奥様はゾルディック

キキョウさんに私と遊ぶよう言われたイルミは暫く無言で私を見た後、口を開いた。

「セリは念能力者だけど随分弱そうだね。誰に指導してもらってるの?」

うわぁ、コイツ失礼。首傾げるのやめてくれない?
無表情すぎて純粋に疑問に感じたのか、ただ単に馬鹿にしているのかがわからない。前者は前者で悲しいんだけど。
今までいなかったニュータイプ『イルミ』に困惑する私を救ったのは、いつの間にかキキョウさんにキルアを奪われて手持ち無沙汰になったスズシロさんだった。

「セリはナズナから念を教わったのよ。今は違うけど基礎を叩き込んだのはナズナね」
「ああ、ナズナおじさんか」

!?

「は!?おじ………おじさん?…そっか……っておじさん!?」
「うん。どうしたの?」

いや、どうしたのって!
ナズナさんを『おじさん』なんて言う人初めて見た。あの人見た目はイルミと同じくらいだよ?実年齢だって、えっと、今いくつだ?
私の22歳上だから……30歳!三十路は別にオッサンじゃない!
って思ったけど20歳近く年上は私達子供からすればオッサンか。ごめんやっぱりナズナさんは『おじさん』だった。

「あれ?そういえばナズナさんの事知ってるの…………ですか?」

しまった、イルミは私より年上&ゾルディックなのにタメ口きくとこだった。雑魚が生意気だぜと機嫌を損ねて殺されたらどうしよう。
しかしイルミは相変わらずの無表情で「知ってるよ」と頷くとそのまま淡々と言葉を続けた。

「母さんの幼なじみらしいし、たまに親父の仕事にも協力してるからね。何回か会った事がある」
「幼なじみ?仕事?」

ええ…初めて聞くワードがたくさんあるぞ…?
幼なじみは別にいい。それならナズナさんがキキョウさんの事を呼び捨てにしてて結構親しそうな感じだったのも説明がつく。だが仕事、テメェはダメだ。

「ス、スズシロさーん…ナズナさんが協力してる仕事って……?」

まさか暗殺じゃないですよね?と恐る恐る聞いてみる。
未だ興奮醒めぬ様子でキルアをあやすキキョウさんの隣で優雅に紅茶を飲んでいたスズシロさんはキョトンとした後、笑いながら言った。

「別にそんなに心配しなくていいわ。ただの運送よ」
「運送?」
「ええ、シルバ達が仕留めたターゲットを依頼人の所まで運んで遺体を確認させるの」

ある意味暗殺より怖いんだけど?ナズナさんいつの間にそんな事やっていたんだ。スズシロさん曰く『運送』をしているナズナさんの姿を思い浮かべると気分が悪くなった。
死体を運ぶなんて私は絶対に無理だ。しかも殺された人。よく考えれば転生前はもちろん、今まで人が死ぬところを見た事はなかった。だから理解ができない。
しかし今この場にいる人間は私を除いて誰一人として動揺する者はいなかった。私以外は先程と何も変わらない様子だ。
キルアは赤ちゃんだから抜きにして他三人の慣れてます的な反応……苦手だなぁ。
自分でもわかる程、顔色が悪くなっていく。正面に立っているイルミは俯く私を下から覗き込むと大丈夫?と聞いてきた。

「顔色悪いけど気分悪いの?外に行く?」
「……えっ」

なんか優しくない?
こう言っちゃ失礼だけどイルミって漫画ではもうちょっと嫌な感じじゃなかったっけ?一切感情を外に出さず、さっきとどこも変わった様子はないのになんだか言葉が優しい。
マジで何事?と気分の悪さを忘れてイルミをまじまじと見つめる。しかし先に口を開いたのは私でもイルミでもなくそれまで黙っていたキキョウさんだった。

「まあイルミったら妹を心配して!もう立派なお兄ちゃんね、私も安心したわ」

だから妹じゃない。
ていうかそうなの?イルミも私を妹だと思ってるからやけに優しいの?という意味を込めてイルミを見つめてみたら、キキョウさんの妹発言には特に何の反応も見せず私の顔を見て「そういえば」と思い出したように話し始めた。

「セリとスズシロさんは試しの門を開けたんだよね?ミケは見た?」

疑問系なのに相変わらず無表情のイルミは途中で少しスズシロさんに視線を向けた後、私に聞いた。見たってあそこなんか居たの?

