地獄めぐり2
すみっこの星最終話後のifではない番外編です。前後編の後編になります。
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己の限界を超えた激辛料理で痛めつけられた上に、食後の運動とばかりにひったくり犯を追わされて精神的にくたくたの私は元気いっぱいの副会長様と共に本部へ戻った。なんだかんだで昼休憩の時間は過ぎていたが、上司が一緒なら問題ないだろう。

「私の仕事先の偉い人って死ぬ法則があるんですよ」
「えー!死神じゃないですか!」
「死神ってリンゴしか食べないんですよ」
「そうなんですか?」
「だから手が赤いんです」
「へぇー、博識ですねぇ」

こんな適当な会話聞いたことある?お互いに興味がないとこうなるんだよ。
会話が途切れたところで丁度上層階へ向かうエレベーターが到着したので乗り込む。狭い空間で午後からの業務について指示を受けた。

「わかりましたか?死神のセリさん」
「はい」
「返事が可愛くないのでやり直してください!」
「かしこまりました〜〜!きゃっ!」
「もうちょっと頑張れませんか?」
「私にどうしろと……」

ダメだ、私やっぱりこの人と合わない。
エレベーターが目的の階に到着した音を聞き、仕事のストレス要因の後に続いて降りる。
目指す場所が同じだったので二人で並んで歩いていたが、曲がり角の向こうから人の気配がしたのでぶつからないよう端に寄った。

「げっ!」
「あ」
「え?」

私が気配を読み取った人物はこちらを…というよりも副会長様を見てあからさまに嫌そうな顔をした。それは別にいい。気になるのはその姿だ。
ハンター世界の念能力者は服装が独特というかファッションモンスターみたいな人が多いのだが、その中でも"彼女"は相当目立つ格好だろう。青い髪を羽毛で纏め、水着とも違う際どい服…服?
もうなんかすっごいカーニバルな感じの人が出てきたんだけど。すごいなハンター協会って。
副会長様は知り合いらしく「お久しぶりです〜!」なんてにこやかに挨拶しているが、彼女はますます顔を歪めたので親近感が湧いた。
すると副会長様がこちらに顔を向けて「セリさんは初めてお会いしますよね?」と聞いてきた。

「彼女はクルックさんです。クルックさん、こちらはセリさん。死神です」
「そうなの!?」
「違いますよ!?」

サラッとぶっこんでくるのやめろ。
さっきの冗談引き摺らないでください!と小声で伝えるとスーツを着た悪魔は分かっているのかいないのか「ああ!」と頷いた。

「そうですよね、間違えました。死神じゃなくて死神代行みたいなものです」
「それ黒崎一護の自己紹介ですよ」

漫画を変えるな。
私の突っ込みに対し「セリさんのお友達ですか?」と呑気に聞いてくるのは本当にやめてほしい。会ったことないわ黒崎一護。
謎のやり取りを見せられ、置いてけぼりのクルックさんは「何!?結局何なの!」と混乱している。
私が訂正をしようと口を開く前に横の悪魔が「すみません!」と明るく続けた。

「今のは僕達だけの秘密の呼び名です」
「言い方。言い方気をつけてください!」

私達の関係性を疑われるような言い方やめろ。
案の定何かしらの勘違いをしたと思われるクルックさんは私と副会長様を交互に見比べてから私に向かって「あんたこのままじゃ不幸になるわよ!」と場末の占い師のように叫んだ。あー、もうめちゃくちゃだよ。
残念ながらただのバイトだという私の言葉は彼女の耳に届かず「今すぐパリストンから離れた方がいい」と念を押された。好きで傍にいるんじゃないんだわ。
クルックさんは最後に副会長様へ侮蔑の視線を向けてから私達が来た方向へ羽根を揺らしながら進んでいった。
その後ろ姿を眺めながら堪えきれなかったのか副会長様が笑い声を漏らす。

「いやあ、楽しい方でしょう?クルックさん」
「物凄く嫌われてましたけど何かしたんですか?」
「それが全く心当たりがないんですよね」

曇りなき眼で言われた。
不思議〜!!みたいな顔するのやめろ。私は嫌われる理由何となくわかるぞ。

「クルックさんは十二支んの会合でも僕が意見すると全部嫌がるんですよ。いい大人なんですから、私情にとらわれるのはやめてほしいなぁ」
「十二支ん?」

って、十二支のことだろうか。久々に聞いた懐かしい単語は、正直この金髪の彼が口にするには違和感しかなかった。
疑問符を浮かべる私に副会長様が簡単に説明してくれる。ハンター協会の『十二支ん』というのはネテロ会長が選んだ12人のハンター達のことを指すらしい。
要は会長が気に入っている、一目置くハンター達というわけで、クルックさんと副会長様は共にそのメンバーなのだ。

