人生という名のSL
※すみっこの星最終話後のifではない番外編です
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はて、私はいつの間にこんな乗り物に乗ったのだろう?

ふと気が付けば、私は乗った記憶のない列車の中にいた。
時々大きく揺れるこの列車はどこへ向かうのか。窓を見やれば映るのは自分の顔だけで、あとは光一つない暗闇。明らかに妙な状況だが、不思議と恐ろしく感じなかった。
コンパートメントには私だけ。ただ列車が線路を進む音だけが響く。


「セリ、起きたの?」
「え?…イルミ?」

急によく知る声が聞こえてきたと思ったら、隣の席にイルミが座っていた。先程まで誰もいなかったはずなのに、いつの間に?
そう感じるのに心は酷く冷静で大して驚かなかった。おかしい、いつもの私なら中堅芸人顔負けのリアクションを披露できるはずなのに、今回だけは椅子から転げ落ちることも出来ない。

「なんでイルミがいるの?」
「なんでって、二人で家に行くからでしょ。何寝惚けてるの」
「そうだっけ?」

イルミと一緒にゾルディック家へ?全く覚えがないが、そう言われると何故かそんな気がしてきた。
そうか、私は今からゾルディック家へ行くのか。行きたくないなぁ。

「挨拶したらすぐ帰っていい?」
「?帰るってどこへ?」
「え?えっと…、私の家」

という発言にイルミは丸い目をさらに丸くさせた。
どこへ?って、まさかそんな風に返されると思っていなかったから、少し戸惑う私に対して、イルミは何故そんなことを言うのかわからない、とでも言いたげな空気を纏っていた。何この噛み合ってない感じ。
首を傾げながら暫し見つめ合う。先に口を開いたのはイルミだった。

「家ってナズナおじさんのところ?なんで戻るの?何か忘れ物?」
「いや、忘れ物っていうか、そんな何日もいるものじゃないでしょ?」
「何言ってるのさ。結婚式まで家でそのまま暮らすって話だったろ?」
「け、結婚式?誰の?」
「俺とセリの」
「え!?」

私達結婚するの!?
突然の婚約発表に動揺する。この空間では何故か反応の薄い私もこれには流石に…………あ、でも確かに、キキョウさんとそういう話をして納得したような?え?そういう話したっけ?あ、あれ??
記憶を呼び覚まそうと最近めっきり使ってない頭を回す。ぐるぐると考えているうちに、キキョウさんに泣き落とされて振り回されてイルミと結婚してゾルディック家の真の娘になる話になったような記憶が出てきた。イルミが真顔で「俺が泣きたいよ」とか言ってた気がする。
そ、そっか私イルミと結婚するんだ…。

「あのー、やっぱりやめない?別にマリッジブルーってわけじゃないけど、絶対イルミも嫌でしょ?」
「そりゃ嫌だけど、俺が断ったら母さんはキルと結婚させたいって言うし、父さんも多分とめないだろうし」

私とキルアが結婚?ないない。
と、私は断言できる。けれど手段を問わなければそうなる可能性はあるし、年の差はあるもののキルアは私を憎からず思ってくれていることを分かっているからこそ周囲は100%あり得ない話でもないと考えている。
イルミはそれを恐れていた。キルアはゾルディック家の大事な跡取りだから私みたいな弱いバカを嫁にするわけにはいかないのだ。

「キルとセリに子供ができたらバカの血に侵食されてゾルディック家は断絶するだろ。それだけは絶対に避けないと」
「ねえ、私だって傷つくんだけど」

これがゾルディック家の教育結果だ。他者の気持ちを慮ることができない。しようともしない。家のために俺が犠牲になりましたみたいな言い方何なのこいつ?
どうしよう、列車を爆発させたらこの話無かったことになるかな?いや、無理だな。

「にしてもまさかセリのタイプが兄貴だとは思わなかったぜ。趣味悪いよな」

どうにか破談にならないか考えて唸る私の耳に届いたのは、どこか明るいキルアの声だった。
幻聴かと思ったが顔をあげると狭い通路に間違いなく本物のキルアが立っていた。目が合うと悪戯っぽい顔で笑う。
なんでキルア?どこから来たんだキルア?私達が恋愛結婚だとでも思っているのかキルア?と口に出すよりも前に座席から立ち上がって彼の元へ行く。

「キルア!キルアは嫌だよね、私が家族になるの」

私より背の低い少年の肩を掴みながら言う。自分で言ってて泣きそう。なんでこんなこと言わなきゃいけないの私。
でも、キルアなら分かってるはずだ。私がゾルディック家の奥様なんて柄じゃないこともイルミとは不釣り合いだということも。
つい肩を掴む手に力が入ってしまったが、普段と違ってキルアは痛がりもせずに笑って言った。

「いや?俺はそれでもいいぜ」
「はあ!?キルアがそんなこと言うはずないでしょ!解釈違いです!!」
「は?なんだお前…」

欲しい言葉が貰えず頭に血が上った私を見て、キルアは引いていた。そこは合ってる。
でも笑顔で私達の結婚を受け入れるとかあり得ないでしょ?私が嫌がってるってわかればまず止めるでしょあの子は。私とあの子は姉弟でも他人でもなく友達でしょ?