「ミケってなにそれ猫……ですか?」
「うちの番犬だよ」

番犬で名前がミケ?可愛いね。

「へぇー、ペット飼ってるんですか?」
「俺はペットって思ったことないけどね。興味あるなら見に行く?」

気分も悪そうだし外に出たら?とイルミは続ける。ホントに優しい。ぶっちゃけ気分悪いのもう治ったけど、せっかく気遣ってくれてるんだから誘いに乗るべきだろう。頷くとイルミはキキョウさんとスズシロさんの方を向いた。

「ちょっとセリとミケの所行ってくる」
「そうなの?イルミ、セリのことお願いね」
「イルミ、セリちゃんが食べられたりしないようにあなたが守ってあげるのよ」
「わかってるよ」

スズシロさんとキキョウさんは遊びに行ってくるねー、という子供達対してあらあら気をつけてねと言って世間話を続けるお母さん達のようになっている。
いや、ちょっと待って!食べられる可能性があるの!?
イルミに腕を掴まれ、半ば引きずられるようにしてそのまま部屋を出る。食べるの?ミケって人間とか普通に食べるタイプなの?私の想像ではドーベルマンとかなんだけどもっと凄いの想像した方がいいですか?


***

「ちょ、イルミさん足速すぎ!」

地獄の番犬ミケに会いに行くことになった私は何故か走っていた。なんか前にもこんなことあったぞ!
変だな…ワンピースで全力疾走なんて…こんなのおかしいよな…と足を止めて息を整え、イルミが進んだと思われる道を眺める。
屋敷を出るとイルミは「じゃ、行こうか」と言って走り出したのだ。そしてあっという間に見えなくなった。
ゾルディックは移動するとき常に駆け足とか言われてんのか?普通に歩けばいいと思います。

とりあえず試しの門までは山道とはいえ一本道なので焦らず歩いて行くことにした。
……このまま帰ってもいいかな。ちらりと屋敷の方向へ視線をやると消えたイルミがいつぞやのシャルのように戻ってきた。

「セリ大丈夫?弱そうだとは思ってたけど足まで遅いとは思わなかったよ。ごめんごめん」

はぁー!コイツむかつく謝ってんのになんかむかつく!
煽りスキル高めのイルミは息一つ乱していなかった。私の足は多分一般の人よりずっと速いと思われるが、シャルやイルミからすれば遅いらしい。どうしろってんだ。

「イルミさん、私見ての通り足遅いんでもっとゆっくり行きません?急がなくてもミケは逃げないと思うんですが」
「まぁ、そうだね。満腹になって寝ることはあるだろうけどそしたら起こせばいいし」
「あ、今って餌の時間ですか?」
「いや、侵入者がいたら食べちゃうから」
「!?」

何それやっぱり人間食べるタイプなの!?
今ライオン想像してたんだけどもっと凄いの想像した方がいいのか!?

「ミケって慣れない人見かけたら食べようとするんだよね」

何だその「うちのわんちゃんって慣れない人には吠えちゃうんですよー」の食べちゃうんですよー版。すごいさらっと言われたんだけど。
よく無事だったな私とスズシロさん…て、あれ?慣れない人?

「…………じゃあ私危ないんじゃないの……ですか?」
「もう門の内側に居るから大丈夫じゃない?多分」

多分て!
命の危険を感じ焦る私にイルミは「前例がないからよくわからないな」とどうでもよさそうに言った。
正直この人私が食べられても「あーあ食べられちゃった」って言って終わりな感じがするんだけど。すっごい薄情そう。
と思ったらイルミが私をガン見してきた。薄情とか思ったのバレた!?と一人焦っていたらイルミが口を開いた。

「セリって話し方おかしいよね。普通に話せばいいのに」
「……………え、それはどういうことで?」
「詳しくは途中まで普通なんだけど最後に急に『ですか』とか付けてるよね。あと俺のことさん付けで呼ぶし。ミルキだって普通に話すんだからセリも普通に話しなよ」
「誰っすかミルキ」
「弟」

ああ、豚か。それは家族だからでしょ、とイルミにやんわりと言ってみたら無表情で一言。

「セリも家族でしょ」

違うよ。私は他人だよ。
当然のように言うイルミに頭を抱える。さっき会ったばかりですよ私達。

「キキョウさんの妹発言を真に受けるのはどうかと…」
「さ、行こう。次変な話し方したら頭に針刺すからそのつもりで」
「頭!?刺す!?」

なにそれ!?と聞く私には目もくれずイルミはこの話は終わりと言わんばかりに先に行ってしまった。
また置いてかれたんだけど!

[pumps]