9月4日
飛行船はとりあえず一機は第三航空路に停めてあることをメールで伝え、その飛行船の入り口付近で待つ。
すぐにレオリオ、センリツさんがやってきたがその後ろから歩いてきたクラピカを見て私はとにかく驚いた。正確にはその隣の鎖でぐるぐる巻きにされている人物を見て、だ。
その人物、クロロは私に気づくと驚いたような顔を見せたが、何も言わずにすぐ私から目をそらした。

「もう一機はあっちの航空路に停まってるけど…」
「ありがとう、貴女もとりあえず乗ってくれ。…乗ったらそのまま入り口付近にいてほしいのだが」
「わかった」

頷くとクラピカはぐるぐる巻きにされているクロロを連れて飛行船に乗り込んだ。
何処か不安げな顔のセンリツさんがそれに続き、レオリオは今後の動き方について話をつけてくる、と操縦席の方に向かう。

旅団のリーダーであるクロロを捕まえたことに私はとにかく驚いた。恐らくあの鎖がクラピカの念能力なんだろうが、クロロは全く隙のない人間で私は何があってもきっと一生勝てないような奴だ。そんな奴をこんな風に生かして捕らえることができるなんて。

生かして連れてきたのは仲間のことを聞くためだろうか?クロロが口を割るとも思えないが…話したら、クロロは殺されるのかな。ぼんやりと頭の中でそんなことを思った。
それと同時に姿が見えないキルアとゴンのことが気になった。後から来るのか、別行動なのか、それともまさか二人の身に何かあったのだろうか。クラピカ達の様子からして、少なくとも死んではないはず。

しかし、どれだけ待ってもキルアとゴンは来ない。そして飛行船も動かない。
レオリオは操縦士に話をつけに行ったようだが、どう伝えたのだろう。
わかったのは、ある女性がこの飛行船に乗り込んで来てからだ。

「セリ?なんであなた…」

彼女、パクノダは乗ってすぐに私を見てそう言った。彼女が乗るのを待っていたのか、飛行船が動き出す。パクがここに入るのに使った開けっ放しの扉を閉めると飛行船は一気に浮上した。
私達は黙ってお互いを見つめていた。長い間じゃない、ほんの数秒だけだ。
パクが口を開きかけたところで彼女の携帯が鳴る。

「はい。ええ、乗ったわ。…わかった」

短くそう答えると私に軽く視線をやってから、一言も発せずに横を通って行ってしまった。
…なんでパクが?クロロから話を聞き出すつもりかと思えば、パクがたった一人でここに来た。他のみんながこの事を知らない…、はずはない。でも知ってたら全員で来るだろう。だってあの鎖野郎がここにいるのだ。

全部知ってるけど、パク一人で来た?

そんな状況が成立することが信じられなかった。クラピカがどんな作戦でパクを一人で来させたのかわからないが、何か条件を出したとしてあの旅団がそれを守るはずがない。

「話は終わったわ」

後ろから聞こえた声に驚き、大袈裟に肩を震わす。ゆっくり振り返るとパクが立っていた。「次はあなたと話したい」と彼女は言った。

「セリ、あなたもグルだったの?」
「………うん、そうなるね」
「そう」

小さく呟いてパクは目を伏せた。
話したいと言っていたが、まさか私が肯定すると思ってなかったのか彼女は何か考え事をしているようで、それ以上口を開く気配がなかったので今度は私が気になっていたことを聞いた。

「ね、今ってどうなってるの?」
「え?」
「なんでパクは一人でここに来たの?クロロは関係あるの?」
「………あなた知らないの」

頷くと彼女はただ驚いていた。
グルだよー、って言っておいてまともに状況把握してないからな私。あれ?これグルっていうの?
自分の立場が本気でわからなくなり、首を傾げているとパクがため息をついた。私に呆れているのかと思ったが、こちらに向けているその顔は真剣だった。

