最終話
人質交換は私の知らないところでいつの間にか終わっていた。帰ってきたキルアとゴンを見て、初めて全部終わったことを知ったのだ。

「セリさん、これからどうするの?」

飛行船の窓から外を眺めながらゴンが言う。その横ではキルアが携帯を弄りながら聞き耳を立てている。
これまで気を張り過ぎたのか二人が戻って暫くしてからクラピカは倒れてしまった。彼に代わって聞いているんだろう。クラピカは今後私に旅団と接触してほしくないはずだ。
私も同じように外を眺めながら答えた。

「実家に帰るかなぁ…。あ、携帯新しくするから、後でアドレス送るね」
「は?なんで?」
「私、もう旅団とは会わないつもりだから」
「「え?」」

キルアとゴンが同時に声を出した。
え?この答えを望んでいたんじゃないの?と少し不安に思う反応だ。顔を見合わせた後、キルアが私に聞く。

「いや、大丈夫なのか?実家ってお前あいつらと同郷だろ?」
「うん、でも家の場所は知らないし。兄さんの家はバレてるけど行かなきゃいいし、少しの間見つからなければ向こうもすぐに私の事は諦めるんじゃない」

元々頻繁に連絡を取り合っていた訳でもないのだ。普段私がどこで何をしてるのか知らないだろうし、一ヶ所でじっとしてれば多分見つからない。向こうもそんなに暇じゃないだろうし。
二人は何か言いたげな顔で私を見ていたが気付かないふりをした。向こうが言わない限り私は何も言う気がなかった。

飛行船が空港に停まってからクラピカ以外の全員に別れを告げた後、もう日付も変わっていたので帰りの飛行船のチケットを取るのは諦め、私はさっさと自分の宿泊先に帰った。
荷物は元々纏めてあったのですぐに出ていける。今後連絡を取る気のある人の連絡先だけメモに控えた後、今までずっと使っていた(シャルから貰った)携帯を握り潰して破壊し、部屋の隅にあるゴミ箱に捨てておいた。心が痛んだのは友達から貰ったものを躊躇なく捨てたからか、ちゃんと分別せずにホテルの人の事も考えずゴミとして投げ入れたからか。
見方によっては私の方がよっぽど酷い人間かもなぁ、と思いながら眠りについた。


すっかり昼夜逆転した私が目を覚まして時間を確認すると既に昼過ぎだった。そして腹が減った。………腹が減った!
安いホテルなので食事は出ない。だから今までは買いに行くか、食べに行っていた。
今はそのどっちも怖い。外に出て旅団とばったりなんて事がありそうだ。広い街だから普通に考えたら遭遇確率は低いんだけど、不可能を可能にするのが旅団だと思ってる。

出前でも取るか、と思ったが電話破壊して捨てたんだった。バカか私。
それに飛行船のチケットも取らなくてはいけない。仕方がない、と重い腰を上げた。

***

「あっ!ミルキ!」
「んぐ、セリ姉?」

気分的には最後の晩餐のつもりでいつもなら入らないちょっと高級なお店に行ったら、旅団ではなく全く予想していなかった人物に出会った。
テーブルいっぱいに何も乗っていない皿が広がっている。狂ったように料理を口に運んでいた豚が一匹、いや、設定上の弟が一人。

「何してんのセリ姉」
「いや、こっちの台詞」

店員さんにお連れ様ですか?とミルキが言われたので代わりに肯定して相席する。ミルキも特に嫌がる素振りを見せなかったので良いだろう。
しかしあのミルキが一人で外を歩いているとは。普段だって食事の時以外はあまり部屋から出ないらしいあのミルキが。偽者かと思ったが、元気にご飯を食べているので本物だろう。
メニューを見ながら何故ヨークシンに来ているのか聞くとミルキはコフーッといつもの呼吸音を響かせて言った。

「今の時期にヨークシンに来る奴なんて大体目的は一つだろ?」
「やっぱりオークション?」
「うん。今日まではヨークシンの美味い飯屋回ってて、明日からが本番」
「何狙い?」
「グリードアイランド」

