9月3日
メモができない私のためにメールで地図が送られてきた。場所は一昨日オークションが行われた会場、セメタリービルの途中にある店の前。
だが、変更になるかもしれないので追って連絡するとのこと。遅くても20時半までには来いと書いてあったが、今の時間ならここからゆっくり歩いても余裕で間に合う。
一体何の用なんだろう。来てくれじゃなくて行ってくれ?場所は変更するかもしれない?クロロもそこへ向かって移動中ってこと?まさか尾行でもされているのか。
詳しく聞こうともう一度電話をかけたが、今度は出なかった。えええ?出なくなるの早っ。お前連絡するって言ったのにこっちからの電話には応じないのかよ。

返ってくるか分からないが、聞きたいことを一通り打ち込んだメールを送信して携帯を仕舞う。別に無視しても良いけど、とりあえず行ってみるか。
今の私の第一目標はキルアとゴンを逃がすことで、その方法としてクロロに戻ってきてもらおうとしてるんだし、早めに行って用があるなら協力してその用を終わらせてそのまま連れて帰ろう。
頭の中で考えを整理してからノブナガ達には告げずに来た時より日が暮れて暗くなっている外へ出た。

***

途中新たな連絡もなく、タクシーに乗って指定された場所まで行くとクロロは既に居た。昨日会った時とは違い、髪を下ろして額に白い布を巻いていた。

「なんだその格好は」
「え?」

開口一番、指摘されたのは私の安定のジーンズ姿である。超動きやすいじゃん。何がダメなの。

「そんなフラッときましたみたいな格好じゃまずい。金はやるから適当に買って着替えてこい」

と何枚かお札を握らされる。クロロと会うのにドレスコードがあるなんて知らなかったわ。

「俺は運転手を捜してくる。着替えたら連絡してくれ。解散」
「待って待って!あのさ、なんで私を呼んだの?これから何するの?」
「ちょっと人と話をするだけだよ。お前を呼んだのは同性が居た方が警戒されないからだ」

と言うとクロロは「また後で」と私とは逆の方向へ歩いていった。
同性が居た方が、ってことは話す相手は女の人?でも警戒されないために私を連れていく…?なんだ、何が始まるんだ。
必要最低限の説明しかしてくれないせいで上手く状況が把握できないが、いつまでもここに立っているわけにもいかない。
仕方ない、と言われた通りに服を買いに行く。適当にと言っていたのでフォーマルすぎるものじゃなくていいんだろう。何かあった時のために暗闇に紛れるような色のワンピースとボレロを買って着替えて出た。

クロロに電話を掛けて今いる店の前で待っていると一台の車が止まった。運転しているのは全く面識のない男性だ。クロロに聞くと公園でスカウトしたらしい。へ、へぇ…、なんて返したらいいのかわからないや。
車に乗り込み、時間を確認すると19時半。金曜の夜ということもあり、道は混んでいた。

「話をする人ってどこにいるの?」
「ああ、その辺にいるだろ。今頃検問を通れずにうろうろしてるはずだ」

回答が雑すぎる。うろうろ?検問?どういうことだ。
聞いてみると1日に地下競売が行われたセメタリービル付近では旅団襲撃に備えて検問が張られているらしい。今夜開催されるオークションの参加証がない限り通れないそうだ。

「あれ、オークションってまだやるの?」
「みたいだよ。同じ時間に同じ場所で」

マフィア舐めてた。あんな目に遇ったんだからてっきり中止にするかと思っていたんだが、場所も時間も変えないとか根性あるな。

「彼女はどうやらそのオークションに参加したいみたいでね。俺達はそれを助けてやろう」
「彼女?」

首を傾げると写真を手渡される。そこに写っている人物を見て驚いた。
ネ、ネネネネオンお嬢様じゃないですか!?

