ネオン
なにやってんのこの人、と思ったのは私だけじゃなかったらしい。
お嬢様は不思議そうに窓から外を眺め、エリザさんは不安げな顔で運転席に座る髭面の男性を見ていた。
さらにお嬢様の携帯が鳴る。ダルツォルネさんからのようで、現在地を聞かれたのかお嬢様は「わかんなーい」と返した。
すぐに別の着信音が響き、私とエリザさんがそれぞれ支給された仕事用の携帯を確認するが、どうやら髭面の男性のものだったらしく、彼はハンドル片手に電話に出た。

「ええ、大丈夫です。敵のことは全て把握しています。任せてください。別のルートで目的地に向かいますから」

殆ど一方的にそう言うと通話を切った。どうやら皆にとっても予想外のようだ。
またすぐに携帯が鳴るが、彼は無視して運転に集中していた。今度は私とエリザさんの携帯が同時に鳴る。初めから登録されているダルツォルネさんのものではなく、知らない番号だったが状況的に護衛の誰かだろう。

「はい」
『俺だ。今どこにいる?』

誰だ。
と思ったが、多分声の感じからトチーノさんかな?と判断する。

「分からないです。私この辺の地理に詳しくないんで」
『何か目印になるものは?』
「それが速すぎて周りをよく見れないと言うか」
『OK。君、確か使えたよな?一応聞くけど追跡に役立つ能力とか持ってるかい?』
「無いです。すみません」

私は全て殴って解決するタイプだ。やっぱなんか作っときゃよかったな〜って前も言った気がする。
そんな私に対してトチーノさんは『わかった、こっちでなんとかする』と言ってくれた。元から期待してなかったんだろう。なのに聞いたのは突然のことで護衛は何も対処できていなかったからだ。

『とりあえず携帯は繋がったままにして何か見えたり、車が止まったらすぐに教えてくれ』
「わかりました。あっ」

トチーノさんと話しながら目の前の光景に口を開ける。
咄嗟に堅を使い、隣に座っていたお嬢様を引き寄せた。瞬間、押し寄せる衝撃と耳を塞ぎたくなるような破壊音に反射的に目を閉じた。


『どうした!?』

ゆっくりと目を開き、身体を動かして足元に落ちた携帯を拾って状況を簡潔に説明する。

「事故りました」
『事故!?お嬢様は!』
「無事です」

シートベルトのおかげで後部座席の私とお嬢様とエリザさんの三人は目立った外傷はなく、無事だった。
問題は髭面の男性だ。頭を打ったのか気絶している。念能力者なのに。

マジかよ、と耐久性の低さにちょっと引いた。
運転席にいるから一番強い衝撃を受けただろうし、突然のことだったので堅はまあ、間に合わなかったとしても纏とかしてなかったの?この人本当に護衛?偽者じゃないの。
こんな勝手なことしておいて、いくらなんでも酷すぎると呆れているとさらに参ったことにこれがただの事故じゃなかったことに気が付いた。

目の前には私達が衝突した黒塗りの車。周りにも黒塗りの車。いつの間にか囲まれていて、ぞろぞろと怪しい人達が物騒なものを持って降りてきた。どう見てもカタギじゃないし、味方でもない。
私達の車はぶつかったのではなく止められたのだ。どうも敵はあれで全部じゃなかったらしい。

こういう時って護衛がなんとかするんだよね?と思うもその護衛は運転席で突っ伏している。そうなるとダルツォルネさんの思惑的には私が盾にならなくてはいけない。
マジで…と思ったが、凝をしてこちらへ歩いてくる方々を確認した後、仕方ないので車を降りた。

そのまま髭面さんの代わりに、先手必勝とばかりにろくに対話もせずとりあえず全員右ストレートでぶっ飛ばしておいた。

人の気配がなく誘拐・殺人には持ってこいなこの場所に20人近く居たはずが、あっという間に立っているのは私一人になった。だってこの人達全員念使えなかったんだもん。
見た目は怖いけど、非念能力者なら武器にさえ気を付けていれば楽勝だ。格闘に長けたタイプがいなかったことも幸いした。
これで実は善良な市民だったからどうしようか、と心配になったがその時はその時だ。過剰防衛?知るか紛らわしい。

殺してないよね?と倒れたままぴくりともしないマフィア(仮)達を一通り眺めた後、私達の乗ってきた車に目を向けるとエリザさんがぽかーんとして、お嬢様は「えー!シンシアすごーい!」と目を輝かしてはしゃいでいるのが見えた。なにあの子怖い。

この先どうしたら良いのか分からず、エリザさんに話し掛けると彼女はハッとして「ちょっと待って!」と私に言ってから車内に落とした携帯を拾い上げ、ここにはいない護衛メンバーに現在の状況と位置を報告した。

彼らは案外近くまで来ていて、すぐに到着した。厳つい男達がボコボコにされている惨状を見て絶句していたのは言うまでもない。
ダルツォルネさんがまず最初にお嬢様の安否を確認する。

「私は大丈夫〜!結構スリルあったかも!」

そう返して笑ったお嬢様が私は一番怖いわ。

[pumps]