9月2日
ハギ兄さんとの電話の後、ケーキを食べて暫く悩んでから無くしたバッグの代わりに紙袋に携帯を入れ、彼女Eの家を出た。
あまり外出しない方がいいんだろうけど、ホテルに荷物置きっぱなしだからヨークシンから離れるにしても残るにしても、とりあえず回収しないと。いつでも移動できるように荷物は纏めて置いた方が良い。

ただ競売を襲ったのが旅団で彼らが流星街の出身だと分かれば、マフィアは流星街との関係が拗れるのを嫌ってこの話はなかったことにすると思うんだけど、どうだろう。旅団は完全に喧嘩売りにいっちゃってるし、流石にそこまで甘くないだろうか?
でも、もしそうなれば私もそんなに気にすることなく過ごせる。慌ててこの街を離れる必要はないはずだ。顔バレしたけど調べても何も出てこないことは確かだし、写ったのが横顔だけのおかげで化粧と髪型で大分誤魔化せる。

問題はその誤魔化しのきかない面々か。私をよく知る人、キルアとかゴンとかレオリオとか…クラピカとか。
彼らの目的は何かわからないがヨークシンにいることは確かだ。あの写真を見て、私が旅団だと勘違いされたらやばい。
仮に誤解を解いたとしても私が旅団と仲良くしているのは事実なわけだし、折角よくなりかけていた関係も崩れる。…前にもこの事を考えてすぐに止めた気がするな。

大股で歩を進めていると途中の横断歩道で赤信号につかまる。
信号待ちをしている間、周りの目が気になり、ずっと落ち着かずにそわそわしていた。うわ、私怪しい。
あの写真はまだ一部の人しか見ていないと分かっているが、その一部の人がどこにいるか分からない。ヨークシンに居ないハギ兄さんが知っていたように、ネットでどんどん拡散されているみたいだから、もう既に一般人の目にも入っているかもしれない。有力な目撃情報には金を出す、とか言えば結構な人が協力するだろう。ちょっとでも似てると思われたら終わりだ。


赤信号が青に代わり、早歩きで渡る。
と同時に紙袋に入れていた携帯が鳴る。心臓が止まるかと思うくらい驚いた。

着信だったが、誰からなのか携帯を取り出して確かめる勇気はなかった。気付かないフリをして歩き続ける。音が止み、暫くして今度はメールが届いた。多分、二件。それでも取り出す勇気はない。

私がその電話とメールの相手を確認したのはホテルに着いて、部屋に入って扉の前に座り込んでからだった。うまく言えないけどなんか死にそうな気分。
普通に考えればハギ兄さんか、旅団の誰かからだろう。でもそれ以外の可能性があって、私はその場合を一番恐れているからずっと確認する気になれなかったのだ。
勇気を振り絞って携帯を見る。不在着信一件。新着メールが二件。ゴンとキルアからだった。
最初の着信はゴン、その次に来たメールも彼だ。

[今どこにいるの?]

昨日くれたメールとは打って変わって簡潔な文面に浮気疑ってる彼女かよとか突っ込む気力はもうどこにもなかった。
ぼーっとしながら次のメールに目を通す。キルアからだ。

[話がある。出来れば直接会いたいからメール見たら連絡くれ]

だからお前彼女かよ、別れ話かよと突っ込む気力は以下略。
一番恐れていたメールだった。一旦落ち着こう、とゆっくり息を吐いて携帯を床に置き、正座した。

彼らが私にメールをくれた理由は考え付く範囲では二つのどちらか。
一つ目は腕相撲ではゆっくり話せなかったし、ヨークシンにいるなら一回会ってお話ししよう、の友好的なお誘い。
二つ目は写真見たけどお前ちょっと面貸せよ、でマフィアに売られるパターン。

まあ、じっくり考えなくてもメールの雰囲気から分かるよね。これは売られるパターンですわ。
彼らがヨークシンに来たのはきっとオークションが目的で、腕相撲で稼ぎまくっていたということは、そのためのお金が必要なんだ。なら、マフィアの条件競売に参加しててもおかしくない。

いや、そうだとしてもすぐに売られずに確認だけして放置という場合も十分あり得る。写真の面々が旅団であることに気付いているか分からないが、まず私が本当に賞金首なのか確認するだろう。
地下競売の件にもほぼ関係な……くはないけど直接は何もしていない、偶々写っちゃっただけと分かれば少なくとも問答無用でマフィアに引き渡されることはないはずだ。付き合いの長いキルアがいるし、少年漫画の主人公チーム(正義側)だからそう信じたい。

ただこれはマフィアには、である。クラピカには、どうか分からない。
私が賞金首でないなら何故写真に写っているのか、という話になる。そして一緒に写っているのは誰なのか勿論聞かれる。
写っているのが旅団で私がその関係者だと分かれば、彼等は絶対にクラピカにその事を伝えるだろう。もしかしたらもう旅団だと気付いていてとっくに言っているのかもしれないが、それならクラピカは個別で私にコンタクトを取ってきそうなので、今の時点で連絡がないということはクラピカはまだこの事を知らないはずだ。

私はどうするべきなんだろう。
このまま無視して流星街に逃げるか………彼らに会うか。

無視するなら私は二度と彼らに会えない。携帯も変えて関係している人とは縁を切らなきゃいけない。写真の彼らが旅団だとわかったら、ゴン達は賞金なんて関係なくクラピカのために私を捜す。
彼らに会ったら会ったで私は決断を迫られる。どちら側に立つのかだ。私が個人の念能力だとか有益な情報を一切持っていなくても“旅団と知り合い”というだけで十分利用はできるのだから。

正直どちらを選んでもそう変わらないと思う。
私は来るところまで来てしまったのだ。

[pumps]