堪えられず、二人を置いて別の車両へと移る。相変わらずそこにも誰もいない。

ここで少し気分を落ち着かせよう、といつ目的地に着くのかも分からない列車の中で一人深呼吸をする。

「さっきから喧しいぞ、セリ。他の乗客がいなくても公共の場では静かにしなさい」
「え?…だ、誰……?」

背後から男性の声が聞こえて振り向く。誰もいなかったはずの車両に、急に全然知らない人が現れた。黒髪黒目で、私より頭ひとつ背が高い彼は、少年というには大人で青年というにはまだ幼さが残る面立ちだった。
その窘めるような物言いに、奇妙な懐かしさを覚える。初めて見る顔のはずだ。全く知らない人なのに、向き合ってみると何とも言えない安心感がある。

「………ナズナさん?」
「なんだよ」

もしかして、と恐る恐る口にした保護者の名前は合っていたようで返事がきた。いつもとは異なる姿に困惑したが、誰だか分かればすぐに納得できた。そうだ、この人はナズナさんだ。
しかし、すぐに新たな疑問が浮かぶ。

「ナズナさん、42歳では……?」

元の姿に戻ったにしては若すぎる。年齢設定間違えてるだろ。

「これはな、俺が一番輝いてた頃の姿だ」
「ああ、19歳とかその辺の?」

噂の逆玉時代のナズナさんはふふん、と得意げな表情で胸を張った。
調子に乗るだけあって、(身内の欲目もあるかもしれないが)なるほど確かにカッコいい。ちょっと童顔だけど19歳ならこんなもんか。

「それでお前、どうなの?」
「何が?」
「就職先だよ」

急に進路相談会が始まった。
うそ、ここ進路相談室……?ナズナさん学年主任…?
座りなさい、とコンパートメントを示され、向かい合わせに腰掛ける。

「俺はずっとお前の側にはいられないから、ちゃんと先のことを考えておけよ」
「なんで?」
「なんでって…、なんで?」
「ナズナさんって永久に私の側にいてくれるんじゃないの?」
「何言ってんのお前?頭イカれてるの?」
「言い過ぎでは…?」
「あのね、普通に生きてたら俺の方が先に死ぬだろ?」

諭すというより呆れたような声色で言われた。そりゃそうだ。親子ほど歳が離れているのだから。
私自身おかしなことを言っていると思うし、理解しているつもりではあったが、心の奥底では"ナズナさんはずっと側にいる"と本気で思い込んでいた。彼は外見が変わらず、老いを感じさせないからだ。老衰とか想像できない。
私と同年代の姿になったナズナさんは「今の一番の心配はお前だよ」と額に手を当てて溜め息をついた。

「何をしても長続きしない。あれは嫌、これは嫌。そのくせ努力はしないんだから…」

やばい説教タイムだ。
確かに私は正社員が良いとか暗殺系の仕事出来れば嫌とか生まれのハンデがあるくせに拘りが強いけど、本当の親にもこんな話されたことなかったのに。いや、こんな話される前に転生しちゃったから仕方がない。
ナズナさんは真面目な人なので私みたいないい加減な生き方をしている人間は許せないんだろう。最近ずっと家でゴロゴロしてるもんな。
でも今は充電期間中っていうか、心に傷を負ってるからそっとしておいて欲しいっていうか……。
口には出さず、頭の中でごちゃごちゃ言い訳をしながら「就活頑張るっす…」と小声で言えば返ってきたのは訝しげな視線だった。疑われてるぅ!

「この前ハギが良い話を持ってきてくれてただろ?もう返事はした?まだならそれを受けてみなよ」
「ハギ兄さんの良い話は良い話じゃないんだよなぁ」

あの人自分がやりたくない仕事を回してるだけだからな。
白ける私を見てナズナさんは「またそういうこと言って!あんたって子は!」と怒り出した。
と思いきや、何か思い出したように「そういえば…」と動きを止めた。ジェットコースターみたいな感情の起伏やめろ。

「さっき向こうでお前を探してるやつがいたぞ。ちょっと行ってきな」
「えっ、誰?」
「いや、なんか知らないやつだった」
「怖い、誰…?」
「でも見たことあるような気もする」
「誰なの…?」

ナズナさんが知らない人って誰だよ。ハンゾー先生かな?でもそれなら「ハゲだった」って言うよね?
大切な用かもしれないから、とナズナさんに文字通り背中を押され、戸惑いつつも隣の車両へと移る。

しかし、そこには誰もいない。
がらんとした車内に寂しさを感じつつ、さらに別の車両へと移動する。
ざっと見回した限り誰もいない。しかし今度は人の気配がした。
直感的にここだろうと思った席へ近付くと金髪の小さな男の子が座っていた。彼の姿が目に入った瞬間、心臓が大きな音を立てて鳴った。俯いていて顔が見えなかったが、それが誰なのかすぐに分かった。
今現在、一、二を争うくらい会いたくない相手だとわかって、緊張でお腹が痛くなってきた。男の子の顔を覗き込むようにその足元に膝をつく。

