生きねば
「全く使用人が何を言ってるのかしら」

その声を聞いたのとカナリアちゃんの倒れる姿が目に映ったのはほぼ同時だった。

「まるで私達がキルをいじめてるみたいに。ただのクソ見習いのくせして失礼ね」

キキョウさんだ。
さっぱり気がつかなかった。流石はゾルディックの奥様、ただの煩い人ではなかったようだ。
その横には和服姿の子供、カルトがいた。私を見るなり口をへの字にし、眉をつり上げたカルトとは対照的にキキョウさんは私を見て嬉しそうに名前を呼ぶ。

「セリちゃん、いらっしゃい。遊びに来てくれたのね!」
「お久しぶりです。いえ、遊びにきたというか、私はお届け物を」
「あ!そういえばセリちゃん。ハンター試験落ちてしまったそうね」
「えっ」

何で知ってんだ。
私がハンター試験を受けるということ自体は年明け前にみんなの前で報告したので知っていておかしくない。
でも結果に関してはナズナさんが言うわけないし、スズシロさんやメガネ、ハギ兄さんにはそもそも合否を伝えてない。
キルアか、と思ったがあの子は思春期特有の家族がウザくなる病を発症中で特にキキョウさんのことが苦手みたいだから一々話さないだろう。
となると残るのはイルミ。くそ、あいつ口軽いな。

「セリちゃん、私達から借りたお金を返すために頑張って何度も試験受けていたのでしょう。お姉様に聞いたわ。でも、良いのよ?別に気にしなくても。セリちゃんだって家族ですもの!」
「え、いや…いやぁ……」

書類上の家族には絶対返せよって言われてるんだけど。


「あの、それよりキキョウさん。キルアは」

「今どうしてますか?」と続ける前にキキョウさんは先程までの優しい雰囲気が嘘のように「ああ…」と普段より低いトーンで言うと、キュイン!と音を鳴らして私ではなくゴンを見る。

「あなたがゴンね」

品定めでもしているのか、じっ、とゴンを見つめた後にゆっくりとその後方にいるクラピカやレオリオへ視線を映す。
「イルミから話は聞いています」と言うとキルアからのメッセージを伝えた。
ゴン達がここに来ていることはキルアにもしっかり伝わっているらしい。しかし『今は会えない』とのことだ。

「ああ、紹介が遅れましたね。私キルアの母です。この子はカルト」

いつも通りの丁寧な口調だが、その声色は私と話す時とはまるで違う。歓迎していないのがよくわかる。
三人、特にゴンは先程の行為に怒っているようで、普段なら丁寧に返すところを無視してカナリアちゃんの容態を確認し、そのまま彼女を庇うように立っていた。

「キルアが俺達に会えないのはなんでですか?」
「独房にいるからです」

なんてことのないように返されたので思わず「すげぇ家に独房あるんだ」とちょっとずれた感想を抱く。
独房に入っている理由としてはキキョウさんとミルキを刺して家出をしたから。
確かにこれ冷静に考えるととんでもないことだよね。特殊な家庭だから色々あるっちゃあるけど。
キルアは『反省』して家に戻ってきたらしいが、ゴン達はその時自分の意思がなかったとか言ってたような…?

「今は自分の意志で独房に入ってます。ですからキルがいつそこから出てくるかは………まぁ!お義父様ったら!!なんで邪魔するの!?」

微妙に食い違いのある両者の話に、どちらを信用すればいいのかわからないでいると、淡々と話をしていたはずのキキョウさんが突然、甲高い声で叫んだ。

意味不明な光景にクラピカが何事だと私に目を向けてくる。私のことをキキョウさんマスターみたいな扱いするのはやめよう。
「なんてこと…!」と一度両手を力強く握りしめてから、キキョウさんは再び私達に向かって口を開いた。

「私、急用ができましたのでこれで。ごめんなさいね、セリちゃん。また後でゆっくりお話ししましょう。あなた方もまた遊びにいらしてね」

明らかな社交辞令を吐いてすぐに、もう用はないと背を向けたキキョウさんを「待ってください」とゴンが止める。

「俺達、あと十日くらいこの街にいます。キルアくんにそう伝えてください」
「…わかりました。言っておきましょう。それでは…」

そう言って今度こそキキョウさんは背を向けて去っていく。私達の方を振り向く気配はない。
そして何故かカルトは、キキョウさんに着いていかずに憎悪の篭った目でこちらを見ていた。正確にはゴン達を。

「カルトちゃん!何しているの、早くいらっしゃい!」
「はい、お母様」

すっかり姿の見えなくなったキキョウさんの声に反応して漸くカルトも足を動かす。
最後に私の方にちらりと視線を向けた。まるでゴミでも見るような目だった。酷い、酷すぎる。
鞄を持ち直すと中からガサ、と音が鳴る。折角会えたのにお届け物の箱渡せなかった。

カルトの姿も見えなくなり、二人の気配が完全に消えたところではぁ、とレオリオが肩の力を抜いた。

「言っちゃなんだが薄気味悪い連中だな。キルアが『自分から』独房に入ったってのも嘘くせぇ」

このまま戻るのは癪だから無理にでも行こうと続けるレオリオに対し、ここを通ってしまえばカナリアちゃんが責任を取らされるのでは、と心配するゴン。

「いや、でもセリが何とか言ってくれれば大丈夫なんじゃねぇか?」
「え、私がナイフ持って、この娘の命が惜しければキルアに会わせろみたいなことを言えばいいの…?」
「違う。なんで人質にした」
「彼女を屋敷まで連れて行くのは余計不味いのでは?セリの性格上人質をとるなどありえないと向こうはわかっているだろう。結局持ち場を離れて侵入者を屋敷まで直々に案内した、と解釈されるのが落ちだ。ついでに言うならセリが今のこの状況を上手く話せるとは限らない」
「クラピカさぁ、なんか最近ちょっと私に悪意あるよね?」
「いや、私はただ自分の意見を正直に述べているだけで…」
「それが、それがだよ。正直って…」
「ほら、喧嘩すんな!」

パンッ、と手を叩いてレオリオが私達の間に割り込む。
「喧嘩ではない」というクラピカに私も頷く。これは単なる活発な意見交換だ。
そんなやり取りを見ていたカナリアちゃんが額を押さえながら起き上がる。

「私が、執事室まで案内するわ」

すぐ側に座っていたゴンが「執事室?」と聞き返す。

「ええ、そこなら屋敷に直接繋がる電話があるから。ゼノ様がお出になられればあるいは…」

皆が疑問符を浮かべる中、私だけが納得する。
ゼノさんはあの家の中じゃ話聞いてくれそうだからね。何より発言権あるし。

ゾルディックに詳しい私が納得したことより、とりあえずカナリアちゃんの案内で執事室まで向かうことが決まった。
執事室への案内ならカナリアちゃんもまだそんなに責められたりはしないだろう。少なくとも直接屋敷に連れていくより安全なはずだ。
怪我をしている彼女のペースに合わせてゆっくりと足を動かした。

[pumps]