生きねば
「女はみんな料理が上手いもんだと思ってた、ってクラピカが言いたそうにしてるぜ」
「していない。下らん事を言うなレオリオ」
「セリさんの作った卵焼き美味しいよ?」
「いや別に不味いとは言ってねェよ。むしろ卵焼き不味く作ったら天才だろ」
「なんだこりゃ?殆どいつものゼブロの飯じゃねぇか。嬢ちゃんはどれ作ったんだよ」
「…卵焼き…です…」

目を逸らしながらそう答えると食卓を見回していたシークアントさんは無言で卵焼きに目をやった。
レオリオの軽口よりも特に悪気があるわけではなく純粋に疑問に思ったからだろう彼の発言の方が私の心に傷を負わせた。
私が料理関連無能だってのは私自身が一番よくわかってるからやめて。

「その、フライパンが重くて…あれは私の細腕では扱えないね」
「嘘つけ片手で振り回してたじゃねェか」

女にしてはやけに発達した上腕二頭筋は見せずに手をヒラヒラ振るとレオリオにつっこまれる。なんかやけに突っ掛かってくるな。

「いえね、セリさんもレシピがあれば作れるそうですから。すみません、そういったものを置いてなくて」
「私こそすみません。次は携帯でレシピ見ながら作りますんで…」

謝る必要がないゼブロさんに謝られて申し訳なくなった。
私には訓練の必要はないが、ここにいるなら食事の手伝いくらいするべきだろう、ということで台所に立ったのだが…うん。普段料理しないからまともに作り方分かるメニューがないんだよね。
皆が妙に期待していたのもよくなかったと思う。女が作る美味い飯が食えるぜ!あれ!?みたいな流れは見ていてツラかった。

「レシピなくても作れるもんねぇのか?スープとか」
「水と具材の重量に対する味付けの仕方がわからないし…」
「んなもん適当でいいんだよ。真面目か」
「そういうお前の料理は正確さに欠けるがな」
「テメェは神経質過ぎんだよ」

クラピカに対してそう言うレオリオはきっと調味料なんて量らずに味を見ながら適当に入れていくタイプなんだろう。
そういう料理って不思議と不味くないんだよね。男の料理って感じ。クラピカは性格出てるわ。

「セリさんって家で料理しないの?」
「うん。いつもはナズナさんが作ってくれてるし」
「ナズナさん?」
「えーっと、私の保護者兼師匠」
「師匠に飯作らせる弟子とかいるんだな、すげぇな」
「私達の師弟関係なんてあって無いようなもんだからいいの!」

呆れたような目を向けるレオリオにそう返す。
師匠って言っても鍛えてもらったのは小さい頃だけだし、話し方もため口になったし、ご飯だけじゃなくて掃除も洗濯もやってもらってるし。うん、完全に師弟関係とかもうないや。

「私達はもう師匠と弟子とかじゃなくて、ある意味家族みたいな…いや、家族じゃないか。シャルにもそう言っちゃったし……でも、家族じゃないけど20年近く一緒にいるんだからもうそろそろ家族って言ってもいいよね?ねぇ、ゴン?」
「う、うん…?」

突然話を振るとゴンは中央にあるパンのバスケットに伸ばしかけていた手をびくりと止めた。どう返答すればいいのか分からないらしく、手を止めたまま視線をさ迷わせる。
見かねたクラピカが「真に受けるな」と言って代わりにパンを取ってやった。急に酷くない?

抗議しようと口を開きかけてやめた。皆とりあえず食事に集中することにしたらしく、一斉に黙ってしまったからだ。喋りにくい。
仕方なく私も自分の食事に集中しようとフォークを握る。同時にふと浮かんでくるナズナさんの姿。

流星街を出てどのくらい経つだろうか。
以前のように喧嘩別れをしたわけではないが、今回は特に話もせずに勢いで出てきてしまった。話すのが怖かったからだ。
今になってそれを後悔した。すごく寂しい。ナズナさんに会いたい。話したい。
ぼそっ、と一人言のように呟いた。

「…なんか、思い出したら泣けてきた。ナズナさんが足りない。全然足りないよ…」
「セリさん、家族に会いたいの?」
「…うん。なんか寂しくなってきちゃった」
「そっか、…俺もミトさんに会いたくなってきたなぁ」
「ミトさん?」

あれか。ライセンスを折り曲げたあの御方か。
ゴンのおばさんだっけ?関係性はよく分からないがお母さんではないんだよね。父親の幼馴染みとかだった気がする。

首を傾げる私やゼブロさん達のためにゴンがミトさんについて話をする。
殆どが自慢みたいな感じで、ゴンがミトさんのことを大好きなのがよく伝わり、気づけば自然と笑顔になっていた。いいよね、こういうの。
ゴンの話によって食卓に再び活気が戻る。さっきの料理事件を活気と言っていいのかわからないが。
ゴンはミトさんの事だけでなく父親についても話してくれた。もちろんハンターになりたかった理由も。

「ゴンの家庭環境って私と似てるね。私もお母さん知らないし、お父さんは行方不明だから」
「そうなの?」
「うん、お揃いだね。あ、これ運命かも。よかったらこっちで卵焼き食べませんか?我々の出会いの記念に…」
「ナンパすんな」

レオリオのツッコミにゴンが笑う。共通点があると知ってゴンも以前より私に気を許したようだ。
ヒソカさんとの友達疑惑を掛けられてから時々よそよそしいところがあったので安心した。
ついでに然り気無い私のカミングアウトも深く聞かれずにすんだ。説明めんどくさいもんね。ナンパしてよかった。そしてありがとうレオリオ。

「ねぇ、ナズナさんってどんな人なの?」

ゴンが笑顔で聞いてくる。彼にとってのミトさんのような存在であると分かり、興味が出たようだ。
そうだな、と口元を拭いながら何を言うか考える。
えーっと…ナズナさんは………ナズナさんは……。

「いつも無表情だからパッと見クールで結構辛辣なんだけど、意外と抜けててノリは悪いんだけどそういう『俺は…デレないからな…』みたいなところが可愛くて、あと基本的に人に冷たいんだけど時々ちょっとだけ優しくてそれが可愛くて、超凶悪な殺人鬼の前に女の子と妖精放り出して逃げ出すくらい意気地無しで、卑怯者なんだけどそんなの許せちゃうくらい可愛くて、可愛いよ」
「よーっし、わかった。なんか最後おかしな話が混じってたがお前がソイツのこと大好きなのはよくわかった。だからもういい長くなりそうだからそこでやめろ」
「殆ど可愛いとしか言ってなかったような気が…」
「やめろクラピカ何も聞くな」
「えっ、聞いていいよ!どんどん質問して!あ、私のお勧めナズナさんエピソードはね、必死に使えそうなゴミ集めて物資と交換してもらおうとしたのにメガネに『えーっと、言いにくいけどコレ全部交換できないや、ゴメンね』って言われてしょんぼりしてた時にね、なんと後ろから…」
「やべぇ、なんか語り始めたぞ」


その後、ひたすら続く私の話に一人、また一人と脱落して行き、最後までついてきてくれたのはゴン一人だった。
なんだよ…ゴンの話(主にミトさん)はみんな聞くくせに。やっぱ42歳のおっさんの話は需要ないのか。

[pumps]