シンシア・ブラウン
「セリちゃん、またハンター試験落ちたらしいね。もう時間と紙の無駄だからやめたら?資源は大切にした方がいいって、流星街で暮らしてて思わなかった?」
「えっと…」
「ライセンスとって売って借金返済って母さんに聞いたけどさぁ、結局受からないんじゃ意味ないんだよ?」
「あ、………」
「大体ハンター試験なんて普通一回で受かるでしょ。三回って何それ?キミ色々大丈夫?自分のことどう思ってる?今どんな気持ちでそこにいるの?生きてて楽しい?」
「………」

泣いた。

煽る煽る。ハギ兄さんってなんでこんなに攻撃的な話し方しか出来ないんだろう。自分以外カスだと思ってるからなのかな。ハギ兄さんも顔以外良いところ一つもないのに。
と普段なら心の中でだけそう毒づいて、顔を引き攣らせていただろう。

しかし今回は違った。自分でもうっすら自覚し始めた部分を突かれたため、耐えられず「わ、わだしだっでぇえ、がんばっでるも゛んんん」と恐らくこの世界に転生した時以来に大号泣した。
涙ながらに語る私を見たハギ兄さんは真っ青な顔で「僕の妹がこんな不細工な訳がない」とラノベのタイトルのような台詞を発し、口元を抑えて洗面所に駆け込んだ。
水の流れる音が絶えず聞こえてきたので多分吐いてる。泣き顔見られて嘔吐されるの生まれて初めてだ死にたい。

「キミないわ…泣き顔ブスとかないわ…」

洗面所から戻ってきたハギ兄さんに死にそうな声でそう言われる。
なんかもう私も吐きそう。ハギ兄さんの家になんて来るんじゃなかった。

***

「戸籍がないなら作ればいい。やる気さえあれば人を造るのは簡単だよ」

あれから一時間。ようやく落ち着き、クッキーをかじりながら言うハギ兄さん。
同じくクッキーをかじりながら頷く私はまだ落ち着いていない。しょっぱい。なにこれ涙味?
これはゾルディック家に届けてきて、とスズシロさんに頼まれたものである。あれだけ色々苦労したのに結局届け忘れた。
それをハギ兄さんに話したところ「渡したってことにして食べようよ。これで仲直りね」と事も無げに言うので一緒に食べることにした。酷い兄妹だ。

さて、何の話かと言うと無戸籍状態である私はどうやって就職するのか問題である。
ナズナさんやスズシロさんには相談できないので、一応独り立ちしているハギ兄さんに聞きに来たのだ。
その答えが「戸籍がないなら作ればいい」である。

「裁判所に頼みに行くんだっけ…?」
「ああ、無理無理。それは出生届を出していない人間でしょ?セリちゃんはそういう問題じゃないよ。国民番号がないんだから」
「じゃあ、架空の人間を…?」
「いや、それもすぐバレるよ。そうじゃなくて、元から存在してる人間を使えばいい」

ハギ兄さんが提案してきたのは所謂戸籍乗っ取り(ていうか国民番号乗っ取り?)である。

ハンター世界では流星街出身者以外には生まれてすぐ、捨て子にすら国民番号がつけられている。
その番号を元に国際人民データ機構に戸籍、病歴、えーっと後なんだっけ?まぁ、なんか色々その人のデータが全部記録されている。
大体そこでデータ照会をするため、登録されていない流星街の住民はすぐバレる。なら架空の人間を造ればいいとも思うが、データベースへの侵入は非常に困難で、仮に侵入できてデータを書き換えたとしても0.1秒後にはすぐに元に戻るらしい。

そこで戸籍乗っ取りである。

乗っ取り自体は私もパスポートのために前々からしていたが、それは流星街が他国に行く際に使えるように用意してくれていたもので、幼くして亡くなった子の戸籍を色んな人が交代で使っている。
頻繁に使われなければ怪しまれないし、パスポートととして使う時はそこまで問題はない。
飛行機が存在しない等の文明発達の差もあるので現実世界よりセキュリティ面が甘いのかも知れないが、正直ちょろい。指紋認証とかもないしね。

今まではそれでも問題なかったが、今回は違う。私は“就職”がしたいのだ。
流星街が貸し出している戸籍には使用期限がある。基本的に戸籍を借りる人は仕事、短期旅行のためのパスポートとして使用することが多いため延長期間は最大で二年。足りない、全然足りない。

しかも以前私がジャポンに行った時に一度約束の期限を破ってしまったため、帰国してから貸し出し側と結構揉めた。以来、目をつけられているっぽい。
私が今使っているパスポートも何度も頭を下げて漸く貸してもらったものだ。

流星街の住民が“外”へ出ていくにはいくつか方法がある。
まず、大陸の移動をしない場合はパスポートは必要にならないので身一つで結構気楽に出ていける。その代わり仕事は履歴書不要とか日雇いのところ位しか見つからない。

次に金を積んで船に無理矢理乗せてもらう(個人所有の船が望ましい)。海路なのでパスポートは必要にならない。ただ所有者の人柄によって必要になるお金に差があるし、何かあった時はすぐに売られるなど問題は多い。
それらが嫌なら密航だ。見つからない自信があるならこれがいいだろう。
別大陸には行けるがこちらも大した仕事は望めない。まあ、この方法を選ぶのは生活に困らなければ十分という方が多いようだが。

そして最後が戸籍乗っ取り。相手を間違えなければ多分バレない。
別人に成り済まして生きていくこの方法を実践し、成功している人は結構いるらしい。
以上の方法を個別に使ったり、組み合わせて使ったり、どうするかは個人の自由だ。
ただ乗っ取りの場合、大切になるのは成り済ます相手の選び方である。

「自分と同じ性別、年の近い相手を選ぶってのは当然わかっていると思うけど、他にも大事な点がいくつか。最低でも天涯孤独、一般市民、交遊関係の狭い人間を選ぶこと」
「そんな都合の良い人いないと思います」
「見つけるんだよ。何年かけても」

マジか。いや、そんな簡単に乗っ取りなんてできると思ってないけどさ。普通に犯罪だし。
正直人の道外れるようなことやるくらいなら一生裏社会系のフリーターでもいいけど…。

「私にとって都合の良さそうな人見つけたら、こ、殺すの…?」
「ん?それでもいいけど。おすすめは自殺の名所で死体探しかな」

おすすめ怖すぎる。
冗談ではなく、自殺者の戸籍を乗っ取るのが一番楽らしい。何故なら自分に関係するものを全て断ち切るからだ。

「自殺志願者は身辺整理を行うことが多いからね。死んで三ヶ月以内なら、結構スムーズにいくと思うよ」

こうして私は犯罪者の道へ片足を突っ込むことになった。
借金を返済し、流星街出身者ではなく一般人として真っ当に生きるために就職を目指して犯罪ってわけがわからない。

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