生きねば
あまり親しくない人達と長時間一緒にいることになった時、何を話せばいいと思う?
まさに今の私の状況なんだが、よく分からなかったのでとりあえず私を取り巻くごみ捨て場の愉快な仲間達(主にナズナさん)について話すことにした。ちなみにまともに聞いてくれるのはゴンだけである。

「スズシロさん?って人がセリさんの養母さんでキルアのお母さんのお姉さんみたいな人、なんだよね?」
「そう。で、ナズナさんは可愛くて、スズシロさんの弟子で可愛くて、キルアのお母さんとは幼馴染み」
「そうなの!?」

こちらの話にきちんと耳を傾けながら箒での床掃除も怠らないゴンと完全に箒を持つ手が止まっている私。
ゴンは女の私より良い嫁になると思う。

「………あ?オイ、ちょっと待て。キルアの母親と幼馴染みって、じゃあ歳は?」

近くでテーブルを拭いていたレオリオが話題に食い付く。
その後ろではクラピカが私達に背を向けて食器を片付けていた。

「ナズナさん?42歳」
「親父じゃねぇか!?いや、確かに20年一緒とか言ってたけど、でもお前そんな親父を可愛いとか言って……」

うわぁ、と引き気味なレオリオ。
確かに年齢を聞いたらそう思うかもしれないが、ナズナさんはレオリオが思っているような人じゃない。
あの人を世間一般のおじさんと一緒にしないでくれ、42歳だけど外見は中学生なんだぞ。
少しムッ、として反論する。

「でも実際可愛いし。見た目が!」
「しかも見た目かよ……やめろ、想像させるな……おえっ」
「レオリオ、セリの感性が自分と違うからといって否定するのはよくないよ」
「いやいやいや感性とかそういう話じゃなくて本当に可愛いんだって!」

こちらを向いたクラピカは私の言葉に首を傾げる。
だって、実際に見たら絶対みんな可愛いって言うと思う。小さいもん。
くそ、写真とかないんだよね。あの人ガード固いから。

「身内の贔屓目もあるけど正直クラピカより可愛いと思うよ」
「何故私と比べた?」
「おいクラピカ、42歳の親父に負けた感想は?ぶふっ」
「黙れ」

この中じゃ一番顔の系統が近いと思って選んだのだがよくなかったらしい。

***
私がこの家に来て五日目。とうとう全員が試しの門を開けられるようになった。
ちなみにレオリオは一人だけ二の門まで開けた。俺は一般人だぜ!みたいな顔してとんでもない奴だ。
あれだけ重い家具の揃った家で暮らしていれば筋力がつくのは当たり前だが、それにしたって早すぎる。ゼブロさんの話じゃ三人が来てから今日で二十日目らしい。
流石主人公達というべきだろうか。ハンターになれるんだから元々素質はあるんだろう。
彼らとの埋められない差を感じて切なくなった。あ、またちょっと自殺したくなってきたぞ。

「ゼブロさん、シークアントさん長い間本当にありがとう!」
「ええ、気を付けて行きなさいよ」
「うん!」

はぁ、とため息をつく私の隣でゴン達がお世話になった二人にお礼を言う。三人に比べれば短い期間だが私もお世話になったのでお礼を言っておいた。
そこから話は屋敷の場所についてになった。

「二十年勤めていて実は山まで行ったことがなくてね、詳しい場所は分からないが…」

ゼブロさんはちら、と私を見る。

「セリさんが一緒なら迷うことなく行けるでしょう」

そう言われるとゴンは期待に満ちた眼差しを、クラピカとレオリオはやや不安げな眼差しを私に向けた。わ、私の評価が、たった五日で私の評価が明らかに一部で下がっている…。
ショックを受けたが「よろしくセリさん!」とゴンに言われたのでなんとか回復した。

なお、私達が門を開けて山へ向かって歩き出してから、ゼブロさんとシークアントさんがゾルディック家は家族も使用人も化け物ばかりだという話をしていて、さらに「そういやあの子もそうか」とシークアントさんが私を化け物カテゴリーに入れていたことなど知る由もない。


先頭に立って覚えている限りの道を進んでいく。途中まではちゃんと道が出来ているので迷うことはないと思う。
問題は道がなくなってからだ。執事さんが迎えに来てくれる時に通ったルートと「ショートカーット!」と叫びながら近道したルートのどっちを使おう。

「む……?」

地味に悩みながら進んでいくとこちらに頭を下げている燕尾服の少女が見えた。思わず足を止める。

「お久しぶりです、セリ様。どうぞお通りください」

あ、カナリアちゃんだ。
会ったことは一回しかないが、この子のことは元々知っていた。だって確か漫画に出てたもん。
特徴的な髪型でキルアの友達候補の子だったのでよく覚えている。あとカナリアって名前が好きだし。

歓迎ムードらしいカナリアちゃんの様子にゴン達の空気も緩むが、どうもしっくりこない。
首を傾げながらも進むために足を動かす。もちろんゴン達も後に続いた。
と同時にカナリアちゃんが口を開いた。

