シンシア・ブラウン
面接官の男性は適当な紙に住所と簡単な地図を書くと明後日の午前10時に必要な荷物を持ってそこに来るよう言った。
渡された紙を見る。知らない地名だったが、調べれば済むことなのでわかりましたと頷く。
話はそれで終わって、面接が行われた部屋を出た。
随分立派な造りだったのでてっきりここが仕事場になる屋敷なのかと思っていたが、違ったらしい。ノストラードファミリーの所有する物件の一つというだけのようだ。

外に出てから何故すぐに採用されたのか、私なりに考えてみた。
面接を受けたのは私一人だったので、明らかに怪しそうな人間じゃなければ誰でもよかったのか。もしくは私が念能力者だったからかな?
それもただの念能力者じゃなくて、基礎すら危うそうなタイプだ。

世話係に力など必要ないので戦力として数えているわけではない。弱いなら弱いで万が一の時お嬢様の盾にでもしようと思っているのだろう。多分合ってる。
お嬢様がどんな人か分からないが、ムカつく人だったら何かあっても放置して逃げよう、と思いながら荷物を詰める用の鞄を買いにデパートへ足を向けた。

***

当日。落としたり、奪われる可能性のあるメモを渡してきた時点で予想していたが、やはり指定された場所は屋敷ではなく、新設された何の関係もない(と思うけど実際はどうだろう?)ビルだった。
住み込みのため衣類など一通り必要となるものを詰めた大きな鞄を持って待っていると迎えがやって来て、そのまま車で屋敷まで行くことになった。

期待を裏切らない立派な外観の屋敷に着くとすぐに部屋に通された。
そこで暫く待てと言われて言葉通り待ったところ、和服姿の一人の女性がやってきた。彼女はエリザというらしい。
まずは私の部屋に向かうため、廊下を歩いていると前を行くエリザさんが簡単に仕事内容について説明してくれた。

「どんなものかある程度知っていると思うけど、私達の基本的な仕事はお嬢様の身の回りのお世話よ」

そう言うとちら、と私に目線をやる。

「とは言っても小さな子供じゃないから、着替えの手伝いみたいなことはしなくていいわ。一緒にお買い物に行ったり、お話し相手になったり、ゲームをしたり…かしら」
「お嬢様が退屈しないように暇を潰せる相手になれればいいってことですか?」
「ええ。それに望むことはできる限り叶えられるようにね。何か難しいことを言われたら私に相談して。ちょっと大変なところもあるかもしれないけど、お嬢様は楽しい方だから、きっとすぐに慣れるわ。私達のことも友人みたいに扱ってくださるから」

マフィアの娘なんて言うからどんな生意気で我が儘で嫌な女なのかと思ったら意外と良い人そうだ。

「でも本当に友人のつもりになっちゃダメよ。立場を弁えなきゃ」
「はい」

笑顔で返事をするとエリザさんも振り向いてにっこり笑った。美人だ。


屋敷の三階東に侍女達の部屋があるらしい。
本来は二人部屋だが、私を入れて丁度奇数なので他に新しい人が入るまでは一人部屋ということになった。
化粧をする前とした後だと完全に別人なので助かった。当分は気を張らなくて良さそうだ。

部屋の前でエリザさんから鍵を受け取る。
すると向かいの部屋の扉が開き、中からエリザさんと色違いの和服を着た女性が出てきた。
同じ侍女の方だろう。挨拶するべきだと思って私が口を開く前に彼女は軽く会釈をして、そそくさといなくなってしまった。
けど、感じる。なんか廊下の角にまだいるっぽい。どうもこちらを窺っているようだ。
なんだ…?と思っているとエリザさんもその事に気がついたようで、眉を下げた。

「ごめんなさいね。ちょっと色々あって…」
「色々?」

聞き返すとエリザさんは無言で私に部屋へ入るよう促した。不思議に思いながら受け取ったばかりの鍵を使って中へ入る。
すぐ目についたのは二つのベッド。簡素な造りで大して広くもないが、一応テレビもあるし十分だろう。
扉を閉めるとエリザさんが声をひそめて話し出した。

「貴女はお嬢様付きということになっているのだけど、本当はね、入ったばかりでお嬢様の傍にいける人っていないのよ」
「え?」

世話係なのに?と首を傾げる。
どういうことかと言うと世話係と言っても本来新人は部屋の掃除や洗濯、食事の用意などの雑用がメインであり、お嬢様と直接お話ができたりする立場ではないそうだ。
少なくとも二年以上は屋敷にいないとお嬢様の傍には付けないらしい。何故ならお嬢様は裏社会の要人で、命を狙う者も多く存在するから。

「貴女の面接はダルツォルネさんが担当したでしょう?でも元々は別の人がするはずだったのよ」
「だ、ダル……?」
「ダルツォルネさん。お嬢様の護衛チームのリーダーよ」

あー、あの怖い顔の念能力者かと思い浮かべる。
なんでもそのダルツォルネさんとやらが面接前の私を偶々見かけて「自分がやる」と突然言い出し、面接官を変わったらしい。
エリザさんが言いづらそうに続ける。

「だからその、みんなの間では…ダルツォルネさんが貴女を気に入ったからじゃないか、って話があって…」

あ、なんとなく言いたいことわかった。
恐らくダルツォルネさんとやらが面接官を変わったのは私が念能力者だと気付いたからだろう。
もしもの事を考えて怪しい所がないか護衛リーダーとして調べにきたのだ。実際に見て確認し、とりあえずはシロと判断していざという時のための盾代わりに私を雇った。

そんな裏事情など全く知らない侍女達の間ではダルツォルネさん一目惚れ説が有力らしい。それでみんな私に興味津々なのだ。
いや、それ絶対違うから。ダルツォルネさんの名誉のためにもやめてあげて。

[pumps]