9月3日
「ほぉ、オメェ腕相撲でシズクとセリに勝ったのか」

ノブナガがゴンに向かって言う。
左利きなのに右でやったとか可哀想だったからとか挑戦した側からすれば色々理由はあるもののそんな事情はゴンに関係ないし、勝ったという事実は変わらない。
うん、と緊張した面持ちで肯定するゴンとその後ろで上手く誤魔化せたことに安心したのか「まさか旅団の人だとは思わなかったなァ」と先程よりは落ち着いてキルアが返した。まあ、言ってることは嘘ではない。

「よし、俺と勝負だ」

興味を持ったのか、ノブナガがそんなことを言い出し、瓦礫の山から木の板を引っ張り出すとそれらを組み合わせて簡易的な台を用意した。
そんなことをするためにゴンとキルアを連れてきた訳ではない筈だが、周りは特に咎めることもなく、むしろ二人の対戦を観ようと側へ行った。


***
もう何度目になるだろうか。ゴンの右手が叩き付けられる。

「もう一度」

ノブナガはゴンに対して一切手加減しなかった。勝敗は一戦目からずっと同じだ。それでもひたすら繰り返すのだ。

「もう一度」

固い木の台に何度も打ち付けられているせいでゴンの手の甲からは血が出ていた。
痛みか焦りか、額からは汗が滲み出ている。何が目的でこんなことを繰り返すのか私にはさっぱり分からなかった。苦戦する様子もなく楽に勝っていたのに。ノブナガはゴンに勝ってほしいのだろうか?ゴンが本気を出していないとでも思っているのだろうか?

「なァ、俺ぁ旅団の中で腕相撲何番目に強いかね?」

小刻みに震えているゴンの右手を見ながら、ノブナガが周りで観戦しているメンバーに聞く。

「7〜8番ってとこじゃねーか」
「弱くもないけど強くもないよね」

答えたのはフランクリンとマチだ。ノブナガは強化系だが素の力はそこまで強くない。
仲間に確認をとると今度はゴンに向かって淡々と語り始めた。

「でよ、一番強ェのがウボォーギンて男だったんだが、こいつが鎖野郎にやられたらしくてな」

すかさずキルアが反応する。

「だからそんな奴知らないって言ってんだろ?」
「おいガキ、次に許可なく喋ったらぶっ殺すぞ」

言いながらゴンの手を先程より明らかに強く打ち付けた。キルアを黙らざるを得ない状況に追い込み、さらに「もう一度」とゴンに言う。
しかし今までの対戦とは違い、手に力を込めたままノブナガはウボォーさんの話をした。強化系で単細胞、でも時間にうるさい。力では敵わなくて喧嘩じゃボコられっぱなし。

「旅団設立前からの付き合いだ。俺が誰よりよく知ってる」

声色は今までよりもずっと低い。淡々としていた語りがいつの間にかどんどん重みを増していることに気が付いた。

「あいつが戦って負けるわけがねぇ…汚ねェ罠にかけられたに決まってる!!」

声を震わせてそう言ったノブナガは泣いていた。私はノブナガが泣く姿なんて始めて見たので驚いた。
同時にす、と心が冷めていくのを感じた。

「絶対に許さねぇ、何人ぶっ殺してでも探し出す!」

今まで散々自分達の都合で人を殺しておいて、あまりにも自分勝手すぎないか。いざ自分がやられたらそんな風に泣いて、絶対に許さないだなんて。
全くと言っていいほどノブナガに共感できなかった。

そして私ほどじゃないにしても多分他の皆もそこまで強く思っていない。
別にウボォーさんのことが嫌いとかじゃなくて、ただノブナガのように出会ったら話も聞かずに殺してしまうのでは?と思うほど彼の死に拘っていないということ。
鎖野郎を捜すのはもちろんウボォーさんのためだと思うが、あのウボォーさんを負かしたのだからこのまま放って生かしておけば後々危険、というのがかなり大きな割合を占めている気がする。しかし、何かあれば諦める。
何処だろうと追い掛けて必ず殺してやる、なんていう敵討ちを考えているのはきっとノブナガだけだ。

だから理解できない。私は嫌なのだ。
私もウボォーさんのことは好きだけど、鎖野郎がクラピカだろうが誰だろうが関係なく、この場合彼の死は因果応報だからだ。
身勝手に人を殺して恨みを買い、その結果殺された。いつかそんなことが起きるのは本人も初めから予想してたはず。今まできっと返り討ちにしてきたんだろう。だからウボォーさんは死ななかったが、今回は別だった。
彼は等々報いを受けたのだ。本人が反省していないのなら死で償う形になってしまっても文句は言えない。
ノブナガはそれを分かっていないのか、全て分かっている上で許せない、と言っているのか。

「鎖野郎は俺達に強い恨みを持っている。最近マフィアのノストラードファミリーに雇われた人物だ」

殺気を隠そうともせず、ゴンだけでなくキルアに対しても言った。

「直接知らなくても噂で聞いたりしてねーかよく思い出せ。心当たりがあったら今隠さずに全部喋れよ」
「知らないね。たとえ知っててもお前らなんかに教えるもんか」
「あ?」

予想外に強気なゴンの発言にぎょっとする。
しかしそのすぐ後に空気が変わったのを肌で感じとった。

「仲間のために泣けるんだね。血も涙もない連中だと思ってた」

これだけ痛め付けられて、殺気も向けられて、しかも囲まれてるこの状況で彼は続けた。

「だったらなんでその気持ちを、ほんの少し…ほんの少しでいいから…」

ゴンが右手にこれまでより明らかに強い力を込めているのがわかる。
恐れよりも怒りが勝ったのだ。

「お前たちが殺した人達に、なんで分けてやれなかったんだ!!」

そして勢いよくノブナガの右手が台に叩き付けられる。物凄い音が響いた。
一瞬何が起こったのかよく分からなかったが、ノブナガの表情を見てからすぐに理解し、思った。


やばい超スッキリした。

[pumps]