「何のつもりかしら?」

ぴたり、と足が止まる。
それを確認してから続きを話す。

「この先は私有地なの。ここを通れるのはセリ様だけよ。侵入者は即刻立ち去りなさい。今ならまだ見逃してあげるわ」

あ、ああ、そういうこと。
淡々とした態度でそう話すカナリアちゃんにゴンが言う。

「でも電話したはずだよ。試しの門から通ってきたし」
「執事室が入庭を許したわけではないでしょう?」

怯むことなくそう言いきる。
私連絡したっけ?と思ったが前に連絡せずに来た時も普通に入れてもらえたので多分私は顔パスなんだろう。
横から「おい、なんとか言ってくれよセリ様よぉ」と言いたげな視線を感じたので一度咳払いをしてから口を開く。

「あのね、この人達私の知り合いなんで入れてやってくれないかな」
「失礼ですが、セリ様のお知り合いと言えど身元の割れていない彼等を中に入れることはできません」
「いやぁ、危ない人達ではないので」
「セリ様を利用し、ゾルディック家に近づこうとしている可能性もあります」
「利用なんかしてない。俺達は友達に会いたいだけだよ」
「この先にあなた達の友達などいないわ」

うーん、なんていうかゾルディックってこんなに排他的だったんだ。いや、わかってたけど。
わかってたけど、私は最初からキキョウさんに歓迎されていたから、正直ここまでとは思ってなかった。
普通は試しの門を開けても入れてもらえないのか。そう考えると私ってかなり信用されてるんだな。

「何を言っても許可がもらえないんじゃ、結局無断で入るしかないじゃん」
「そういやそうね」

興味なさげにそう言ってから、カナリアちゃんは持っていた杖を使って地面に一本、線を引いた。

「とにかく大目に見るのはそこまでよ。ここを一歩でも越えたら実力で排除します」

カナリアちゃんをじっと見つめるゴンを抜いて、クラピカとレオリオと私の三人で「どうする?」と顔を見合わせる。

「あれじゃない?私が一人づつおんぶして運んでいけばいいんじゃない?」
「いや、それじゃ力業で剥がされるだろ。全員でセリにしがみつけばいいんじゃねーか?」
「それは見逃せないわ。ゾルディック家の大事な客人に危害を加えたとして、あなた達を排除する」
「なんでだよ!しがみついてるだけだろ!?」
「女性相手の時点で十分危害を加えていることになると思うが…」
「みんな、待って」

ゴンが手で私達を制して一歩、また一歩と進んでいく。騒いでいた私達は口を閉じた。
ゆっくりとカナリアちゃんの近くまで歩いて行ったゴンの右足が線を越えた時、カナリアちゃんは躊躇うことなく杖でゴンを殴り飛ばした。

私が顔を歪めたのと同時にクラピカとレオリオが武器を構える。
しかし二人が実際に手を出すことはなかった。ゴンが止めたからだ。鼻血を袖で拭いながら起き上がる。

「俺達、君と争う気は全然ないんだ。キルアに会いたいだけだから」

ちなみにこの時私は「うわぁ、痛そう」と思っただけでその場から一歩も動いていなかった。
心配はしている、ただ足は動かなかった。たった一瞬の出来事で私とゴン達にはまだ距離があることがはっきりしたと思う。

「理由がなんであれ関係ないの。私は雇い主の命令に従うだけよ」

ゴンの言葉など何も響かなかったかのようにカナリアちゃんは杖を構えた。

そこからは近付いては殴られ、近付いては殴られの繰り返しだ。
一瞬だけ私が誰かの視線を感じとり、周囲を窺っていた頃にはゴンの顔は見ていられないくらい腫れ上がっていた。
それでも向かってくるゴンにカナリアちゃんも動揺を隠しきれず、杖を握り直しながら「もう来ないで」と小さく口にする。

「いい加減にして!!無駄なの!!わかるでしょ!!あんた達も止めてよ!!仲間なん…」

クラピカとレオリオに向かって発せられた仲間なんでしょ、という言葉が最後まで出ることはなかった。何もせずにいる二人の表情を見て、カナリアちゃんが口を閉じたからだ。

「セリ様…」

何とかしてくれと縋るような目で見られたが、ごめんね、と目だけで謝った。
クラピカとレオリオほどではないが、私もゴンを信じていた。多分どうにかなるなこれ。

実際それは間違っておらず、散々自分が痛めつけたゴンを見て、カナリアちゃんは攻撃できなくなっていた。

「君はミケとは違う。どんなに感情を隠そうとしたってちゃんと心がある」

そりゃ人間だもの。私だってあの状態のゴンを殴り続けるのは無理だよ。怖いもん。
それができるのはこの場にいる全員が知ってる身近な人間で例えるとイルミとかイルミとかあとイルミとかイルミくらいじゃないかな?あ、それからイルミだね、忘れてた。

「キルアの名前を出したとき一瞬だけど目が優しくなった」

私が一人脳内でボケ続けている間に話は進む。
キルアの名前を聞いたカナリアちゃんは一歩後ずさると震える声で「お願い…」と呟いた。

「キルア様を助けてあげて」

パン、と乾いた銃声が響く。

[pumps]