シンシア・ブラウン
ハギ兄さんに「戸籍がほしいなら死体捜し!」と教えられて以来、もっとも条件の合う人物を探すために、私はほぼ毎日パドキアで有名な自殺の名所と言われる山に入り続けた。
怪しい、怪しすぎる。絶してなかったら絶対すぐ噂になって地元警察にマークされてるやつだ。

流星街ほどではないが自殺の名所というだけあって、死体はよく見つけた。特に首吊りが多い。
手ぶらで来ているような人も入れば、ご丁寧に靴を脱いで荷物と一緒に側に置いているような人もいた。
荷物がある場合は申し訳ないが中を探らせてもらう。免許証など身分のわかるものが見つかれば、ハギ兄さんに頼んでどこの誰なのか調べてもらった。

そして探索すること四ヶ月。六月中旬、私は奇跡的に求めていた人物の死体を見つけた。
死体の側に散らばっていた手荷物から免許証を見つけ、身元を割り出した。
名前はシンシア・ブラウン。23歳。少し年上だけど、一回り以上離れていなければ問題ない。

彼女の遺品から出てきた手帳の内容から推測するに、亡くなったのはおよそ二ヶ月前。
天涯孤独だった彼女は、恋人に貢いで貢いで貢ぎまくった結果、親の遺産を全て使いきってしまった。
金が尽きたと同時にその恋人には捨てられたらしい。手帳には彼がいないと生きていけない、と書いてあったので相当堪えたようだ。
そのまま仕事を辞めて、住んでいたアパートも引き払っている。…この恋人ってハギ兄さんのことじゃないよね?大丈夫だよね?

さらに元々少なかったらしい友人とは、ここ数年で殆ど縁を切っていた。恋人に全てを捧げていたからだろう。
彼女を捜す人はいないはずだ。そもそも失踪していることすら気がついていないのでは?とにかく私にとって成り済ますのに最適な人物だった。
何年もかかることを覚悟していたので、たった四ヶ月で見つかったのは幸運だったと思う。これ以上かかるならまたパスポートの使用期限延長しなきゃいけなかったし。

そこから私はシンシア・ブラウンに成り済ますための準備に取りかかった。
まずは彼女名義で適当にアパートを借りる。流石に無職家無しの状態で何もせずにその辺をうろうろするのはまずいので、引っ越して職探し中という設定を作り出した。
場所は故郷や今まで一度でも住んでいた土地は避け、かなり離れた処にした。万が一彼女を知っている人に出会ってしまったら全て終わるからだ。

次に、外見を彼女に似せる。
免許証の写真を参考にできる限り本人に似るよう化粧をすることにした。免許証は大切な身分証明書なので有効活用したい。
ハギ兄さんの彼女ACDにそれぞれ協力してもらい、化粧の特訓をした。私の顔はそんなに大きな特徴がないので、化粧の仕方で大分印象が変わる。
運の良いことにシンシア・ブラウンの顔の特徴も左目にある泣き黒子くらいだったので、無茶な話ではなかった。

まぁ、他人なので似せるにしても限界があるが、多少顔が違っても化粧の仕方を変えたと言えば良いか、ということで無理矢理解決した。
元々彼女の顔をよく知る人達は殆どいないのだから大丈夫だろう。彼女の髪型と同じウィッグを着ければ少なくとも普段の私ではなくなった。


七月一日。準備を終え、いよいよ職探しを始めた。
私が就職先として選んだのは、とあるマフィアのお嬢様の世話係だった。
今まで私が仕事先で出会ったような三流ではなく、一流超大物?のマフィアだ。ノストラードファミリーといって、裏社会じゃかなり有名らしい。私もなんか聞き覚えあるもん。

あれだけ普通の仕事、正社員!とか言っておいて何故裏社会系の仕事を希望するかと言うと、とりあえず常に敵を警戒していてほんの少しでも組に関わる人間の身元は徹底的に調べあげるマフィアで戸籍乗っ取りがバレなければ、大抵の一般企業ではバレないだろうと踏んだからだ。
なので最低一年。まずはここで働いて大丈夫そうなら、一般企業にチャレンジしてみようと思う。

現在募集しているのは屋敷の警備とかしたっぱのボディーガードだけで、ボス直属のボディーガードは特に募集していないようだった。
まぁ、普通の育ちであるはずのシンシア・ブラウンにボディーガードなんてできるはずないのでどうでも良い。

シンシア・ブラウンでもできそうな仕事として選んだのが、ノストラードファミリーのお嬢様の世話係である。
裏社会系の斡旋所の女性に聞いてみると意外にもお嬢様の世話係は常に空きがあるらしいので、他にライバルがたくさんいなければ受かるんじゃないかと思う。

ということで早速面接をしてもらうことになった。必要書類を用意し、ちゃんとシンシア・ブラウンに似るようにたっぷり一時間半かけて化粧をした。
今までは仕事内容的に化粧をする意味がなかったのでしなかったが、今回は状況的にそうはいかない。
まぁ、戦わないので汗や血で落ちるようなこともないだろう。住み込みだからサバイバル生活もしなくていいし。
最後にウェーブがかった金髪のカツラを装着。いつもと違って肩先で切り揃えられている髪に違和感を覚えながら“シンシア・ブラウン”の家を出た。

***

「話は聞いたし、書類も読んだ。以前の職業はウェイトレスだって?」

提出書類を眺めていた面接官の男性が、そう言って私を一瞥する。濃い化粧を施した顔でにっこり笑って「はい」と答えた。
この面接官の人顔怖い。流石マフィア関係者。しかもよく見たら念能力者だった。マジかよ、流石マフィア関係者。

「喫茶店のウェイトレスだった君が何故マフィアのお嬢様の世話係を?」
「それは…」

てっとり早く金が必要だから。
これは事実だった。私もそうだが、シンシアも早急に金が必要なのだ。
貢ぎまくったせいで親の遺産を使い果たした女というのは、ちょっと調べればすぐにわかる。
なので素直に話した。変な嘘をついて怪しまれたくないし、そもそも他に何も思い付かなかった。マフィアで働くことが昔からの夢です!とか言えないし。

「そうか」

私の身の上話への反応がこれだ。冷たい。バカな女とか思っているのかも。

ふいに、面接官の男性は右の人差し指を宙で軽く動かした。
もしや、とすぐに凝をしてみると「どのくらい使える?」と念字が浮かんでいた。
それに対し、「少しだけ」と読めるかどうかギリギリのラインでわざと歪な形になるように加減して答えた。これであの人の中では大した能力者ではない=驚異ではない、としてもらえるだろう。
実際その通りだし、妙な疑いをかけられたりしたら困る。喫茶店のウェイトレスだったシンシア・ブラウンが応用技まで使える念能力者だなんてどう考えてもおかしいしね。
返答後、私はその場で採用を言い渡された。

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