何にせよ今の私達は敵対関係なので返事がこないことも覚悟していたが、親切にもパクは今の状況を簡潔に説明してくれた。
クラピカはクロロを捕らえたが、代わりにゴンとキルアは旅団に捕まっている。クロロを殺さずに返してほしかったら二人を放せ……つまり人質交換が行われようとしているのだ。

パクが一人で来たのはそう指示されたから。クロロの身を案じてクラピカの指示に従った。
なんで?パク本人から話を聞いてもまだ信じられなかった。いくらクロロ大好きな旅団でもこんなことに従うわけはない。クロロを殺す?だからどうした、と全員で乗り込んで来るだろう。素直に言うことを聞く集団じゃない。こんなの成り立つわけがない。

でも成り立っているのだ。実際に。
全員の意見がそろったかどうか知らないが、少なくともパクはクラピカの出した条件を飲んでこうしてやって来た。
クラピカもクラピカだ。本当に復讐する気があるならクロロは捕まえてすぐに殺すべきだ。生かしてるフリをして話を進めなきゃいけない。バレてキルア達が殺されたって仕方がない。それだけの覚悟でこの計画を実行していたはずだ。

人質交換って、なにそれ。
もうこんなの復讐でも何でもない気がしてきた。現在進行形で行われている事は何の意味もない。
私が思っていたよりもずっとクラピカは優しい人だった。違う、人間らしい人だった。そして旅団も。
それを私は心の何処かでわかってたんだ。

クラピカ達に言った旅団は報いを受けるべきだと思うって発言、本心のはずなのに何か違うような気がしてたのはこれだ。
パクみたいな人がいるから。ノブナガが泣いていた時は「何を言ってるんだ」と自分勝手な彼にイライラしたが、根本は同じじゃないか。分からなかったけど、はっきりした。
ゴンが言ったみたいに旅団は血も涙もない集団だと思ってる人が多いだろうけど、あいつらちゃんとした人間だった。それもすごく人間臭い奴等。あ、ごめんフェイタンとフィンクスは別ね。あいつら悪魔ね。

だから私は、心の底から思えなかったんだ。そりゃ世間的には報いを受けるべきだけど、同じ人の下で修行を受けていた私は、彼らがどういう人なのか知る私は、そう思えなかった。

何してんだろ、私。

最初はクラピカが可哀想で旅団は最低だって思って、クラピカの協力をするのは人として当然の事だと思った。
でも今になって、絶好のチャンスなのに復讐せずに仲間を優先しているクラピカや細かい理由は違うが彼と全く同じように仲間を助けようとする旅団を見て、……………わけわかんなくなってきた。
黙ってこちらを見ているパクに向かって言う。

「あのさ、こっちに協力しててなに言ってんだって思うかもしれないけど私、旅団もそれなりに好きなんだよ」
「え?」

この状況で突然何言ってんだと自分でも思う。パクが私の真意を確かめようと黙ってこちらを見ていたので、嘘はダメだなと思い「フィンクスとフェイタンは嫌いだけど」と正直に言った。拍子抜けしたらしいパクがちょっとだけ笑った。
飛んでいた飛行船はまた元の空港に戻っていた。

「私はここで降りるわ」
「そっか。もう、これでさよならだから。私もう旅団とは連絡取るつもりないから」
「え?」
「これでバイバイだね」

一方的にそう言うと私はパクの手を握って軽く振った。
言ってしまえばあいつらから逃げるのだ。このままパクが帰ってここまでの事が全部バレたら殺されるか利用されるかだし、クラピカに迷惑はかけられない。
何より彼らを裏切ったような形になってしまった以上、合わせる顔がない。これまでとった行動すべてを振り返ってみるとすごく自分勝手だ。
それは胸の内に秘めて黙って手を離そうとするが、離れない。パクが私の手を強く、固く握っていた。

「ねぇ、セリ。全部聞いて、この状況をあなたはどう思った?」
「どうって……」

答えられないでいるとパクがゆっくりと手を離した。

「いい。わかったわ」

そう言うと飛行船が停まったのを確認してからドアを開けて、降りていった。まるで心の内を全て見透かされたようだった。

[pumps]