「ちなみに僕は十二支んの"子"です!」

子ってことは由希君?ハンター協会の由希君なのこの人?
遥か昔の記憶を呼び起こす。どうでもいいか。

***

ダメだ、眠い。
資料を眺める副会長様を前に、ついつい睡魔が襲ってくる。慣れない環境のせいか、ここ最近よく眠れていなかった。
欠伸を噛み殺しているといつの間にかこちらを見ていた副会長様とばっちり目が合う。
やばい怒られる、と思ったが彼は「寝不足ですか?」と尋ねただけだった。

「枕が変わると眠れなくて…私ってばホント繊細なもので…」
「そうですよね、仕事量も多いですし……少しお休みしますか?」
「いえ、任された分は片付けないといけないので」
「頑張れ〜!負けるなセリさーん!」
「声援はムカつくのでいいです」
「ええ?傷つくなぁ」

なんとも思ってなさそうな声色で暫く立ち直れない、と広げた資料を下敷きにして机に突っ伏した。仕事しろよ。
声をかけるのも面倒なので黙って見守っていたら、小さく動いて腕の隙間から片目だけこちらに覗かせた。
私が何も反応しないことを察したらしい彼は、ゆっくりと顔を上げると「そういえば聞いておきたいことがあるんですけど」と机の端に置いてあるカレンダーへ視線を移した。

「もし来年のハンター試験を受験されるなら早めに教えて下さいね」

予想していなかった質問に、一瞬面食らう。気の早い話だと思ったが確かにもう12月半ばだ。
例年通りなら年明けすぐに開催されるはずだが、正直何も考えていなかった。あの激動の9月から止まっていた私の時間は今ようやく動き出そうとしているレベルなのだ。

「セリさんって前回の試験で四次試験まで残ったでしょう?今回は試験会場まで無条件で行けるはずですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ、毎年最終試験直前まで残った方々には招待権が与えられるので。折角頑張ってくれたのに次も一から会場探しなんて大変ですし、そのくらいはね」

お話聞きませんでした?と副会長様が首を傾げる。言って……た?う、うーん、確かに四次試験前に船で可愛いお姉さんが言ってた気がするかも。
曖昧に返事をする。約一年前の記憶なんて持ち合わせてるわけないだろ。

「受験するなら仕事はお休みにして…心配だから僕も会場まで着いて行ってあげますよ」
「結構です!…今回は見送りますから」

咄嗟にそう返した私に副会長様がそれは残念、と口にする。少しもそう思っていないのがよくわかる口振りだった。

「まあ、いいか。とりあえずセリさん何か面白いことしてください」

急に無茶振りが過ぎる。
なんで?求められたものと違う回答したから?これパワハラ?
自由過ぎる上司はまるで街でお笑い芸人を見掛けた小学生のように期待に満ちた眼差しをこちらに向けていた。
この人って言い方はすごく優しいけど、常に背中に銃口を突き付けられて脅されているような圧を感じさせるよね。一筋縄ではいかないハンター達の上に立つものとしてはある意味正しいことなんだろうけど。

「ええ……二人で野球拳でもします?」
「…そんな地獄みたいな状況作ろうと思い付くなんてセリさんは流石だなぁー!」

こちらに何とも言えない目を向けた後、いつもとは違って大きく笑いながら言う。
腹抱えて笑っているように見えるが、これが正解なのか不正解なのか、この反応ではさっぱりわからない。私にはこの人が本当に理解できない。

「あなたは流星街で育ったにしては、変わった人ですね」

かと思えば少しの間を空けて、そんなことを言い出した。私に問いかけるというより独り言のような呟きだった。
言われたことあるでしょう?と私の目を見てくる。既視感のある状況に、ふとクロロを思い出した。奴もそんなことを言っていた気がする。
クロロと同じで、私が流星街で育った割には"普通の感覚"をしていることを彼は言いたいのだろう。
芋ずる式に様々な思い出が甦ってきたせいですぐに返事をする事ができなかった。私に昔の記憶がなかったら、クロロ達ともっと上手くやれていたんだろうな。
遅れて口を開く。

