奥様はゾルディック

「キキョウがぁ?俺は絶対に行きませんよ」
「ええ、あなたは呼ばれてないから来なくていいわよ」
「……………」
「何の話?」

あのかくれんぼ大会(大乱闘)が終了してから随分経った。あれ以来本当に私は旅団と一緒に修行していて毎日死にかけてたりする。
そんな中めずらしく……というか初めてじゃないか?スズシロさんが私達の家へやってきた。入ってすぐにナズナさんに「お茶は?」と言うと一つしかない椅子に腰掛け「キキョウが家に来いって言ってるの」と切り出した。
それに対してのナズナさんの答えが冒頭のアレである。キキョウって誰だ。
全く話がわからない私のためにスズシロさんが『キキョウ』の説明をしてくれた。

「私の……妹みたいな子がね、この間子供が生まれたらしくて」

ここでナズナさんからお茶が差し出される。それに口をつけ、一息つくとスズシロさんは続きを話し出した。

「どこで聞いたのか知らないけど、私が養子をとったことを知ったみたいなの」
「養子?」
「あなたのことよ」
「え!?」

私ってスズシロさんの養子だったの!?今、初めて知ったんだけど!
ていうか普通こんなタイミングでこんなにあっさり言うか!?私って表向きは何も知らない純粋な子供だよ!

「それでね」

しかも話続けんのか。

「キキョウに『ぜひ一度会いたいから息子の誕生祝いも兼ねて連れて来て』って言われちゃって」
「は、はぁ…?」
「息子ってアイツもう上に2人いますよね?」
「ええ、3人目よ。今のところ全員男の子。だから余計セリに来てほしいのかしら」
「あー、…なるほど」

なにがなるほど?
詳しい事はよくわからないけど、そのキキョウって人は「できれば女の子も欲しかったなぁー、あっそういえばスズシロさん養子とったんだっけ?しかも女の子!よーっし呼んじゃえ!」ってことになったのかな?完璧に私の想像だけど。
基本的にお母さんって娘を欲しがるよね。もし、そうならキキョウさんの気持ちは何となくわかるなぁ。

「私、行ってもいいよ」

スズシロさんの妹みたいな人だし、ここは一肌脱ぐべきだろう。それに流星街の外に出られるチャンスだ。危険がある場所に行かないならハンター世界の観光とかしたい。あ、一度は観光バスでゾルディック家前にも行ってみたいかも。
スズシロさんは私の答えが予想外だったのか目をパチパチさせた。しかしすぐに優しげな笑みを浮かべる。

「あら本当?キキョウが喜ぶわ」
「…お前考え直した方がいいよ。キキョウもそうだけど、あそこの家族って」
「ナズナ?余計な事言わないでよ。セリが怖がるでしょう」

行ってもいい、と答えた私に対してナズナさんは顔を顰めると何かを言おうとしたが、それはスズシロさんによって遮られた。セリが怖がるでしょう……って怖がる何かがあるの?

「ナズナさん、行かない方がいいんですか?」
「あー、いや……痛っ!…や、やっぱりいいんじゃない?あそこん家金持ちだし、いい経験になるって」
「そうね、美味しいもの食べさせてもらえるわよ」

痛っ!てなんだ。今なんか起きたぞ。
どうやらキキョウさんとその家族は間違いなく普通じゃない何かがあるらしい。でも、キキョウさんってスズシロさんの妹みたいな人らしいから多分流星街出身だよね?
それでお金持ち……ということはつまりお金持ちの旦那さんに見初められたってこと?すごい、キキョウさんって流星街のシンデレラじゃん!
少し興味が湧いてきた。キキョウさんってどんな人なんだろう。シンデレラだから相当魅力的な人なんだろうな。

「どう?セリ、一緒に行ってくれる?」
「行きます!」

即答するとスズシロさんが嬉しそうに頷いた。ナズナさんが「あ〜あ、言っちゃった」って顔してるのは気付かなかった事にしよう。
良いじゃないか、美味しいものも食べられるみたいだし。まぁ、怖いもの見たさも多少あるが。

「なら、明後日出発しましょう。向こうに着くまで1週間くらいかかるからね」
「え、そんなに遠い所に住んでるの?」
「ええ、パドキアってところのククルーマウンテンまで行くわよ」
「えっ」

恐ろしく聞き覚えのある地名に固まる。
あの、キキョウさんってゾルディック家に嫁いだんですか?

