ネオン
その後、私はダルツォルネさんから感謝はしてるけど当然のことだよな的なツンデレっぽいお言葉を頂いた。
お嬢様やエリザさん、あとスクワラさんからは素直に感謝されたが、トチーノさんや他の護衛さん達からは「君があんなことをする必要はなかった」と軽く怒られた。

向こうの狙いは間違いなくお嬢様だが、彼女には様々な利用価値があるため殆どの襲撃は誘拐目的であり、すぐに殺されるなんてことはまずないのだと言う。
つまり、あの場は大人しく捕まっておくのが正解だったのだ。勝てたから良かったものの、下手したらお嬢様は死んでいたかもしれない。
私がその辺の事情に疎いことは皆わかっていたので、それ以上強くは責められなかった。まあ、軽率な行動だったのは間違いない。はい、反省します。

そんなこんなで予想外の出来事はあったものの特に予定を変更することもなく、過酷労働ツアーは続いた。お嬢様と護衛さん達のメンタル強すぎてやばい。
しかし私は「疲れたでしょ?」というお嬢様の配慮により、食事後は同行せずに暫く宿泊先のホテルで休ませてもらえることになった。

カジノに出掛けるお嬢様方を見送り、一人ベッドで横になる。
髭面さんはどうなったんだろう。皆が来た後もずっと気絶していてダルツォルネさんが回収していたようだが、あれ以降見掛けていない。私が周りを見る余裕がなかったということもあるが。
一応怪我人みたいなもんだし、彼もホテル待機だろうか。

まあいいや。それよりも今回の件で困ったことが一つある。
私、護衛の人達にちょっと怪しまれているかもしれない。

念は使えるが大した使い手でもない、基礎すら危ういという設定のシンシア・ブラウンが、20人近い武装集団を倒したのだ。
私は一応戦闘の経験があるからこそ勝てたのであって、特に何の経験もないシンシア・ブラウンが奴等を右ストレートでぶっ飛ばすなんて不可能に近いのだ。しかも無傷。そりゃ怪しいわ。

一応「これ君がやったの…?」とトチーノさんに聞かれ「使えないみたいだったんで、オーラ飛ばしときました」と放出系とも思われるような曖昧な回答をしておいたが、恐らく嘘だとバレてる。
念弾と殴り傷は全然違うし、非念能力者相手とはいえ一発で戦闘不能にできるような威力の念弾が使える時点で“基礎すら危うい念能力者”な訳がない。

だから向こうは私が少なくとも何か隠している、ただの女ではないと勘づいているはずだ。
そうなると戸籍乗っ取りに気付かれる可能性がでてくる。

バレたら不味い。私に一切裏が無くても無戸籍ではそれを証明することができない。
一番の問題は嘘をついていたこと。初めから無戸籍の『セリ』として雇われたならまだしも他人の『シンシア・ブラウン』に成り済まして来たのだ。
そんな奴の言葉なんて当然信用できない。でも存在しない人間なわけだから、いくら調べても何も出てこない。
つまり私は“どこと繋がっているか分からない怪しい奴”となるわけで、そんな奴をお嬢様の側に置けるはずがない。

参ったな〜、どうしよう。まだ雇われて一ヶ月経ってないんですけど。一年はここにいたいんですけど。
これは全て先走った自分の責任だ。いや、ちょっとくらいは髭面の人の責任もあると思うけども。


***
それから四日後、過酷労働ツアーも無事に終わり、屋敷に戻ってきた。
あれから特に何も言われていない…と思ったら、今朝自分の部屋を出た瞬間にダルツォルネさんからお呼び出しが掛かり、色々覚悟を決めた。
内容によっては逃げなくては、とか色々考えていたのだが全て杞憂に終わった。

「お嬢様が君に助けてくれたお礼をしたいらしい」
「お礼?」
「ああ。詳しくは本人に聞いてくれ。今から部屋に行くぞ」

そう言って彼は歩き出してしまったので私も後に続く。お礼ってなんだろう?別に怪我もしてないし、余裕だったからいいんだけど。

前を行くダルツォルネさんは特に口を開く様子を見せない。バレていないのか、それとも全てわかった上で放置しているのか。
流石に放置は無いだろうから、まだバレてないんだろう。少しほっとする。
丁度良かったので気になっていたことを聞くことにした。

「そういえば、あの人どうしてます?髭の人」
「奴なら処分した」
「えっ」

躊躇いもなくそんなことを言われて、足が止まりかける。しょ、処分って…処分って…。
私が動揺していることに気付いたのか、ダルツォルネさんが言う。

「君が気にする必要はない。代わりも捜している」
「はぁ…」

いや、気にするよ。だってもしかしたら同じような目に遭うかもしれないんだぞ。
マフィアの処分ってどんな感じなのか想像もつかないけど、きっと凄まじいものなんだろう。
結局私は彼の名前も知らなかったな、と思いながらこっそり合掌しておいた。

[pumps]