ネオン
「この間のお礼をしたいんだけど、何か欲しいものってある?」

金かな。

とは流石に言えなかった。こんなこと言えない。本音は隠して生きるものだ。
しかし欲しいものと言われても札束しか思い付かないので特にないです、と答えると「じゃあ行きたい場所とか!」と聞かれ、それも特に無かったので首を横に振った。

「えー!うっそ〜、どうする?ダルツォルネさん」
「そう言われましても本人が何も求めていないようですし、どうとも」
「でも助けてもらったのに!」

何もしないなんてよくないよ〜!と天蓋付きの大きなベッドの上でお嬢様は手をばたばたと振った。
何かないか何度も聞いてくるが本当にお金以外何もない。私って純粋。

それでもお嬢様は何かしたいらしい。困ったな。
どうにかしてくださいよ、とダルツォルネさんを見る。私の視線を受けて彼が口を開いたのとお嬢様が「あー!」と叫んで立ち上がったのは同時だった。

「それじゃあ占ってあげる!」
「占い?」
「そう。シンシア知らないんだっけ?私、占いやってるの!」

そうなの?と首を傾げているとお嬢様はベッドの上に散らばっていた紙を一枚取ってテーブルの側まで行き、置いてあったペンを手にした。
「それは…」とダルツォルネさんがお嬢様を止めようしたのか手を伸ばすが、無視。

「さ、こっちに座って!」

そう言ってお嬢様は二脚あるうちの片方を示した。
何か思うところのあるらしいダルツォルネさんを見たが、彼は何も言わなかったので言葉通りに椅子に座る。お嬢様がもう片方の椅子に腰掛けた。

「それじゃ、この紙に生年月日と名前と血液型書いて」

先程取ってきた紙とペンを渡される。占いって水晶とか使うんじゃないんだ。
これどういった類の占いなんだろう、とペンを動かしながら聞く。

「この占いって何を占うものなんですか?」
「えっとね、月の週ごとに相手に起きることを予言するものなんだけど、四行詩になってて、あー、実際に見た方が分かりやすいかな?結構評判良いんだよ!」
「へえ、そんなによく当たるんですか?」
「うん。百発百中だって」

そりゃすごい。すごいけど、そんなのあり得るの?
大して期待もせずにシンシア・ブラウンという名前、彼女の生年月日と血液型を書いた紙とペンをお嬢様に返す。
お嬢様は受け取ったペンをくるりと回すともう片方の手で紙を持ち、じっと見つめる。

すると彼女が握るペンに何かが現れた。初めはぼんやりとしていたそれは徐々にはっきりとした姿になった。
真っ先に目についたのは大きな口。頭頂部に羽が生えていて、緑色のそれは動いている。生物だろうか?
……て、あれ?なんかこれ見たことあるんだけど。

シズクちゃんを初めて見た時と全く同じだ。私はこの生物に見覚えがある。
というか、これ普通に考えて念能力だよね?凝をしなくても見えるってことは、あの生物は具現化されているのか…え?待って、お嬢様って念能力者?

慌てて凝をしてお嬢様を見るが、彼女は纏をしていなかった。
纏は四大行の一つであり、いわゆる基礎だ。念を知ったらまずこれをマスターして、そこから練や発に繋げていく。
それが出来ていない、ということは彼女は“念”を知らない。つまり、知らずに使っている?
そんなこと出来るの?と過去に教えてもらった内容を振り返っているとペンに憑いていた生物が消えた。

「あれ〜?変だな、出来ないや」

そう言ってお嬢様がペンをもう一回転させる。彼女が持っている紙には、私の名前と生年月日と血液型だけが書いてあった。
お嬢様の後ろにいたダルツォルネさんの視線が刺さる。

まさか。

***

家庭教師との勉強時間になったため、一度お嬢様の部屋を出た。暫くは自由時間だ。
ダルツォルネさんとも別れてすぐに廊下を進む。彼から少しでも離れたくて自然と早歩きになっていた。
あれからお嬢様は何度も挑戦したが、何も起こらなかった。申し訳なさそうに謝られ、お礼はまた別のことをすると約束してもらった。お礼なんて正直どうでもいい。

占いが何故上手くいかなかったのか、私には心当たりがあった。
あの占いが念能力によるものならば、失敗した理由として考えられるのは偽名だからか、既に『シンシア・ブラウン』は死んでいるからか。
詳しい発動条件は分からないが、このどちらか或いは両方のせいだろう。

まずい、非常にまずいことをしてしまった。
お嬢様に理由が分からなくても、ダルツォルネさんには分かったはずだ。直接言うことはなくとも彼は確実に私を不審に思っている。

もうだめだ、バックレよう。

彼は今後、私ことシンシアの戸籍を洗う。完全犯罪がありえないように、私の乗っ取りには必ずどこかに綻びがある。
全てがバレて私の存在が消されるのも時間の問題だろう。髭面さんの処分までの早さといい、あの人容赦無さそうだし。

自室に飛び込み、大して多くもない荷物を鞄に詰める。すぐにここを出なくては。
ちなみに戦うという選択肢はない。何故なら戦ってどうにかなる問題じゃないからだ。
私が負ければそのまま消されるし、勝ってダルツォルネさんが居なくなったり、怪我をしたらそれはもう組全体を巻き込んだ問題になる。
完全に相手が悪かった。組のしたっぱならこっそり消せるが、護衛団のリーダーだもん。だめだこりゃ。

荷物を纏めた後、一応自分でわかる範囲の指紋を拭き取っておく。
指紋を採取されてもどうせ私には辿り着けないのだが、ノストラードファミリーみたいな大きな組に記録が残ると今後裏社会系の仕事で何かあった時に面倒なことになる。


一通りの痕跡を消した後、絶をして廊下に出る。
そのまま忍び足で屋敷の出口まで向かうと案外簡単に外へ出られた。楽勝過ぎて逆に何かあるんじゃないかと不安になるレベルだ。

ちょっと早まりすぎたかな、とも思ったがこれでそのまま知らん顔して働き続けてある日突然処分しますなんてことになったら笑えない。
元々念能力者相手の戦闘経験が殆どないので、ダルツォルネさん相手に勝てるか逃げられるかも分からないし、彼だけでなく他の護衛メンバーも敵に回ったらもう無理だ。ということで。

門を出たところで一度振り返る。
お世話になりました、と一礼して足早にその場を立ち去った。

[pumps]