シンシア・ブラウン
妙な誤解を持たれたままでは仕事にならないし、何よりダルツォルネさんとやらが可哀想だったので何とかしようと適当に別の理由を考える。流石に念のことを話すわけにはいかない。
そこで咄嗟に「実はノストラードファミリーと懇意にしてる人と知り合い」という設定を作り出した。
マフィアに関わるくらいだから侍女の殆どは少なからず裏社会を知っているはずだ。知り合いの知り合いが裏の仕事をしてるとかね。
だからそういった関係にちょっとしたコネがあったって、そんなに変なことじゃない。

エリザさんがどこまでこの世界に踏み込んでいるか分からないが、私の作り話を聞いて詮索してこない辺り、その辺の事情には詳しくないんだろう。
この作り話が例えダルツォルネさんとやらの耳に入ったとしても念のことを誤魔化すためだと分かるはずなので恐らく何も言われない。
また、お嬢様の護衛チームのリーダーということは組内でかなりの信用を得ているということ。つまり幹部格。彼より上の立場の人に先に作り話が伝わることはほぼないだろう。

先程の「何か難しいことを言われたら私に相談して」という台詞からエリザさんも長く屋敷にいる人のようなので、この作り話を彼女から周りに伝えてもらえれば今の噂話は消えると思う。


話が一段落した後、仕事着として部屋に置いてある和服を着るよう指示された。
侍女は和装が当たり前らしいが、私は転生前も転生後も和服なんて着る機会が殆どなかったので一人で着付けができない。
素直にその事を伝えると初めは殆どの人がそうらしく、慣れないうちの着付けは朝エリザさんの部屋に行けば手伝ってもらえるそうだ。

「今日のところは荷物を下ろして、落ち着いたら他の人達に挨拶しに行きましょう。仕事は明日から宜しくね」

優しく微笑み、エリザさんは「またあとで」と部屋を出ていった。
持ってきた鞄をベッドの上に置いて座る。明日までにエリザさんの口から他の皆に作り話が伝わりますように。

そう願った翌日。
エリザさんに連れられてお嬢様の元へ向かう頃には、既にダルツォルネさん一目惚れ説は消えていて、変な視線や態度もなくみんな普通に接してくれた。
安心したと同時に話が広まるスピードに驚いた。こりゃ迂闊なこと言えないわ。

***

「エリザ、新しい人入ったんだっけー?」
「はい」

返事をしたエリザさんが私を手招く。
この日、私は暫くの間主人となるお嬢様と対面した。

「シンシア・ブラウンです。よろしくお願いします」
「うん、私ネオン!よろしくね」

頭を下げた私にそう言って笑うお嬢様はとても可愛らしい。
名前はネオン・ノストラード。ノストラードファミリーのボスの一人娘だ。
私よりは年下で多分高校生くらい。見た目は普通の可愛い子で街中ですれ違っても彼女がマフィアの娘なんて分からないだろう。
楽しい方だとエリザさんは言っていたので、本人はあまり立場とかに拘らないフレンドリーな女の子なんだろうなと思った。
その認識は間違っていなかったらしい。


「ねー、シンシアはどこの出身?今何歳?前は何の仕事してたの?趣味は?何が好き?好きな芸能人は?ヨークシンシティって行ったことある?今まで行った中で一番楽しかったのってどこ?彼氏はいるの?好きな食べ物は?コーヒーと紅茶はどっちが好み?兄弟はいる?スポーツなら何が好き?」

お嬢様めっちゃ聞いてくる!!
いやいやいや、いくら私が新人だからって使用人に普通こんな沢山質問してくる?転校生かよ。新しい友達かよ。
そう思いながら笑顔で一つ一つ丁寧に答える。出身地とか暗記しておいてよかった。記憶力を試されてるみたいだ。

一通りの質問に答えた後もお嬢様は飽きずに私に話し掛けてきた。
昨日観たドラマの感想から始まり、新しい洋服が欲しいやら今話題の豪華客船に乗りたいやらコレクション用(何か集めているらしい)の別荘が欲しいやらで最後は「なんか甘いもの食べたーい」と言った。すぐにエリザさんが動く。早い。慣れてる。
運ばれてきたケーキを食べながらお喋りを再開する。私はひたすら相槌を打つしかなかったが、それでいいんだろう。

こんなことが一日中続き、明日は一緒に出掛けようね!と言われて終わった。
ちなみにお嬢様には専属の家庭教師がついていて、学校には通っていないそうだ。
勉強時間を除けば残りは自由時間なわけで、侍女達はほぼ休憩なしでお嬢様を退屈させないように、お喋りや買い物に付き合うことになる。毎日。
…私大丈夫かな。

[pumps]