生きねば
「あそこよ」

そう言ってカナリアちゃんは想像以上に立派な外観の建物を指差す。
すっかり日が暮れていたが、明かりの漏れる執事室の前に人が並んで立っているのが遠くからでもわかった。
一人一人の顔が視認出来るまで近付くと彼らはす、と静かに頭を下げた。



「セリ様、申し訳ありませんがセリ様はこちらに」
「え?」

どういうわけか丁寧に応対されてカナリアちゃん含む私達は執事室に招き入れられたのだが、ゴン達の後に続いて広間のソファーに座ろうとすると昔からいる強面執事の後藤さんに止められた。
後藤さんは別の執事さんに目配せし、私を広間から出す。ゴン達も驚いたように後藤さんを見た。
何、なんで私だけ仲間外れコース?

「ご、後藤さん…」
「暫くそちらでお待ちください」

バタン、と扉が閉まる。え、えええええ。
予想外の展開に唖然とする。

私が追いやられたこの部屋は壁一枚隔て皆がいる広間に繋がっていた。当然と言えば当然だが、こっちの方が狭い。
意味がわからない。私、後藤さんになんかした?もしかして恨まれてるの?
ドキドキしながら広間に繋がる扉に張り付き、向こうの様子を窺うとこちらに向かってくる足音が聞こえた。
慌てて離れるのと同時に扉が開く。一礼して入ってきたのはお茶とお菓子のトレーを持った執事さんだった。

「どうぞ、お掛けになって下さい」

後藤さんほどじゃないにしろ強面な彼に萎縮し、「はい…」と言われた通りに近くのソファーに腰掛ける。

「…え、えーっとあの…?」
「ゴン様達のことでしたらご心配なく。奥様より正式な客人として迎えるよう申しつけられました」
「あ、そうなんですか…」
「はい。セリ様もどうぞ、おくつろぎ下さい。直にイルミ様がこちらに迎えにこられるそうですから」
「なんで!?」
「これも奥様からのお申し付けです。今夜はセリ様を迎えてお食事をと……なんでも『セリ不合格記念』だそうで」
「なんですかその悪意ある響きは。絶対イルミがつけましたよね」

なんで記念にしちゃったの?
目で訴えかけるが執事さんは肩を竦めただけで、お茶とお菓子をテーブルに置くと再び一礼して部屋から出ていってしまった。

そうか、だからキキョウさんが去り際に「また後でお話ししましょう」とか言ってたんだ!帰っていい?会の名前からして嫌な予感しかしないぞ。
お届け物あるから行かなきゃって思ってたけどもうこんなもの無視しても……と思ったが、完全に執事さん達に包囲されてるこの状況から逃げ出すことは恐らく私の実力では不可能だ。だから私別室なの?
がっくりと項垂れる。


お茶を飲みつつ、びくびくしながら暫く待っていると突然拍手が聞こえてくる。なに、向こうパーティーでもやってんの?めっちゃ楽しそうじゃん。
あまりの疎外感に泣きそうになっていると「ゴーーン!!」と呼ぶキルアの声が聞こえた。慌てて立ち上がり、ドアノブを回す。
視界に入ったのは傷だらけになったキルアの横顔だった。

「ゴン!!あと、えーーーっとクラピカ!リオレオ!」
「ついでか」
「レオリオ!!リオレオって誰だよ!」
「ちょっと待って!私も!私もいるから!」
「セリ!お前も来てたのかよ!」

部屋を飛び出して存在をアピールするとキルアが素敵な笑顔を向けてくれた。

「あれ?でもお前何しにきたの?」
「私?私は、えーっと……あれ…そもそも何をしに来たんだっけ…」
「お前、久々に会ったと思ったら記憶喪失かよ…」
「セリさんはお家の人からキルアの家にお届け物を頼まれたんだって!」
「あ、それ。そうそれだ!」

手をポン、と叩いてから急いで先程の部屋に置き忘れたお届け物を取って戻る。
キルアがいるならキルアに渡せばいいんじゃない?そしたらキキョウさんかシルバさんに届けてもらえるよね、と差し出す。

「あ、俺ムリ。今から家出るから」
「え!嘘!」
「セリお前まさか知らなかったのか!?知らずに俺達とここまで来たのか!?最初に確か言っただろ!?」
「そうだっけ…会いに来ただけじゃなかったの?」
「貴女の記憶があまり長く持たないことには薄々感づいていたがまさかこれほどとは…」
「クラピカ、重い病気みたいな言い方するのはやめてくれる?聞いてなかっただけだから」
「いや、それもっとひでぇよ!」

ちゃんと人の話を聞け!と私がレオリオとクラピカに注意されている間、キルアはゴンと楽しそうに話していた。
どこにでもいる友達同士の光景だ。

「そっか、キルアこの家を出てゴン達と行くんだ」

説教中だったレオリオとクラピカの声が止む。
キルアとゴンも話を止めて私を見た。

「うん。でも、それはそれで良いことなんじゃない?ね、後藤さん」
「ええ、キルア様がそう望まれるのなら」

偶々キルアの後ろに居た後藤さんの姿が目に入ったので、何となく振ると後藤さんは軽く頷いてそう言った。

それに対してキルアが安心したような顔をした後、疑問符を浮かべる。後藤さんではない、私の発言に対してだった。

「え?セリ、お前“ゴトー”のアクセントの位置違くね?」
「ん?アクセント…?」
「ゴトーだよ、ゴトー」
「え?あ、五塔さん?」
「はい」
「まて、なんか違う気がする。ゴトー返事しないでいいぞ」

手を上げて一旦後藤さんの方を見て言うとすぐに私に向き直り、眉をしかめる。

「お前さ、ゴトウって言ってんじゃん。ウはいらねーよ。いや、いらなくないけど発音しなくていい」
「それ矛盾してない?じゃあゴトォーなわけ?」
「ちげェよなんだそれどこの効果音だよ。だからゴトーだって」
「ゴトゥー?」
「わざとだろ?なぁ、お前わざとだろ?遊ばれるゴトーの気持ち考えろよ!」
「ごめんなさい…アクセントの位置変で本当にごめんなさい…」
「いいえ、お気になさらず」

そう言った後藤さんの顔はほんの少し嬉しそうだった。

[pumps]