「…何してるの?」

名前は呼ばなかった。私に声をかけられ、男の子が顔を上げる。右手には見慣れた携帯電話を持っていた。

「電話してる。でも出てくれないんだ」

突然話しかけてきた怪しいやつにもちゃんと言葉を返してくれたのは、予想通りシャルだった。それも流星街を出ていく前のまだ幼く可愛かった頃のシャルだ。
キラキラ輝く綺麗な瞳を見て、色んな思いが溢れてきそうだった。一体どうして彼はあんな人間になってしまったのだろう?
そう思ってるのは何も私だけじゃない。向こうだって私に対して同じ疑問を抱いていた。

「セリ、どうして黙っていなくなったの?なんで俺達に何も言ってくれなかったの?」

声変わり前の可愛い声色で投げ掛けられた質問にぎくり、とした。彼の話は私が旅団を裏切りクラピカに加担していた時のことを指しているのだとすぐにわかった。

「パクに俺達のこと好きだって言ったのに、一方で俺達の死を望んでる。セリのこと理解してるつもりだったけど、全然だった。俺は君が何を考えてるのかわからないよ」

思春期の子供を持つ親みたいな事を酷く純粋な目で聞かれた。
私の本心は非常に複雑なもので、何を隠そう私自身もギリギリまで気が付かなかったので心の機微に疎いシャルや旅団の皆には理解できなくて当然だ。そもそも他人の胸の内など見せられたところで誰にもわからないのだ。それこそ血縁関係があっても長い時を共に過ごしていても絶対に解りやしない。
だから私はその質問には答えなかった。言語化出来る自信がないともいう。代わりに今まで誰にも話せなかった私の願望を語った。

「シャルが旅団じゃなくて、何も知らない普通の大人になってくれてたらよかったのに。そしたら私はずっと側にいたかったな」

色々と遡って考えてみれば、やはり旅団が結成されなければよかったという結論に至る。そうすれば私は初めての友達と別れずに済んだはずだ。
私の勝手な願いにシャルはきょとんとして「何も知らないってなに?」と尋ねてきた。

「流星街に閉じ籠ってセリと二人で生きてくの?」

それは極論だ。
けれどそういう意味にもとれる。私の望む「何も知らない」とは手を汚さず、誰にも怨まれない人のことだ。あの環境でそんな人間になるには流星街に引きこもり、支援物資に頼って細々と暮らしていくしかなかった。
何も持たないどころかマイナスからスタートしている流星街の人間が外でまともに生きていくのはそれだけ難しいのだ。それでも"まとも"な生活を望んでしまうのは私が元々それを知っていたからだろう。

「だったら、俺はごめんだね。そんなのつまらないじゃないか」

答えられずに黙っている私とは対照的にシャルは悩む様子もなく、あっさりと押し付けられた願望を拒否した。

「誰にどう望まれても俺の心は俺だけのものだから、どう生きるかは自分で決める。その結果、セリが電話に出なくなったんなら、仕方がないことだったんだ」

うんうん、と可愛く頷く。
シャルは自分で決めて、自分で考えて旅団の一員になった。シャルだけじゃなくて全員そう。クロロに強制されたわけじゃないし、そのクロロも自分で生き方を決めた。
彼らは皆意志の強い人達だったから、他人が口を出して変えられるものではなかった。

シャルは「俺、もう行かないと」と座席から立ち上がった。答えが出た途端、元来さっぱりした性格の彼らしいと言えばらしいが、折角会えたというのに全く未練無さそうに進むものだから慌てて引き止める。

「何?」
「最後にほら、抱きしめてもいい?」
「えぇー?」

腕を広げた私に嫌がりつつもちょっと嬉しそうな顔をしてるのがわかって、可愛いと思った。子供って分かりやすくていいな。
小さな背中に腕を回して、ぎゅっと力を入れる。この先会いたくなってもきっともう二度と会えないんだろうという気がした。

「それじゃあ、元気でね」

***


「セリさん」

耳元で名前を呼ばれて、ゆっくりと目を開ける。
とんとん、と軽く背中を叩かれた。頭を上げながら欠伸を一つ。あー、よく寝た。まーた夢オチか。
生理的な涙を拭うと爽やかな笑顔を浮かべた上司と目があった。背広の彼は、いつもにこにこ笑いつつも目の奥は一切笑っていないという恐ろしい人だ。最初に言われた笑いの絶えない明るい職場ですって思いっきり嘘だったなぁ。

「最初は心細いって言ってたのに、二週間でこうも変われるなんて本当に図太いですよね!」
「私ってばどんな状況でもぐっすり眠れるのが特技なんです副会長様」
「あれ?この前枕が替わると眠れないくらい繊細なので労ってくださいって言ってませんでした?」
「は?記憶にないですね」
「うわあ、そういうところハギさんにそっくりですよ」

新たな職場は直属の上司と死ぬほど相性が悪いので早めに辞めようと思う。

[pumps]