「それってダメなことですか?」

こんなことを言うつもりじゃなかったが、声に出たのはこれだった。副会長様は大袈裟なくらい目を丸くした後に「まさか」と明るく言った。

「とても良いことだと思いますよ。物質的にも愛情的にも恵まれていたのに、道を踏み外す人もいますからね!」

お、なんだそれ?自己紹介か?
物凄く勝手なイメージだが、そんな感じがする。いや、別にこの人の生い立ちとか知らないし、興味もないけど。

「あの劣悪な環境で、あなたのように育つ人は凄く珍しいでしょう。子供みたいに純粋で、明るくて、手を握ると温かい」

彼は一体何を言いたいのか。
意図が解らず、黙って聞く私を見据えて「僕はね」と続ける。

「そんな人を見ると傷付かないように大切に大切に守ってやりたくもなるし、二度と立ち直れないくらいぐちゃぐちゃに踏み潰してやりたくもなるんですよ」

その時、強いプレッシャーを感じて本能的にオーラで身を守ってしまった。脂汗が滲み出る。
全身が緊張状態の私とは対照的に、椅子の背もたれに身体を預けた彼は青い目を瞬かせた。

「なーんちゃって!」
「…………あ、はは…そうっすか」

明るく笑う彼に、そう返すのが精一杯だった。正直冗談とは思えないものを感じたが、何も言わないでおく。ただただドン引き。
震えながら執務室を出て廊下を走っていたら今日も来ていたらしいクルックさんに出会った。相変わらずカーニバルな彼女は私を一目見て「だから言ったでしょーが!」とすれ違いざまに肩を叩いた。すごい、これが十二支んか…。ハンター協会ってすごいや…。

***

それからなんやかんやで時は過ぎ、私がここの仕事を始めてからもうすぐ一か月になろうとしていた。あの上司の下、よくひと月も続いたもんだと自分を褒める。
あの人裏で色々悪いことやってんだろうなー。そりゃ遠巻きにされるわ。私だって仕事じゃなければ絶対関わりたくないもん、とデスク周りを整理する。
終業時間まであと少し。今日片付けなくてはいけない仕事はすべて終わり、内線も鳴る気配がない。
これは定時で帰れるな、と確信する。まあ、元々私は副会長様の計らいで残業にならないことが多いのだが。
やることが完全になくなってしまったところで強い睡魔が襲ってきた。耐えられる気がせず、少しだけ目を瞑ることにした。何かあればすぐ起きられるだろう。



「セリさん」

耳元で名前を呼ばれ、目が覚める。
このちょっとした居眠りで、私はとても不思議な夢を見た。私と関わりの深い面々大集合の不思議な夢だった。
人間は死ぬ直前走馬灯を見るというがそういうものなのだろうか?私、死ぬのか…?
私が原因不明の死を遂げたら副会長様の仕業だって遺書を用意しておかないと。
私を起こした副会長様は私がハギ兄さんにそっくりだと揶揄すると、どこからか椅子を引っ張ってきて対面するよう腰掛けた。
ガヤガヤと騒がしいフロアで私達を取り巻く空気だけが静かだった。

態々座るってことは、きっと重要な話があるんだろう。壁の時計に目をやると定時5分前。もう帰るつもりだったがこりゃ残業か、と思っていたら私の給料がもうすぐ振り込まれるという話をしに来ただけだった。

「初任給で何か買ってくださいよ〜!」
「は?家族面するのやめてもらえます?」

冗談です、とここで働き出してから何度聞いたか忘れた台詞を吐く。この人本当にどうでも良い話だけしに来るから困る。

「ご家族に何かプレゼントとかしないんですか?」
「別に…みんな私がモノあげてもすぐ捨てるんで…」
「流星街だけにですか?」
「洒落じゃないです」

あっははー!と頭の後ろに手をやる。
茶化すのやめろ。私じゃなくてクルックさんだったらもう殺しにかかってるぞ。
はあ、とため息をついてナズナさん達の顔を浮かべる。モノ買う金があるなら現金で返せって絶対言われる。ていうか毎日ダラダラしてた私にちょっとキレかけてたし。

「それに、今って何か微妙な感じなんで…」
「喧嘩中ですか?」
「そういうわけではないんですが、…うーん」
「セリさん、素直になって。僕も一緒に行って謝ってあげますから」
「いやなんで?なんで私の実家に来ようとしてるんですか?」

お前誰なんださっきから。
そもそもこの会話も単なる世間話のつもりで聞いてるのか、家庭事情を探りたいのか、今一目的がわからない。何の意味もない世間話と言われてももう信用できないくらい私の中で副会長様=ヤバい奴になっているのだ。

「セリさんって、この仕事を受けるまでは流星街に居たそうですけど、この先はどうされるんですか?」
「先って…ここを辞めた後ってことですか?」
「ええ、もちろん僕としては契約更新してずーっといてくれた方が嬉しいんですけど」

私もそうしたかったけど貴方がいるからやめました、とは口にしなかった。多分向こうも分かってて聞いてきてるからだ。
先のことなんて正直そんなに考えてない。良い仕事があったらそれに就けるよう頑張る。でもあまり行動範囲を広げるつもりはなかった。
少し間を置いてから、流星街に戻るかも、とだけ告げる。

