなことしてくれるはずがない。
そして此方から教えられるわけもなく……ああなんかもうめんどくさいし、裏切り者は私達二人だけの方がいいなぁ。

「ね、エーミールさん」
「誰だよ!?」
「ごめんなさい間違えました。ポックルさんだ。えっとまぁ、他に裏切り者がいるとしてもそれは一旦置いておきましょう。とりあえず、私達裏切り者はこの先どうすればいいかを考えません?」
「そうだな、……まぁ、ゴールまでに裏切り者を見つけ出せ、って言ってるんだから俺達が裏切り者ってことは最後まで隠し通さなきゃいけないだろうな」
「じゃあ、最後までバレなかったら私達の勝ち、ってことで試験合格ですかね?これはチーム戦って認識でいいんでしょうか?」
「ああ、多分な」

じゃあ私達はこのまま何事もなかったかのように塔の下を目指していればいいのか。
隠したいことがある人間は言わなくていいことまで話してしまうことがある。殺人事件の犯人なんかは疑われないように聞かれてもないことまで話して逆に怪しまれるものだ。
なら、大人しくしておくべきだ。疑われてしまった時以外は自分からなにかアクションを起こす必要はない。

そんな考えに至り、それをそのままエーミールさんことポックルさんに伝える。ポックルさんはそれに頷いた。
と思いきや、突然壁を調べていた手を止め、何か思い当たったような顔をして「待てよ…」と小さく呟いた。
壁はどこにも行きませんよ、と冷静なツッコミを入れようと私が口を開く前にポックルさんは此方を向いて言う。

「なぁ、俺達、自分が“裏切り者”であることを前提としているが、その逆も考慮しておくべきじゃないか?」
「えっ、何の話ですか急に?」

実際私ら裏切り者じゃん。
そのまま伝えるとエーミールことポックルさんはいや、と首を横に振る。

「俺達は“裏切り者”に選ばれたから裏切り者、ってことで話を進めている。でもこの裏切り者の役はただの切っ掛けに過ぎないのかも」
「お、おう……?」
「本当はまだ裏切り者は決まっていない、という見方も出来るんじゃないか?」
「え、…えっ」

どういう…ことだってばよ…。

さっぱり分からないんだが、なに、つまり私達って実は裏切り者じゃないの?そう言いたいの?裏切り者役だけど裏切り者じゃないってどういうことだ?
夢だけど夢じゃなかった的なアレ?トトロにもらったドングリ埋めたら芽が出てきちゃう感じ?傘とコマで空飛んじゃう?街に向かって叫んじゃう?

そんな風に混乱する私を置き去りに「まさか……!」みたいな顔をするポックルさん。
私にも分かるように話してくれないポックルさん。

そうかそうか、つまり君はそういう奴だったんだな。

[pumps]