9月3日
占い結果を見て、クロロが泣いた。

それを私は慰めることはせず、ただ見ていた。今泣くの流行ってんの…?
そんな事を思う始末だが、泣く理由が分からないから慰められないのだ。いや、分かっても慰めないような気もするけど。
しかしクロロが泣くなんて、一体何が書かれていたんだろうか。隣から紙を覗き込むが、その内容はどうも理解できなかった。

四行詩から構成されているっていうのは前にも聞いたが、こうして実際に見ると何が言いたいのかわからない。
大切な暦?喪服の楽団?それらが何を示しているのか、多分自分のことじゃないから余計分からないんだろう。一見意味不明な詩だが、クロロには思い当たるところがあるのだ。

二つ目の詩にも目を通そうとした時、クロロが手で涙を拭う。親切な私はハンカチを貸してやろうかと思ったが、よく考えたら持ってなかった。
ということで無視していると紙を持つクロロの手に力が入ったのが分かった。

「君の占いすごいね、当たってるよ。この一つ目の詩なんだけど」
「あ!ダメッ!!」

お嬢様が紙を見せようとしたクロロを制止する。彼女は少し頬を染めて焦った様子で続けた。

「あ、あたしね、自分の占い一切見ないの。なるべく自分が関わらない方が当たるような気がするから」
「なるほどね」

それがこの能力の誓約になるんだろう。自分でそういうルールを作り、守ることで念能力は威力を増す。
他にも何かあるんだろうが、高い的中率を誇るのにはこういった訳あるのだ。クロロは思案顔でお嬢様を見つめるとゆっくり口を開いた。

「……じゃ、一つだけ聞いてもいいかな」
「うん」
「この詩には死者の鎮魂を想起させる部分があるんだけど、君は死後の世界ってあると思う?」

その質問にお嬢様がまたテーブルに頬杖をついて考える。その時間は短く、すぐに答えは返ってきた。

「あたしはあまり信じてない。占いはあくまで生きている人のためのもの…この場合はクロロさんのね。もし、そういう表現があったのなら慰められるのは霊じゃなく、あなたの方だと思うよ」

彼女の言葉に「そうかもしれない」とクロロは静かに返した。
次いでそろそろ時間だろう、と立ち上がる。運転手さんにも声をかけ、私達はオークションが行われる階へ移動しようと店を出た。

一昨日と違い、今回は地上10階で行われるらしい。そこが唯一の変更点か。
そこで気が付いたのだが、もしかして一昨日の競売で襲撃を恐れて品物を別の場所へ移したのには、お嬢様の占いが関係しているんじゃないか。
本人が「偉い人にも頼まれる」と言っていたし、占ってもらった中にオークションの参加者がいたんだろう。そこに襲撃について書かれていて、慌てて移したのでは。あー、なんかそれっぽいな。採用。

予想外のことに旅団も不思議がっていたし、お嬢様の占いって便利だ。そんなことを思いながらエレベーターへ向かって歩いていると彼女が口を開いた。

「さっきの言葉だけど、受売りよ」
「え?」

クロロが横を歩くお嬢様を見る。
お嬢様が言ったさっきの言葉は、昔テレビで見た占い師の言葉だそうだ。銀河の祖母、という占い師で何年か前に詐欺罪で捕まったらしい。私はさっぱり知らなかったが、クロロは知っていたみたいだ。

「その人の“占いは今生きてる人を幸せにするためのもの”って言葉がすごく気に入って…ずっと占い師に憧れてたんだ」

お嬢様は懐かしそうにそう語る。
占いをしたい、と強く思っていたから念が使えるようになったのだろうか。銀河の祖母は死後の世界を否定していた人らしい。その影響からかお嬢様もあまり信じてないそうだ。
転生とかしておいてこう言うのもなんだが、私も正直信じてない。死後の世界なんか体験する前に寝て起きたら赤ちゃんだったし、そもそも死んだ覚えもないし。昔から霊魂なんて存在しないと思っている。
しかし、クロロは私達とは違う意見だった。

「俺はね、霊魂って信じてるんだ」

今度はお嬢様がクロロを見る。彼の性格を思うとちょっと意外だった。
そういえば占ってほしいという目的はもう達成されたが、いつまでクロロはお嬢様といるつもりなんだろう。彼女がちゃんとオークションに参加できるまで?

