9月3日
どういうルートで手に入れたのか、クロロが持っていた参加証のおかげで私達は無事に検問を通ることができた。オークション会場であるセメタリービルの駐車場に車を止める。
中に入ってすぐに目についたのはライフルを担いだ物騒な黒服の男性だった。恐らく警備の人だ。
会場内では武器類の所持は禁止されていたと思うが一昨日の襲撃もあり、万が一を想定しての備えなんだろう。参加証がない限り検問すら突破できないと言っても油断はできない。現にこうしてクロロがいるしね。

そのクロロを挟んで向こうにいるお嬢様は、まだ私があのシンシア・ブラウンだと気付いていないようだ。しかし、いつ何の拍子でバレるか分からないのであまり近付きすぎないように一定の距離を保つ。
それだけじゃなく、今はこの建物の中にいる全員の目が気になった。クロロの影に隠れるようにして、出来る限り周囲の人々とは目を合わせないようにする。
どこから誰が見てるか分からない。気にし過ぎだと自分でも思うが、私に賞金をかけた連中がいる場所なのだ。敵の本拠地に乗り込んだ気分でやっぱり落ち着かない。
表面上は必死に平静を装いながら恐怖で神経をすり減らしている私と違って興味深そうに辺りを見回すお嬢様に、ビル内に併設されたカフェを指差しながらクロロが言った。

「競売品の下見までもまだ少し時間があるね。そっちで休んでようか」
「うん。私、喉乾いちゃった!」

すっかりこちらを信用しているお嬢様が嬉しそうに答えた。私達は端から見れば家出娘に突然話し掛けた怪しい二人組だが、お嬢様からすれば自分が行きたくても行けなかった場所に一緒に連れていってくれた親切な人達なのだ。クロロが一貫して好青年を演じているのも警戒心を抱かせない理由の一つだろう。こいつ怖いわ。

「では、私はあちらにいますんで」
「ああ」

と言って運転手さんが一人別の席へ移動する。
残った私達三人はマフィア関係者と思わしき人々も寛ぐ中、店内の一番端に位置する席についた。対面するシートの片方にお嬢様が、もう片方に私とクロロが座る。
二人はコーヒーを頼んでいたので私も挑戦してみようかと思ったが、クロロに「見栄を張らない方がいい」と真剣に止められ、代わりにアイスティーを注文された。何故私がコーヒーを飲めないことを知っている。

むっとしながら運ばれてきたアイスティーにガムシロップを大量に投入していると視線を感じる。
顔を上げるとお嬢様がこちらを見ていて、まさか私がシンシアだと気付かれたのではとドキッとした。
しかし彼女は全く別の事が気になっていたようで、私とクロロを交互に見てからどこか愉しさを含んだ声色で聞いてきた。

「ねぇ、二人はもしかして恋人同士?」
「「まさか」」

綺麗にハモった。
私とクロロがここまで息の合うことなんて滅多にないぞ。考えていることは同じなのかお互い目を合わせる。二人とも真顔だった。

「ただの幼馴染みだよ」

すぐに我に返ったクロロが笑って否定し、私もそれに頷く。私達の仲から考えると正確にはただ同郷なだけだが、こう言った方が話が拗れなくて良いだろう。
幼馴染みと聞いて、お嬢様は羨ましそうに言った。

「えー、いいな〜。私は幼馴染みなんていないもん」
「へえ、そうなの?」
「うん、パパが危ないって言うから学校にも通えなかったし、同じ年の友達もいないや」

頬杖をついて、今までの明るい雰囲気とは違い、少し寂しそうに答える。
確か、お嬢様は家庭教師を雇っていたんだっけ。ノストラードファミリーは大きな組である分、恨みもたくさん買っている。外に出すのは危険だと判断されたんだろう。
だからお嬢様は新入りの私に色々話し掛けてたんだな。他に仲良くできる相手がいないんだもん。

はあ、とお嬢様が息をつく。
そのまま目を伏せていたが、私達が黙っていることに気が付くと慌てて手を振った。

「あっ、ごめん!暗くしたい訳じゃなかったの!」

重ねて私達に謝る。
大丈夫、とクロロが優しく返すが、ぶっちゃけコイツは今の話に何も感じてなかっただろう。お嬢様が謝る必要は全くないのだが、根が良い子なのだ。
彼女は「なにか別の話しない?」と笑った。それに対し、クロロが口を開く。

「そういえば、占いが得意なんだってね。えーっと、誰に聞いたんだっけかな…」
「うん、得意だよ。えらい人にも頼まれるもん」

クロロが聞いた相手について思い出す前にお嬢様が肯定した。もっと得意気にしても良いと思うが、何てことのないような答え方だった。

「どのくらい当たるの?その占い」
「百発百中なんだって」
「なんだって、って…君が占ってんでしょ?」
「そうなんだけど、自動書記って言って勝手に手が書いちゃうの」

他人事みたいな言い方をするのは、これが念能力だと知らないからだ。
話を聞いたクロロは普段の彼とは打って変わって子供みたいに目を輝かせた。

「へぇー、すごいね!俺も占ってよ」
「いいよ。じゃ、紙に自分のフルネームと生年月日、血液型を書いて」

ここまで連れてきてあげたからか、案外あっさりと了承してくれた。店員さんに頼んで紙とペンを用意してもらう。
お嬢様に「あなたは?」と聞かれるが、私は自分の生年月日も血液型も知らないので首を横に振った。偽りなく記入しないと占えないだろう。

クロロは自分の誕生日も全部わかるんだな、と横で何の迷いもなく紙に記入する姿を眺めて思う。
その紙を受け取ったお嬢様は、そこに書かれた名前を見てとんでもないことを口走った。

「クロロ=ルシルフル?ええ!?うっそー!私の犬とおんなじ名前だ!」
「え?」
「!?ちょ、それは…」

何を言い出す!やめろ!
声枯らしてる設定なのについ止めようと大きな声を出すが、二人はそんな私のことなど気に留めなかった。
忘れてた!そういえば私お嬢様の犬にクロロって名前つけたんだった!
だって、まさかこの二人が会うなんて思ってなかったのだ。私の胸の内など知らない悪気ゼロのお嬢様が続ける。

「クロロって変わった名前よね。私の犬の方はね、シンシアっていう侍女が付けてくれたんだよ」
「へぇ…シンシアね」
「ああ、ちょ、だめだってそれ…」
「彼女ね、侍女なのにすっごく強かったの!怖いマフィアの人達を、えっと40人くらいいたかな?それを一人でぼっこぼこにしちゃったんだよ?」
「へぇ…それはすごいな」
「あ、ああ…、人数増えてる…」
「けどね、彼女突然いなくなっちゃったの。誰にも何も言わずに。うちは辞める人多いからまあ、仕方ないけど私まだ彼女にちゃんとお礼出来てなかったのになぁ」
「へぇ…突然辞めたんだ」
「ふ、ふーん…………」

横に座ってるクロロから視線を感じるけど、きっと気のせい…なわけない。うわ…どうしよう横向けない。

「でもまさか、人間でクロロがいるなんて思わなかったなぁ。本当にびっくり!」

ね!と私に同意を求めてきた。もうお嬢様分かってて言ってるんじゃないかと疑うレベルで完璧な流れだった。今すごく帰りたい。

「あ、ごめんごめん!じゃ、占ってみるね」

着実に私にダメージを与える発言を繰り返した後、くるっとペンを一回転させると以前一度見たあの謎の生物が現れる。
恐る恐るクロロの方に目をやると面白そうにお嬢様を見ていた。

[pumps]