真実の道
タイマー、という台詞が聞こえてすぐに123番がこちらを向いた。

「おい、ちょっとタイマー見せろ」
「嫌です」
「いいから見せろ!」

右腕を強く掴まれる。もう一度終わった…と思った。
123番は私のタイマーを見て一瞬固まった後、画面に流れる文字の意味を理解し、勢いよく顔を上げて私を睨んだ。

「やっぱりお前じゃねーか!シラ切りやがって!」
「いや、これただのバグですよ。なに言ってんですか」
「お前が何言ってんだよ。貸せ!」
「ああ、ちょ、そんな…嫌がる女子から強引にモノを奪うなんてジュリアちゃんが知ったら引きますよ…」
「うるせぇ!ジュリアちゃんの話はやめろ!」
「元カノって言ってたし、もうとっくに引かれてるだろ」
「やめろ!やめろぉおお!」

横から眺めていたポックルさんが呆れたような声で言うと123番は泣きながら私からタイマーを奪い、箱に投げ入れた。
扉が開く様子はない。当然だ、裏切り者は私だけではないのだから。
バレない程度に然り気無くポックルさんに目をやる。ポーカーフェイスだが内心大変なことになっているだろう。私もそうだもん。

このやり取りをすべて見ていたポックルさん以外の受験生は実に様々な目を私に向けていた。混乱、敵意、ちょっとこっちから見てもよくわからない、といった感じに。
その視線を真っ先に止めて口を開いたのは226番だった。

「おい、全員タイマー見せろ。疚しいことがなきゃ見せられるはずだぜ」

こうなればもう言い逃れはできない。384番があんなことを言い出したのが運のつきだったのだ。
息を荒くした123番によってポックルさんのタイマーも調べられ、見事に裏切り者だと言うのもバレた。
そのタイマーを箱に入れると突然部屋全体が震動し、扉がゆっくりと開き始めた。どうやら裏切り者は私達二人だけだったようだ。

扉の前に移動し、今か今かと顔を輝かせて開き終わるのを待つ123番を始めとした受験生達を見て、私達は行っちゃいけないのかな?と思った。
だって、ボードには裏切り者は扉を通ってはいけないなんて一言も書いてない。ということは私とポックルさんも通っていいんじゃないの?

固まっていた足を動かし、扉に向かって一歩踏み出すとポックルさんに「待て」と腕を掴まれ止められた。
見れば訝しげな顔をしており、小声で「行かない方がいい」と言われる。
なんでですか?と返している間に扉は人が通れるくらいの広さまで開いたらしく、前で待機していた受験生達が我先にと通り抜けた。ご丁寧に123番は私とポックルさんには「裏切り者はここにいろよ」と釘を指してから。

不思議なことに扉はそれ以上開かない。
ああ、ほら、行かなきゃ。123番の言うことなんて気にすることない。素直にここに残ったって不合格になるだけじゃないか。
目で訴えてもポックルさんは小さく首を横に振った。だからなんでだと、もう一度口を開こうとした時、まだ扉を通っていない受験生が一人だけいることに気が付いた。浅黒い肌でよくわからない武器を持っている384番だ。全ての元凶である。
彼は一向に扉を通る素振りを見せなかった。裏切り者じゃないのにどうしてだろう。ただ腕を組んでじっ、と扉を見つめている。

その扉の中の様子は分からなかった。しかし、誰一人として声を掛けてこないあたり、先に通った受験生達は誰も私達のことなど気にしていないらしい。
裏切り者の私達はともかく、384番が来ていないことにすら気が付かないなんて相当嬉しいんだろう。そりゃ、そうか。皆はこれで合格だもんな。

……本当に?