「だから俺は死んだそいつが一番やりたがってたことをしてやろうと思ってね」
「やりたがってたこと?何それ?」

スピリチュアルな話だな、と思っているとクロロの左手が大きく、素早く動いた。明らかに不自然な動きだったが、それがなんだったのか理解する前にお嬢様の体がぐらついた。
私が動くより早くクロロが手を伸ばして彼女を支える。

「大丈夫ですか!?」

声をかけるが何の反応もない。いや、大丈夫ですかって…。
数秒前の行動を不審がる私の事など無視して、目の前の男は焦り声で近くにいた警備の人に言う。

「どこか静かに休める個室は!?」
「1階上が全てゲストルームとして開放されてます」
「早いとこ医者を呼んでくれ!!」

切羽詰まった様子で頼むクロロを見ながら、警備の人が無線で連絡を取る。

「こちら北側エレベーター前。急病人だ、救急車を」
『ダメだ。参加証を持たない者は誰も入れるな、って命令だ。病院まで車でお送りするから中央玄関まで来てもらえ』
「はァ」

ま、そうなるよね。
と思うが、警備の人の口からそれが伝えられる前にクロロが怒鳴った。

「なんだと!?ふざけんじゃねぇぞ!!」

お嬢様の体を一旦私に任せ、警備の人に詰め寄る。

「素人が下手に動かして危ねぇ病気だったらどうすんだ!?ああ!?ノストラードファミリーのボスの娘さんだぞ!テメェ責任とれんのかって伝えろ!!」

いや、病気って…。
無線の先にいるであろう人は、倒れたのがノストラードファミリーの娘だと聞いてここに救急車を呼ぶことを渋々了承した。

あの、病気とかじゃなくて多分これクロロの仕業だと思うんだけど。あいつの動き変だったもん。
だが、誰一人としてクロロを疑っていない。奴の演技は完璧だった。今だって本気で心配してます、みたいな態度でお嬢様を見ている。でも奴はこんなに親切な人間じゃない。

「5階に部屋が取れたのでそこまで運びます。医者が到着したらすぐに通しますので」
「ああ、わかった」

担架が運ばれてくると連絡を取ってくれた警備の人がそう言った。まだ演技は続くようで私達も5階まで付き添うことになった。
お嬢様が501号室のベッドに寝かされ、ここまで運んでくれた人達が部屋を出て、残ったのが私とクロロと運転手さんだけになると、ようやく演技は終わった。

「じゃあ後はそれぞれ自由に。ここまで協力ありがとう」

なんて、この男は笑顔で言うのだ。
先程まで倒れた女の子を心配していたはずなのに、急に態度を変えたクロロに運転手さんはただ驚いていた。「彼女は…?」と眠るお嬢様を見るとクロロは「すぐに父親が迎えが来るだろうから大丈夫」と答える。やば、じゃあ私逃げなきゃ。

「これからビルの周辺は少し騒がしくなるだろうから、オークションが終わってから外に出ると良いよ。それまではさっきの店でも、どこか適当な所で暇を潰しておけばいいさ」

そんなアドバイスを受けると運転手さんは「はあ、分かりました」と言って、私達に軽く頭を下げてから部屋を出ていった。騒がしくなる?なんだ、嫌な予感がするぞ。

するとクロロは突然“本”を具現化した。その表紙にお嬢様の手のひらを合わせるとまたすぐに本を消した。
一体何の意味があるのか分からない行動をとった後、クロロが部屋を出ようとしたので私も慌てて着いていく。早い、なんか全体的に行動が早い。
廊下に出て、辺りに誰もいないことを確認してから口を開いた。

「クロロ、待って。どこ行くの?」
「ちょっとそこまで。セリは邪魔だから来ないでくれ」

前をいくクロロは私を振り返る素振りなど一切見せず、エレベーターへ向かっていた。

「待って、着いていかないけど待って!あの、ノブナガが!ノブナガがクロロを待ってる!」
「そうか」
「まだ何か用があって、今帰るのが無理ならせめて電話してやって!ノブナガに声を聞かせてあげて!」
「気持ち悪いことを言うな」

上の階へ向かうエレベーターが到着すると、クロロはそれに乗り込んだ。
そこでようやく私を見ると「彼にも言ったが…」と話し始める。

「騒がしくなるから今すぐ外に出るのはオススメしない。巻き込まれたくなければオークションが終わるまでビルの中にいることだ。そしたら、後でシャルにでも迎えに行かせるよ」

な、なんでシャル。
まだまだ聞きたいこと言いたいことはあったが、私が話す前にエレベーターの扉が閉まる。
慌ててボタンを押すが、止まることなく上へ行ってしまった。乗って話せばよかった!

[pumps]