9月3日
クロロを追うか迷ったが、奴を乗せたエレベーターが最上階に止まったのを見て、諦めた。一番上じゃ何かあった時にすぐ逃げられない。

それより私はこの階から、というよりお嬢様が休んでいる501号室から早く離れなければいけない。
お嬢様の意思とはいえ、勝手にこんな場所に連れてきたのは事実だ。これから来るだろう彼女の父に何て言われるかわからない。いや、何をされるかわからない。それに加えて護衛として私の知る人、即ちシンシアを知っている人を連れてきていたら大変まずい。

下のボタンを押して待っていると先に上りのエレベーターが着いた。
扉が開いてすぐ男の人が飛び出してくる。殴られたのか左目付近が腫れていた。
焦り気味に辺りを見回す。ま、まさか…と下の階のボタンを連打していると彼とばっちり目があった。

「君!501号室はどこだ!?」
「あ、あっちです」

物凄い剣幕で唾を飛ばしながら聞かれる。さっきまで居た部屋の場所を指差すと彼はその部屋へ駆け込んだ。
と同時に下りのエレベーターが到着したのですぐに乗り込む。適当な階数を押してボタンを連打し、扉が閉まったのを確認してから大きく息を吐いた。

今のどう考えてもお父さんだよね?来るの早過ぎだろ!救急車より早いじゃないか!!
今はとにかく急いでいたようなので私のことを気にかけなかったが、もう少し彼に余裕があったら私はエレベーターに乗ることなど出来なかっただろう。彼一人だったのも幸いした。

しかし流石にボス一人だけで此処に来たなんてことはないだろう。護衛の人もすぐに来るはずだ。やばいな。
このビルから逃げたいが、クロロは騒がしくなるから出ない方がいいと言っていた。多分何かする気なんだろう。
しかし騒がしくなるのはあくまで周辺のようなので、ビルの中に入れば安全なはず。
だが、そのビルの中を彷徨くのはノストラードファミリーとの遭遇や他の人々に賞金首の一人と気付かれる可能性を考慮するとあまり得策ではない。
仕方ない、暫くどこかに隠れよう。女子トイレでも行くか。

そこまで考えたところでエレベーターは止まり、扉が開いた。1階だ。ここのトイレでいいや。
降りてトイレを探していると、前から思いもよらない人物が歩いてくるのが目に入った。

ぎょっとして足を止める。心臓が物凄い音で鳴った…気がした。相手も私に気が付き、驚いた表情を見せる。
ゾルディック家で会った時と同じ民族衣装を纏った彼は、黒服ばかりのこの空間じゃかなり浮いているが、私が言えることじゃない。先に口を開いたのは向こうだった。

「セリ?」

クラピカが確かめるように名前を呼ぶ。
私は話せなかった。彼を前にして、声が出ない。
そんな私をクラピカはじっと見つめる。彼の次の言葉が怖かった。何を言われるのか。

「何故貴女がここに?」

まっすぐこちらを見たままクラピカは言う。
その目には憎しみなど一切含まれていない。彼はどうやら私に賞金が掛けられていることをまだ知らないようだ。知っていたら連絡があるだろうから、当たり前だが。
だが、こうしてはっきり分かり、ほんの少しだけ心に余裕ができた。ほんの少しだ。

「参加証が無いと此処には入れないだろう」
「…………私、今マフィアに雇われてて、それで今日のオークションに護衛として同行してるの」

咄嗟に嘘をついた。少なくとも一昨日までは真実だった嘘だ。
一気に口が渇く。目を合わせられなかったが、クラピカは一応納得したようで「そうか」と短く答えた。今度は確認の意も込めて私が聞く。

「クラピカもマフィアに雇われてるの?」
「ああ、私もボスの命でここに」

肯定されたことにより、再び私の心臓の鼓動が大きくなった。
彼を雇っているのはノストラードファミリーだろう。やっぱり鎖野郎はクラピカだ。
確信に変わり、聞いたことを後悔した。心の何処かで別人かもしれないと思っている自分がいたのだ。

「この時間じゃ参加者はもう会場階に集まっているはずだが、貴女はこれから何処へ?」
「トイレ」
「……失礼した」

別にクラピカは聞いちゃいけないことみたいな空気出さなくていいのに。おかげで私の緊張の糸が緩む。
一度咳払いをしてから、クラピカは真剣な表情で言った。

「今日のオークションは恐らく中止になる」
「え」
「ここは戦場になるはずだ。出来るなら貴女もボスを連れて早く外へ出た方がいい」

危険なのはここじゃない。

そう言いたいけど言えなかった。クラピカはまだ気付いていない。自分から言うのが怖いのだ。
どこから情報を手に入れたか知らないが、彼は親切心から助言してくれているのに、こんな事を思って何も言えないでいる自分が情けなくて、無意識のうちに涙が出てきた。

つう、と頬を伝うそれを見てクラピカがまた驚く。私も驚いた。
なんで泣いてるんだ。クロロが泣いたのを見て「流行ってんの?」とか思っていた私がなんで。
自然と涙が溢れる。意識してからは、前にハギ兄さんに泣き顔がブスと言われたのを思い出し、顔を見られないように下を向いた。
手で涙を拭っているとハンカチが差し出された。

「これを」
「…ありがとう」

一瞬迷ったが、有り難く受け取った。私の女子力を軽く上回っている。
無言でハンカチを使う私を見てから、「私はもう行く」とこちらに静かに伝え、クラピカはエレベーターの方へ歩いていった。


彼と別れた後、トイレへ向かった。
個室に入って鍵を閉めると誰もいないことに安心したのか涙が溢れ出てきた。クラピカが泣くならまだしも私が泣くなんてどう考えてもおかしい。そう分かっていても止まらなかった。声を押し殺して泣き続ける。
トイレで泣くって学校で苛められたみたいだ。

さらに下の階、地下から何か大きな破壊音が聞こえてきたが、それでも私は泣き続けた。
暫くして音が止んで私も大分落ち着いた頃、シャルから電話が来たのでクロロの言う通り迎えに来てもらった。こっそり裏口から抜け出し、「ちょっと寄ってきなよ」と誘われ、アジトへ着くとクロロも含め皆もう揃っていて、酒盛りをしていた。

その輪に加わるとパクがオレンジジュースをくれた。私が前にビールなんて飲めない、と言ったので態々買って…盗ってきてくれたらしい。さらにフランクリンからこれでもやって遊んでな、とクラッカーを渡された。
完全にパーティー気分の装いだったが、浮かれることは出来なかった。騒いでいる皆を見ながら、携帯を弄っていたヒソカさんの側でクラッカーを鳴らした。
なんか、変だよこんなの。

[pumps]