ネオン
「クロロー、クロロ!」

やめて聞きたくない。

耳を塞ぎたい衝動に駆られたがなんとか抑える。代わりにお嬢様がクロロ、と口にする度に眉をピクッと動かすようになってしまった。
いや、私のせいだけど。私のせいなんだけどね。

護衛チームの一人、スクワラさんという男性からゴールデンレトリバーを譲り受けたお嬢様は、宣言通りにクロロと名付けてじゃれていた。
このゴールデンレトリバーはかなりしっかりと躾けられているようで、初めて会ったお嬢様の指示にも従い、お手や伏せをしてくれる。勝手にはしゃいで何処かに行ったり、噛みついたりすることはなく安心して接することができ、一人と一匹は楽しそうに部屋中を走り回っていた。外でやれ。

そんな姿を見てスクワラさんは「世話できなくなったら言ってくださいね。また引き取りますから」と少し心配そうな様子でお嬢様に言う。てっきり微笑ましく見守るもんかと思っていたので意外だった。
まあ、元はスクワラさんの犬らしいし、愛犬が心配になるのは分かるが、きっと散歩とかは私達がやらされると思うからそんな不安な顔しなくて大丈夫だと思うよ。

「そうだ、首輪!ずっと前に買ったやつあったよね、確か」

ふと、お嬢様が立ち止まってそう言った。足元ではクロロ(犬)が尻尾を振っている。
「ねえ、誰かー」と呼ばれたので一番近くにいた私が傍へ行く。

「この部屋の丁度真上にあるコレクション置いてる部屋!そこになんかの…なんだっけ?まあ、いいや。とりあえず皮の首輪があるはずだから、シンシアそれ取って来てよ」
「わかりました」

コレクションを置いている部屋?と来たばかりで屋敷内を把握しきれていない私にはピンとこないが、エリザさんは何やらスクワラさんとお話ししてるようだし、真上なら行ったことはなくても迷わないだろう。
他の人達にちょっと行ってきます、と伝えてから部屋を出た。


「多分ここかな?」

階段を上がり、先ほどいた部屋と全く同じ造りであるドアの前に立つ。
そもそも鍵開いてるのかな、と疑問に思ったがドアノブは簡単に回った。少し開いて中を覗いてみる。

飛び込んできた光景にぎょっとした。
いきなり脚のないミイラらしきものが目に入ったからだ。見間違えかと思って、もう少しドアを開く。
すると今度はちゃんと見えた。うん、確かにいるね。ミイラだね。

なんで?なんでミイラがお出迎え?と中には入らずに部屋を見回してみると綺麗に束ねられた毛髪に液体漬けにされてる何かの一部、他にも沢山あるがごめん気持ち悪すぎてもう見たくないかも。なんだこれ。
声こそ上げなかったが、十分すぎる破壊力を持つこの状況にサー、と血の気が引く音がした。
一歩、二歩と後退り、震える足のせいでバランスを崩すも倒れなかった。後ろから誰かが支えてくれたからだ。

「おっと、大丈夫か?」
「る、ルパン…三世…?」
「は?」

支えてくれた人物の顔を見て呟く。だってなんか似てる。
私にルパン呼ばわりされた彼はぽかんとした後、首を傾げた。

「君、見ない顔だけど新入りかい?」
「ええ…先日お嬢様付きの侍女として入りました。シンシア・ブラウンです」
「へぇ、俺はシャッチモーノ・トチーノだ。ボス…ネオンお嬢様の護衛を務めてる」

ルパンじゃなかった。

「ありがとうございます、シャッチモーノ・トチーノさん」
「フルネームで呼ばなくていいぞ」
「あ、はぁ…」

いや、それよりこれ。この部屋だよ、と声には出さずに閉じた部屋のドアを指差す。

「え?何?」
「いや。この部屋、知ってます…?」
「コレクション部屋だろ?」
「そのコレクションって、コレクションって…」
「ネオンお嬢様のコレクションだよ」
「それは知ってるんですけど、内容がその…」
「ああ、彼女は人体収集家だからね。ミイラとか昔の王族の首とか女優のつま先とか色々集めてるんだよ。まさか、知らなかったのかい?」

知らないでこの仕事についたのか、と驚かれる。全然こんなこと聞いてないんですけど。
何かを集めてるのは知ってた。でも何を集めているのかは知らなかった。
マフィアのお嬢様って言っても案外普通の女の子かと思いきやとんでもない爆弾抱えてたよ。
普通にドン引きしてる私にトチーノさんは「言わない方が良かったかな」と困ったように頭を掻いていた。

「えーっと、それで、君は何の用でこの部屋に?」
「え?ああ、お嬢様に首輪を取って来るよう言われて…あの…何かの皮で出来てるらしいです…」

コレクションについて知っちゃった今ではもう怖い。何だ、何の皮なんだ。
私の代わりにトチーノさんが「何かの皮の首輪…?」とドアを開いて中へ入っていく。一緒に入る勇気がなかったので申し訳ないが彼に任せてドアの前で待つ。
少しして手に浅黒い色をした何かを持ったトチーノさんが出てくる。

「首輪っつたらこれしかないぜ。人の皮で出来てるやつ」
「は………」
「確か拷問で剥いだ皮らしいが…、詳しくは知らないんだ。これを手に入れたのは俺じゃないんでね」

そう言って肩を竦める。
話を聞いて青ざめてる私を気遣ってか「俺が届けてやるよ」と首輪を持ったまま歩き出したので、数秒固まってからふらふらと彼の後を追う。
なんかの皮って人間の皮?何とんでもないもんクロロ(犬)につけようとしてるんだあの子。

スクワラさんが心配していた理由が少しだけわかったような気がした。

[pumps]