「外へ行こうとは思わないんですか?」
「思ってたけど、色々あって……こっちで友達と気まずくなっちゃったから暫くは実家にいようかなって」
「そうですか、仲直りできるといいですね」

そんな日は来ない。
ふ、と口許を弛めた。先ほどの夢を思い出す。
私達はそもそも考え方が違ったし、解り合えなくて当たり前だった。
こうなった以上もう元には戻れない。私は色々と間違えてしまった。

「セリさん、もし間違えた選択をしたと思ったら、やり直せばいいんですよ」

なんてことないように紡がれた彼の言葉に驚いて肩を揺らしてしまった。心の中を読まれたのかと思った。
全てを知っているかのような指摘に、胸の奥からずっと一人で抱えていたものが込み上げてきた。動揺して口が勝手に回る。

「わ、私……」
「はい」
「彼らの全部を否定したい訳じゃなかったんですけど……でも私が思う幸せと彼らの求める生き方が全然違うなら…私が側にいても何を言っても何も変わらないなら…やっぱり離れるしかないな、って思って…」

要領の得ない話し方だと思ったが、頭の中に浮かんでいたものを吐き出すのに精一杯で分かりやすく組み立てる余裕はなかった。

「だからあの…二度と会わないって決めたんです!」
「それはまた極端ですね」
「だって、どうせ解り合えないですから」
「結構ドライなんですねぇ」
「すごく悲しいですよ」

言いながら、昔の彼らを思い出す。酷い連中だと思うけど共に楽しい時を過ごした思い出もある。そして彼らから私は裏切り者だと思われているのだ。
今更関係の修復は不可能だ。

「僕は解りあえなくても良いと思いますよ。自分は自分ですから。考えを改める気もないですし、改めてもらう気もない。考え方が違うからってどうして離れなきゃいけないんですかね?押し付ければそれでいいじゃないですか。幸せっていうのは一人でも感じられるんですよ」

知ってました?なんて聞かれて、呆気にとられた。
結構難しいこと言っちゃったし、私自身何が正解なのかわからないけど絶対こういう時にするアドバイスじゃないと思う。

やっぱりこの人…苦手だ。
改めてそう痛感したところで壁の時計が鳴る。今日もお疲れさまでした、と副会長様が言うので気にせず帰っていいみたいだ。
ふと、窓の外が妙に暗くなっていることに気がついた。いつの間にか雨が降っている。
今日は降水確率ゼロだと言っていたので傘なんか持ってない。嘘ついたな、あの気象予報士。

「セリさん、傘は?」
「ないですけど、走ればすぐなんで問題ないです」
「セリさん」

帰り支度をする私に、副会長様はいつもの皮肉さやわざとらしさを含む物言いとは違う柔らかい声で言った。

「もう一度言います。間違えたと思っているならすぐにやり直した方がいいですよ。人の生死以外で取り返しのつかないことなんてないですから」

あなたが後悔しているように見えるので。
そう続けられて暫し見つめ合った。やり直すってどこから。結局私はどこから間違えたんだろう。
上手く言葉を返せず、誤魔化すように「お疲れさまです」と口にした。

「風邪引かないで下さいね」

その言葉を背中で受けた私は雨の中を走らず、ゆっくり歩いて帰った。

夜、様々な思考が巡り、一睡もできなかった…なんて事はなく疲れからかぐっすり眠れたので最高の朝を迎えた。流石図太い。
天気もすっかり回復して、外は晴天。気象予報士も降水確率ゼロです!と言っていたが信じてないので折り畳み傘を持っていく。
快眠のおかげでとても肌ツヤも良い。今日は良いことありそうだわ。
なんて思いながら副会長様の部屋を訪ねて挨拶をする。

「体調はどうですか?」
「ピンピンしてます」
「流石セリさん!なんとかは風邪引かないって言いますもんね!」
「そうっすね」

分かりやすい煽りを適当に流した私に、副会長様は少し意外そうな顔をした。
机に両肘を立てると口元で指を組む。目を細めてこちらを見つめる彼は私の大嫌いな表情をしていた。

「セリさん年末のご予定は?ご家族と過ごされますか?」
「いいえ、実家はここから遠いですし…今年は別に良いかなって」
「そうですか?会えるうちに会っておいた方が良いと思いますけど」
「副会長様は?」
「僕は仕事です。悲しいなぁ」
「可哀想ですね」

感情のこもっていない私の台詞に副会長様はさして反応しなかった。お互い様だからだ。

「そうだ!じゃあ一緒にお祝いしましょう!」
「わあ!楽しそう!嫌です!」

なにその地獄。ふざけるなよ。

[pumps]