「話す相手ってこの子!?無理、無理無理!」
「どうした」
「分かっちゃうかも!私ってバレちゃうかも!」
「頼む、俺にも分かるよう会話してくれ」

クロロは落ち着かせるように私の両肩に手を置いた。
ノストラードファミリーがヨークシンにいることは鎖野郎の件で知っていたが、お嬢様までついてきてたのか。
震える手で写真を持ちながら少し前までノストラードファミリーで働いていたことを話す。短い期間だったとは言え、かなり近い位置に居たのだ。出来れば接触したくない。

「働いてる間は顔も名前も変えてたんだろ?なら平気だ。一年居たわけでもないし、バックレた奴の顔なんて覚えてないんじゃないか」
「でも声はこのままだよ?喋ったらやばいって」
「なら喋らなければいいさ。彼女との会話は俺がする」
「本当に?私何もしないからね、声枯らしてる設定でいくからね?」
「ああ、それでいい。お前は安心して俺の隣でバカみたいに笑ってろ」

なんだろう、ムカつく。

***

暫くして検問近くで目的の人物、ネオンお嬢様の姿を見つけて一旦車から降りる。運転手さんには車で待機してもらうことにして、私達はお嬢様に近付いた。
検問を通れなかったのか、恨めしそうに警察官を眺めながらふらふらと歩いていた。どうも諦めきれないようだ。
いつも側にいるはずの護衛や侍女の姿は見えない。ダルツォルネさんはフィンクスに殺されてしまったが、他の人はどうしたんだ?
まさかもう旅団に?と思ったが、お嬢様は髪を下ろして、ワンピース着用と明らかにいつもとは違う格好をしている。もしかしなくても逃げてきたのだろうか?普段からやりたい放題やってたし、肝も据わってるみたいだから有り得る。
見るからに怪しいクロロと私でも今なら近付けるだろう。

「ね、本当に声掛けるの?」
「勿論。さっきまで納得してたのにどうした?お前はバカみたいに笑うだけでいいんだぞ?」
「一々バカってつけるのやめよう。…なんでお嬢様と話したいの?」

クロロが私を見る。珍しくまっすぐ注がれる視線に困惑していると彼はまたお嬢様の方を見ながら言った。

「占ってほしいんだ」
「は、はあ?」

クロロの口から予想外の単語が飛び出して来て一瞬固まる。
なんで占い…?と思ったが確かお嬢様は無意識に念を使ってめちゃくちゃ当たる占いをしているんだった。ある意味私が辞める原因になったものだ。評判を聞き付けて興味を持ったのか?
あれこれ考えていると「行くぞ」とクロロに手を掴まれ、引っ張られるようにしてお嬢様の元へ行った。


「どうしたんだい?さっきから浮かない顔してこの近くを歩いているけど」
「え?えっと………?」

突然声をかけられ、お嬢様が驚いたようにクロロの顔をじっと見つめる。面識のある人かどうか思い出そうとしているのか。
クロロは掴んでいた私の手を離すと後ろにいる私の姿がお嬢様に見えるように然り気無く動いた。お嬢様の目が私を捉えた時、再び口を開く。

「間違ってたらごめんね。君、もしかしてノストラード氏の娘さんかい?」
「えっ!なんで知ってるの?あっ」

しまった、という表情で慌てて口を塞いだお嬢様に、クロロが笑い掛ける。

「大丈夫、誰にも言わないよ」

そう言われてほっとした様子の彼女に、やっぱり逃げてきたんだろうなと思う。
誰が見ても好感の持てる笑顔でクロロは続けた。

「何か困ってるみたいだけど、もしよかったら教えてくれない?俺達、君のお父さんには普段からお世話になってるから、出来ることなら協力するよ」

言いながら私を見た。声は出さずに頷いておくとお嬢様はさらに安心したのか先程よりも表情を和らげた。
検問前の警察官に一度目をやってから私達に近付き、内緒話をするように小さな声で話し始める。

「本当?あの、実はね」

[pumps]