ふと、そんな疑問が浮かんできた。同時に凄まじい轟音を立てて扉が閉まり、さらに上から壁が降りて来て、ついさっきまであったはずの扉を消した。
あ…、と手を伸ばしたが、もうなにもない。

まさか生き埋め状態にされたのか、と青ざめているとどこからかアナウンスが流れた。声は今までの機械的な女性のものではなく、聞いたことのない男性のものだった。
不合格の報せだと思っていたのに彼は予想外の言葉を紡いだ。

『おめでとう。ここに残った君達は三次試験合格だ。今、下へ通じる道を出すからそこから行くといい』
「え?」
「ああ、なるほど」
「やっぱりなぁ…」
「えっ、えっ?……え!?なんですか、二人ともその反応は?」

うんうん、と頷く384番とポックルさん。何が!?なんなの!?
わけが分からずにオロオロしているとアナウンス通り、大きな音を立てながら部屋の隅に新たな道が出現した。そちらに足を進める384番。ポックルさんもそれに続くが、私が立ち止まったままなのに気が付くと「ほら、早く行こう」と声をかけてから私の腕を引っ張った。

………何がなんだかさっぱり分からない。

ポックルさんに引き摺られるようにして道を通る。下へ降りる階段があったので384番、ポックルさん、私の順で降りていく。
え、何、この二人。なんでこんな冷静に階段降りちゃってんの?今の状況を理解できてないのって私だけなの?いや、私達が合格したのはわかるよ。いや、やっぱわからない。

「なんで私達が……?向こうが合格なんじゃ…?」

ぶつぶつ呟く。足音以外何もしなかったのでこの呟きは当然前を行く二人の耳に入った。

「裏切り者は扉を通っちゃいけないとは書いていなかっただろ」

ポックルさんが言う。それは私も最初から分かっているので「はぁ」と明らかに納得していない返事をしてから「だから?」と続きを促す。

「だが他の奴ら、123番は俺らが裏切り者だと分かった途端、タイマーを奪って俺達にはここに居ろ、と言って自分達だけが扉を通ったよな?それが“裏切り行為”に当たったんだよ」

なる…ほど?分かったような分からないような。
あの場で私達に「来るな」と言い放ったのは123番だけだったけど、他の受験生達も何も言わずに扉を通ってしまった。
口にはしなかったが123番と同じく「裏切り者はこの扉を通るべきではない」という考えだったんだろう。扉には「裏切り者は通るな」なんて一言も書いてなかったのに。
それで一応同じチーム?みたいな扱いの私達を向こうが裏切ったということに……あ、うーん、ごちゃごちゃしてきたからやめよ。

「384番さんはこの仕組みに気が付いたってことですよね?」

自分で考えるのを諦めて、先頭を行く彼に尋ねる。

「まぁな、扉を見たときから変だとは思ったんだ」

私の質問に384番はそう答えた。

扉を開けるのには裏切り者が持つモノが必要。それ以外では他に道はなかった。つまり、あそこで裏切り者が黙り続けた場合は時間切れになって誰も三次試験をクリアできない。だから、あの場では裏切り者が自分のためにも名乗り出すのが正解。

だが、その後はどうなるのか?
私達が進むことになったこの道は、最終的に裏切り者を見つけ出すのが目的だ。しかし、あの扉には裏切り者は通るなとは書いていなかった。

「おかしいよな、普通ならあそこで裏切り者が分かってゴールになるはずなのに。禁止してないから、と裏切り者が着いてきたらどうなるんだ?って。そう思ってもしかしたら、と進むのを止めたんだ」

384番は「大切なのはこれは七人でのチーム行動だったということだ」と続ける。
結局、私とポックルさんが持っていたタイマーはただの試験道具に過ぎなかったのだ。大事なのは最後の判断だった、と。
うん、めんどくさい!!

「ちなみに、私達が皆の後を着いて行ってたらどうなってたんでしょう?」
「さぁ?扉を通ってもまだ試験が続いていたか…、もしくはその時点で全員不合格とかじゃないか?」

行かなくてよかった。ポックルさん止めてくれて本当にありがとう。
頭を下げて感謝すると「や、やめろよ」とポックルさんは照れた。ちょっとだけ可愛いなと思った。

他愛のない話をしながら暫く下っていくと、とうとう一番下に着いたらしく階段はなくなった。
代わりにまた扉があった。前に立つと大きな音を立てて上に持ち上がる。
開き終わるのを待っている間に384番が振り向いて言った。

「これで本当に終わりだな。三次試験合格おめでとう。俺はゲレタという」
「そっちこそ。俺はポックルだ」
「私はセリです。お疲れさまでした」

二人はああ、と短く答える。
開き終わった扉の向こうは合格者の待機場所らしく、既に何人かの受験生が到着していた。その中にハンゾー先生の姿を見つけたので側に駆け寄る。
残り時間は44時間だった。

[pumps]