ネオン
見覚えがあるんだけど、どこで見たのか全く思い出せない女の子と出会ってから早一週間。実は私はあれから毎日、同じ公園の同じベンチであの子に会っていた。
別に約束をしている訳ではなく単なる偶然だ。私がクロロ(犬)の散歩で公園に来る頃にあの子はいつもベンチに座って本を読んでいるか、何もせずにぼーっとしている。

初めて会った時のように話すことはほぼないが、どこかで見た顔というのもあり、無視をするのも変だと思って挨拶だけしている。
と言っても向こうは忘れっぽいのか私に興味がないのか分からないが、何度会っても私のことを忘れていて五日目くらいまでは毎回初めましてみたいな空気になっていた。私、和服で犬連れてるから結構目立つと思うんだけど…。


「こんにちは」
「…こんにちは」

今日も散歩で公園に行くといつものベンチに彼女が座っていた。挨拶をすると私の顔を確認してから、数秒空いて返ってくる。最近は私を思い出すスピードがちょっと上がったっぽい。
明日もいるのかな、と思いながら彼女の前を通り過ぎる。

「ねぇ」

すると後ろから声をかけられた。いつも私に言われてから「こんにちは」と挨拶を返すあの子の声だとすぐにわかった。
足を止めて振り返ると彼女が本を閉じて私を見ていた。一応辺りを確認する。近くに私以外に人はいない。

「私?」
「うん。お姉さん」

初めて会った時にとても恥ずかしい勘違いがあったので、自分を指差し確認してみたら頷かれた。向こうから話し掛けられるのは初めてなのでちょっとびっくりだ。
女の子は私をじっ、と見つめてから口を開いた。

「毎日来るけど、近くに住んでるの?」
「ええ、まあ」
「ふーん」

そう言うと女の子は口を閉じた。そ、それだけ!?会話終わった!
ちょ、どうするのこれ。なんか私のこと黙って見てるけど何を期待してるの?何を言って欲しいの?家の場所とか?言えないよ。
えーっと、と頬を掻く。そんな私をクロロ(犬)が見上げているのがわかった。無理矢理引っ張ってくれればいいのに、無駄によく躾られているから私の指示を待っている。クロロ(犬)を理由には逃げられない。

「ええと…そっちこそ、毎日いるけどこの辺りに住んでるの?」
「シズク」
「え?」
「そっちじゃなくてシズクだよ」
「ああ、シズクちゃんね。ごめん」

可愛い名前だ。しかしこの名前に聞き覚えはなかった。見たことあるのは私の気のせいだったのかな?

「お姉さんは?」
「私はセリ……あ!」
「セリ…あ?」

やべ、本名言っちゃった!
今の私はシンシア・ブラウン(23)なのに!顔も変えてるのに!
「セリあ?」と聞いてくるシズクちゃんに今更『シンシア・ブラウン』と名乗るのも怪しいと思い、仕方なく「セリです」と本名を名乗ることにした。

ダメだ、いくらなんでも迂闊すぎる。この子はノストラードファミリーの関係者じゃないみたいだからまだ良かったけど、こんなんじゃすぐバレるぞ。
もうちょっと気を引き締めないとな…と思う私の前でシズクちゃんは首を傾げながら「セリ…セリ?」と私の名前を繰り返した。

「セリって、なんか聞いたことあるかも」
「そうなの?」

今度は私が首を傾げる。
私の名前は転生前から変わってない。つまり日本、こっちでいうジャポンの名前だ。
私の周りにもマチ、ノブナガがいるから響き的には別に珍しくはないと思う。てか、シズクって名前もどっちかと言えばジャポンっぽいよね?
シズクちゃんの知り合いに一人くらい同じような名前がいてもおかしくないのでは。

そう伝えようとするが、シズクちゃんは真剣にどこで聞いたか思い出そうとしていた。
そんな、無理しなくて良いんだよ?私もシズクちゃんのこと何処で見たのか全然思い出せないし、もう軽く諦めてるし。
とは、口に出せずに大人しく待っていると暫くしてシズクちゃんはポン、と手を叩いた。

「思い出した。シャルの好きな子だ」
「シャル?」
「うん、そうでしょ?」
「いや、そうでしょ?って……確かに知り合いにシャルはいるけど」
「じゃあセリはセリなんだね」
「そりゃあ私は私だね」

そう返すとシズクちゃんは答えが分かってスッキリしたのか満足そうに頷いた。待って、私はまだ全然スッキリしてないよ。ていうか話についていけてないよ。
シャルって、シャル?あのシャル?いや、待て待て待て。同名の別人という可能性は十分にある。

「シズクちゃんの言うそのシャルってどんな人?特徴は?」
「えっとね、金髪」
「うん」
「あと金髪」
「それ聞いた」
「じゃあもうないや」
「それだけ!?…今のところは私の友達にも当てはまってるけど…」

金髪で名前もしくは愛称がシャルの奴なんて腐るほどいるだろうよ。
大体私がセリだからって、そのシャルさんとやらの好きな子とは限らない。世界は広いんだから他にもセリは沢山いるだろう。ジャポンとかに。

「そのシャルさんの好きなセリってどんな人かわかる?」
「んーっとね、知らない」
「そ、そう」

だめだ、検証できん。
たとえシャルがあのシャルだとしてもセリが私だとは言い切れないし、てかそんなわけないというか。

「そういえば、シャルがそのセリって子についてなんか色々言ってた気がする」
「そうなんだ」
「うん、忘れたけど」

もう何も覚えてねぇなこの子。
多分、シズクちゃんはその話に全く興味がなかったんだろう。それか忘れっぽいんだ。だって毎日会ってた私の顔を覚えるのにも五日かかったし。

「でも多分、セリはシャルの好きな子だと思うよ」
「なにその謎の自信。…そのシャルって人、本名はシャルナークだったりする?」
「うん」
「えっ、嘘」
「やっぱりそうだよね?セリ、念も使えるみたいだし」
「えっ、嘘、えっ」

念という言葉に慌てて凝を使ってシズクちゃんを見ると彼女は綺麗な纏をしていた。
嘘、なにこれ。なにこの展開。

[pumps]