9月1日
1999年9月1日。私はヨークシンシティにいた。
今の時期にこの街へ来る人は殆どがオークション目当てだろう。

ヨークシンで行われるオークションは、年に一度開催される世界最大の大競り市。9月1日〜10日の日程の中で公式の競りだけでも数十兆の金が動くとされる。
1万で競り落とした品物が1億で売れることもある夢の市だが、その一方で数万点に及ぶオークションハウスにまぎれ、犯罪に関わるモノのみを扱う“闇のオークション”も多数存在する。

そして私は仕事先の都合で闇のオークションこと地下競売に参加することになった。
早速今夜21時から始まるそうで、参加するのは私と私の少し前に雇われたらしい男性二人。基本的に三人一組でしか中に入れないらしい。
たかが競売なので当然ながら雇用主のボスは来ない。雇われ護衛三人で何とかしなきゃいけないのだ。
地下競売で一番怖いのはノストラードファミリーとの遭遇だが、今回はほぼ素の姿で行動するので一見では向こうも分からないはずだ。私自身が気を付けていれば問題ない。


20時に会場前集合とだけ言われて、それまでは自由時間になったが準備が色々ある。
準備のために18時には借り物の黒いドレスを紙袋に入れて、宿泊先のホテルを出た。ハギ兄さんの彼女Eが近くに住んでいたのでそこに寄って化粧と髪型のセットを手伝ってもらう。
その場で黒いドレスに着替え、それまで着ていた服だけでなく携帯も紙袋に入れて彼女Eに預けた。地下競売ではセキュリティのために武器や記録装置、携帯等の通信機器の持ち込みは禁止されているためだ。
支給品ならまだしも私用の携帯を組の人に預けるのは嫌だし、ホテルに置いていくのも怖いので一番信用できる彼女Eにお願いし、手には行き帰りのタクシー代だけが入った財布など最低限の物だけを入れた小さなバッグを持って地下競売が行われる会場へ向かう。


オークション開始一日目ということもあるのか、とっくに日が暮れているのに外を歩く人は多く、かなり賑わっていた。そんな中でも一際目を引く行列があった。

人だかりで何をやっているのか見えないが、周りの人に聞いてみると条件競売の真っ最中らしい。
参加費用は1万ジェニー。落札条件は腕相撲に勝つこと。それだけで300万相当のダイヤ(鑑定書つきの本物)が手に入る。

えー!それ私の出番じゃないの!?私のために存在してるんじゃないの!?
行列の側にいたふくよかな男性に時刻を訊ねれば、19時10分だと返ってくる。結構な人数が並んでいるが腕相撲だからか進みは早い。集合時間には十分間に合うだろう。
バッグから1万ジェニー札を取り出して握りしめる。タクシー代だけどいいや、自分で走った方が速いし。
列の最後尾につくと先程時刻を訪ねたふくよかな男性に驚いた顔で言った。

「お嬢さん、挑戦するの?やめときなって。150人以上挑戦してるけど皆負けてるんだから」
「心配ご無用です。私はずーーっと昔に同郷の連中とやった第一回わんぱく腕相撲大会で堂々の5位ですよ。誰に勝って誰に負けたか覚えてないけど確かクロロには勝ってました」
「う、うん。やめときな」

お金が無駄になる、と止める男性の声は流して自分の番を待つ。
だって、たった1万で300万のダイヤだよ?どんな強い男が相手か知らないけど腕相撲なんて最悪念を使えば余裕だよ。
手に入れたらヨークシンにいる間暫く化粧でお世話になるだろう彼女Eにあげるんだ。私の彼女じゃないけど。

予想通り列の進みは早く、私の番はすぐに回ってきた。ここまで来ると相手がどんな人達なのか顔もちゃんと分かる。
背の高い黒いスーツの、ついこの間再会してまた別れたばかりの、ハギ兄さんに騙されてラマーズ法を使った修行をしていた青年に参加費用の1万ジェニーを渡す。
くしゃくしゃになったお札を受け取った青年レオリオは私の顔を見て、カッと目を見開いたかと思えばこの世の終わりのような顔をした。

「ふ、二人目の…お、おん…女の…子の挑戦だ…!」

なんで声震えてんだレオリオ。さっきまでの元気はどうした。野次馬の方が何百倍も元気だぞ。
腕相撲の相手はゴン。疲れているのか汗だくだったが私を見て、驚いた後、にこっと笑った。天使か。
それに対してゴンの斜め後ろでダイヤを持ってるキルアの顔。やばいこいつは…こいつはゴリラだ…みたいな緊張感の漂うあの表情は昔イルミに家へ連れ戻されそうになった時にしてた顔に匹敵すると思う。
事の重大性を察したキルアがダイヤ片手に胸を叩き、レオリオもそれに応えて両腕で胸を叩いた。そのジェスチャー私にバレバレだからね!?

挑戦者用の席について右手を出す。左は握って机の上、と指示される。
レオリオの掛け声で同時に力を込めた。ゴンはかなり強かったが、正直敵じゃないな、と思った。すげぇ私マジでゴリラ。念使ってないのに。

机が大きく軋み、ミシミシと音を立てるので怖くなって少し力を弛める。それでもゴンは多分私に勝てない。
今までこんなに長引くことはなかったようで周りの野次馬の声が大きくなる。大体が私への応援だった。
ちら、とキルアの方を見る。見なきゃよかった。やめろゴリラ、と眉を下げて首を横に振るのだ。
急速に力が抜けていくのを感じ、私の右手が勢いよく机に叩き付けられた。

「惜しいー!!はい!残念っ!!よかった〜!!」

本音出てるぞレオリオ。
ゴンが自分の右手を見て「セリさん、あの」と私に何か言おうとするが、聞こえないフリをしてその場を去った。
もう一戦しようとは思わなかった。私ってキルアに弱いんだ。



「どこ行ってた!?遅い!」
「すみません、ちょっと腕相撲を…」
「はぁ!?」
「間に合ったからいいだろ。行くぞ」

集合場所の会場前に着いたのは19時58分。間に合ってはいるが、ギリギリだった。
諌められても一人はまだ怒っていたが、いくら仲間同士でもあまり揉めているとつまみ出される可能性があったので直接こちらに何か言うことはなかった。
二人に続いて金属探知機のゲートを潜る。すると何の問題もなかったはずなのに横にいた警備の人にめちゃくちゃ見られた。
不思議に思いつつ、先に行く二人を追って進むがまだ視線を感じる。なんだあの金髪。

[pumps]