ネオン
買い物ってこんなに疲れるっけ?
大量の荷物と共に車に乗り込み、ようやく一息つく。
同じく荷物を持って隣に座ったエリザさんが綺麗に笑って「お疲れ様」と言ってくれるが、その表情には若干疲れが見えていた。
そりゃそうだ。早朝から出掛けてもう真っ暗だもん。女の子の買い物が長いのは仕方がないけど、終始お嬢様のハイテンションに合わせるのは中々キツい。元気すぎる。

本人も疲れて寝ちゃうんじゃないかな、とバックミラー越しに後続車を見た。
今、私達が乗っているこの車を運転してくれているのは、お嬢様の護衛メンバーの一人という大柄な人で見た目に似合わず、周囲を気にしながら繊細なハンドル捌きを披露してくれている。
お嬢様は例のダルツォルネさんとやらと一緒に私達の後ろの車に乗っていて、その更に後ろの車を別の護衛メンバー(めっちゃ犬連れてる)が運転しており、黒塗りの高級車が三台続いて走行という昼間ならかなり目立つ状況が出来上がっていた。

「買い物に同行するのは初めてだから疲れたでしょう?寝てていいわよ」

見た目には出していないが疲れているのを感じ取ったらしく、エリザさんが私を気遣って言う。
いや、流石に仕事中だしな…と思い「大丈夫です」と返した。

「いつもこんな感じなんですか」
「ええ。今日は近場だったから侍女も護衛も少ないし、早く帰れたけど」

えっ、これ早く帰れた方なの?
なんでも、遠出したいって言い出したら大変らしい。お嬢様付きの侍女と護衛総動員で一週間近く屋敷に戻れずにホテル暮らし。下手したらホテルにすら帰れず、一晩寝ないで遊び歩くこともあるそうだ。
当然私達も護衛も付きっきり。流石に体力が持たないので途中で交代するらしいが、エリザさんなんかは彼女以外対処できないような事件が起きたりするので、いつでも出れるようにしなきゃいけないのだとか。お疲れ様です…。

昨日大丈夫かな、と思ったがやっぱりダメっぽい気がした。
私、人の世話するのとか無理なんだきっと。どっちかと言えば世話されるタイプだもん。
お嬢様に信頼されるくらい長くこの仕事を続けているエリザさんは本当にすごいと思った。なので、実はエリザさんがこの仕事を辞めたがっているなんて気付きもなかった。

屋敷に戻ってから今日買ったものを部屋に運び、お嬢様の入浴中に片付けを済ませる。
エリザさんに今日はもういいと言われ、少し早めに自室に戻らせてもらった。
夕食はお嬢様と外でとってきたので、あとはシャワーを浴びて寝るだけだ。備え付けのシャワールームを眺める。
とは言え、流石に疲れた。動けない、と化粧を落とす元気すら無く、ベッドに倒れこむ。


ちょっとだけ、ちょっと休むだけ…と思っていたらいつの間にか眠っていたらしい。
ぱち、と目を開けてぼーっとしたまま時間を確認するとほんの数分前に日付が変わったばかりだった。
風呂入らないとなぁ、と身体を起こす。それでもぼーっとしていると突然聞こえた控えめなノックの音で一気に目が覚めた。

誰か来た!化粧落とす前でよかった!
「は、はい?」と上擦った声を出しながらドアの前まで行く。私が開ける前にドアは勝手に開いた。

「こんばんはー!よかった起きてて!今日はお疲れ様。ねぇ、お腹空いてない?一緒にピザ食べない?」

えええお嬢様ー!?
部屋の前に髪を下ろしてもう寝るだけ、という寝間着姿のお嬢様が平べったい大きな箱を抱えて立っていた。美味しそうないい匂いがする。

「ピ、ピザですか?」
「うん、他の皆も誘ったんだけど断られちゃって」

そりゃそうだろ、もう日付変わってるんだから。
チーズがたっぷりかかったピザだよ!と言われるがやったー!とは返せない。正直断りたい。疲れたし眠いしお腹空いてないし。
でも、皆よりも少し早めに休ませてもらった手前、疲れたからを理由に断ることはできない気がした。