***

今は1987年、今日は8月31日。転生前の世界では少年少女達が宿題に追われる日と言われていた。ご多分に漏れず宿題に追われる一人だったはずの私は、何の因果か暗殺一家のお宅へ遊びに行くことになった。
確かに家の前まで観光しに行きたいとは言ったけど、家の中に入りたいとは言ってないよ私。
初めての外出は嬉しい。今までナズナさんのお下がりばっかり着てたのに新品の可愛いワンピースを着せてもらえたのも嬉しい。
けど目的地とそれまでの移動がなぁ…。

飛行船の窓から外を眺めながら溜息をつく。
ハンター世界の交通手段は変わってる。車も電車もあるのになぜか飛行機はなくて飛行船。しかもこれならパドキアに行くまで1週間かかるのも頷けるってくらい遅い。
それよりも飛行船に乗るまでの移動が大変だった。まず流星街を出て最も近い町へ行き、そこからバスで港へ。船に乗ってヨルビアン大陸に向かい着いたらちょっと走って別の街へ移動。その後電車でヨークシンシティに行ってリンゴーン空港からパドキア共和国行の飛行船に乗る……といった感じだ。
忙しすぎてせっかく流星街の外に出れたというのに周りを見る余裕が全くなかった。
途中ちょっと走って、とか言ってるがちょっとどころじゃなくてフルマラソンだし。汗ひとつかかず移動し続けるスズシロさんは流石だと思うけど怖かったです。

そのスズシロさんは、隣でコーヒーを飲みながらガイドブックを読んでいる。これから暗殺一家の元へ行くとは思えないほどのリラックス具合だが、やっぱり何回か行った事があり慣れているんだろうか?肯定されるのが怖くて聞けない。
今思えば、ナズナさんがゼノの名刺を持っていたのはこういう繋がりがあったからなんだろう。というかゾルディックの奥様がキキョウって名前で流星街出身とか初めて知ったぞ私。
キキョウさんってあのドレス着て顔に包帯巻いて目にキュイーン!っていうのつけてるキルアのお母さんでしょ?いつもカルトと一緒にいた……ってそもそもゾルディック家って何人いるんだ?

スズシロさんがコーヒーを頼んだ時に一緒についてきた紙ナプキンと胸ポケットに入れているボールペンを借り、名前を書き出してみた。
まずキキョウさんカルトにキルア、ゼノ。あとはシルバに……あの人間っぽくない人?に………あと誰だろう?
遠い昔の記憶を呼び起こす。確かキルアは上にも下にも兄弟がいたはずだ。全員名前がしりとりで真ん中に『ル』がつくから……あっ、そうだ豚と長髪の兄がいるんだ。
キキョウさんが言ってる3人目の子供は時期的にキルアだろう。上2人は豚と長髪。あ、豚は次男だっけ。
じゃあ順番は長髪・豚・キルア・4人目・カルトで、全員しりとりだからキルアの次はアルカかな?うーん、全然知らない子だ。
長髪と豚の名前はなんだろう?顔は一応わかるんだけど名前は覚えていない。しりとりで真ん中に『ル』がつく名前だから豚は〇ルキになるはずなんだけど。

それぞれの顔を思い浮かべる。
あれ、そういえばお父さんの名前ってシルバだよね?…シ『ル』バ?

「これは…、まさか!」

紙ナプキンに書かれたシルバの名前を丸で囲む。
ゼノ→シルバの繋がりは意味不明だけどシルバ→息子にはひょっとして繋がりがあるのでは?つまり長男である長髪の名前はバから始まりルが入る!
ということはバル………うう〜ん…………オ、かな?豚がオルキ?全員の名前を紙ナプキンに順番に書いてみる。

バルオ→オルキ→キルア→アルカ→カルト

あれ、なんか違う気がする。

[pumps]