ミルキが料理を口に含んで咀嚼する。
私は運ばれてきた水を飲みながら首を傾げていた。

「それなんか知ってる…ビスケのやつかな?」
「ふぁ?なにほれ」
「あ、うーん、なんか違う…?」

なんだろう、めっちゃ聞き覚えある。それビスケ関わってなかった?と思ったがミルキの反応は微妙だ。
ごくんと口の中のものを飲み込んだミルキが「グリードアイランドはゲームだぜ?」と言った。

「念能力者が集まって作ったとかいう幻のゲームでさ、今年のオークションに何本か出品されるんだよ」
「へぇ、面白そう。それ競り落とすんだ」
「まあ、そのつもり」
「無事に手に入ったら私にもやらせてよ!連絡…は携帯変える予定だから後でアド送るね」
「へー、変えるんだ。前の結構長く使ってたしな」
「うん、まあ、そうだね。あっ!ミルキちょっと携帯貸して」

ミルキから携帯を借り、ネットに繋げる。そこで帰りの飛行船のチケットを予約した。一番早い便で明日の朝には発つことができる。
良かった、と安心してミルキに携帯を返し、メニューにちゃんと目を向ける。何食べよう、がっつり食べたって気になるものがいいよね。
そんなことを考えながら端から順に眺めているとミルキから視線を感じた。メニューを見たまま「何?」と聞く。

「いや……、セリ姉なんか元気ない?」
「え?」

手からメニューが離れ、ぱたんと音を立ててテーブルの上に落ちた。
そんなことを言われるなんて思ってなかったので、なんて答えれば良いのか分からず水を飲もうとコップを手に取る。

「な、え?な、何言って、え?どの辺見てそんなこと言ってるの?」
「すげぇ手震えてるけど大丈夫?…あー、なんか気のせいかな」

そう言ってミルキはまた料理を口に運ぶだけの簡単な作業に戻った。
私はそれを見ながらさっきより強くコップを握った。

「気のせいじゃないかもね」

小さく呟く。
独り言のつもりだったが、ミルキには聞こえてたらしい。豪快に水を飲んで食べ物を胃まで流し込むとこれまた豪快にゲップをした。うわコイツ汚ねぇ。

「セリ姉がなんか暗い顔してんの初めて見たからそう思ったんだけど」
「本当に?私そんな暗い?」
「俺から見たら暗い」
「そうなんだ、…」
「何があったか知らないけどさ、元気出しなよ」
「…うん…」
「慰めるのとか出来ないけど話くらいなら聞いてもいいぜ。あと特別に飯も奢ってやる」
「…うん…ありがとう、ミルキ」
「いいよ別に、俺達実の姉弟じゃん」
「は!?あっ、やっべ割れた!!」

ガシャンッ!と大きな音を立ててコップが形を崩した。動揺して握り潰してしまった!速水○澄様みたいなことをしてしまった!
店員さんが大丈夫ですか!?と駆け寄ってくる。

「何やってんだよセリ姉!」
「いや、お前が何言ってんだよ!」

私の突っ込みにミルキは不思議そうな顔をした。こいつキキョウさんの嘘本気で信じてたの!?
やばいな、ゾルディック怖いな!とシリアスな空気が一気に吹っ飛んでしまった。ミルキの優しさに泣くと思ったけど全然泣かなかった。


次の日の早朝、私は誰にも会うことなくヨークシンを発った。
それなりに長い時間をかけて流星街に帰り、ハギ兄さんに頼んで頼んで頼みまくって新しい携帯を手に入れた。
メモを見て、数少ない……さらに減った知り合いに新しい連絡先としてメールを送る。


流星街に戻った後、暫く何もする気になれなかった。
色々なことが起こり、感情を整理する時間が必要だった。誰にも何も相談できない、吐き出せないことは少なからず私を苦しめたし、ふとした瞬間にあの日のことが頭に浮かんではもっとうまく立ち回れたのではないかと思ってしまう。
一つはっきりしているのは友人を失ったのはクラピカのせいでも旅団のせいでもなく自分の選択のせいだということ。この選択が自分にとって正しかったのかどうかは今でも分からない。

家の側にあるゴミ山の一番上まで行くと大の字になって寝転がる。ゴミに埋もれながらぼんやり空を眺めているとポケットに突っ込んでいた携帯が鳴った。

非通知からの電話だ。

出るか出ないか、私はじっと携帯を見つめていた。

[pumps]