数秒固まった後「どうぞ」と招き入れるとお嬢様は笑顔で足を踏み入れ、音を立ててさっきまで私が倒れ込んでいたベッドに座り込んだ。
そのまま抱えていたピザの箱を開ける。おい、あの子ベッドの上でピザ食う気だぞ。いやぁ、流石マフィアのお嬢様だぜ。と私の脳内でゴリラが騒いだ。

えへへ、と笑うネオンお嬢様にハハッ、と返す私の目は多分死んでる。
気付いていないのか無視しているのか、どっちか知らないが切り分けられたピザを一切れ渡してきた。

「よかった〜、入れてもらえて!シンシアにまで断られたら一人で食べることになっちゃってつまらないもの」
「はぁ…でもダルツォルネさんとか他の護衛の方々は?」
「無理無理。話に乗ってくれないから楽しくないし、早く寝ろってうるさいもん」

むす、とした様子で返す。
私も早く寝ろって思うけどね、とピザを一口。しょっぱい。

「やっぱり女の子同士じゃなきゃ話なんて合わないよ。それに私、貴女のことまだまだ知らないし、もっと話したいと思ってたの!」

いや、別にこれ以上知らなくていいよ。
そんな私の胸中など知らずにお嬢様はピザ片手にニコニコと話し始めた。

「今日…じゃなくてもう昨日かな?スクワラさんがね…あっ、スクワラさん分かる?」
「いいえ」
「ほら、昨日一緒に来てた人よ。えっと、ダルツォルネさんの部下で私の護衛をしてくれてる人なんだけどね、その人が今度犬をくれるのよ!」
「へぇ、よかったですね」
「うん!それで、名前は何が良いと思う?」
「名前…?」

いきなりそんなセンスが問われる難題を吹っ掛けてくるとはお嬢様ただ者じゃない。

「ちなみに犬種は?」
「ゴールデンレトリバー!」
「あー、賢そうな名前つけなきゃですね」
「ねー!どうしよー!」

きゃっきゃっ、と楽しそうに騒ぐお嬢様は、チーズがたっぷりかかったピザを食べる気になれず、一口かじって手に持ったままの私には気が付かないらしい。
元気だな。私もう眠いよ、と思いつつも仕事だから仕方がないと考える。
ゴールデンレトリバーか…賢い感じ……なんか外国っぽい名前がいいよね?

「あー、クリス…とか?」
「ええ?犬に人間の名前つけるなんて変だよー」

そ、そうなの?結構いるもんだと思ってたけど。ゴールデンレトリバーは知らないけど柴犬に次郎とか付ける人結構いたと思うんだけど。
感性の違いかな、と頬を掻く。人の名前じゃダメなのか。つまり音で決めるってこと?
お嬢様は何故か私に期待の眼差しを向けていたのでそれになんとか応えようと頭をフル回転させる。えっと、えっと、えっと…。

「じゃあ、…クロロ!」
「クロロ?変わった響きね」

悩んだ結果、咄嗟に浮かんだ名前を使ってしまった。
あ、人の名前じゃダメなのにこれを出したってことは私クロロを人間だと思ってないんだな。
お嬢様は「クロロかぁ〜」とピザの残りを口に放り込んだ。何度か咀嚼してごくんと飲み込み、うん!と口を開く。

「いいかも。クロロに決定!」
「えっ、うそ」

まさかの好感触でお嬢様はポンと手を叩いて言った。これ然り気無くクロロは人間の名前じゃないって言われてないか。
どうしよう、予想外の展開だ。えっ、本当にどうしよう。ダメだよねこれ。犬が可哀想だよね?

「あの、自分で言っておいて何ですけどクロロはやめた方が…あんま縁起よくないっていうか…」
「だーめ、もう決定よ。私は気に入っちゃった」
「私はね、犬の将来を思って言ってるんです。どうするんですか、ある日突然盗賊団の団長になったら」
「ええ?なにそれ、おもしろーい!」
「面白くない、面白くないから」

大変なことをしてしまった。

[pumps]