もしもゾルディック家で育っていたら
目が覚めたら……赤ん坊でした……。

ちょっと煩い美人さんに抱き抱えられた状態で目を覚ました私は絶望した。
私の本来あるべき明るい未来を返せよ!と叫びたかったが残念ながら言葉にならず、赤ん坊の私はただ泣き叫んだだけだった。

それだけでもキツいのに、何故か私はハンターハンターという漫画の中に入り込んでしまったらしい。
なんでわかったかって言うと私を育ててくれている人達が暗殺大好きなゾルディック家の皆さんだったからだ。
なにこのいらないオプション。なんで転生先が幼少期から強制的に地獄を見せられる暗殺一家なの?ハンデが過ぎる。

そんなゾルディック家のじいちゃんらはヨ〇ダと一日一殺、父は筋肉モリモリの銀髪ウェーブ、母は謎の高性能ゴーグル、兄貴は能面、弟達は豚やら日本人形やら。
漫画だから仕方ないが家族みんなキャラ濃すぎてつらい。

そんなキャラの濃い面々に囲まれ私は金だけは無駄にあるこの家で何不自由なく、すくすくと育った。
………というのは嘘でそんなにすくすくは育ってない。

前述通りゾルディック家というのは子供達に幼いうちから暗殺術を仕込み、毒や拷問に耐えられるように訓練を積ませるのだ。なんという地獄。正直ただの虐待だと思うんだけど、そこらへんどうなんですか?
もちろん親であるシルバさんとキキョウさんが子供に愛情を持っているのはわかる。
ただ、前世で女子高生していた私からすると虐待としか思えない。四つ上のイルミお兄さんの性格がこの教育が間違っていることを全力で表しているよね。

で、拷問とか無縁の元一般家庭の女子高生だった私がこの生活に耐えられるかっていうと絶対無理。普通に考えて幼児に爪剥ぎとか電気椅子が耐えられるわけないだろ。
というわけで私はあらゆる訓練を全力で拒否した。泣いて暴れて叫んで逃亡して最後は兄貴にシバかれた。
それでも訓練ボイコットは止めなかったし、毒入り食事も拒否していた。まぁ、無理矢理食べさせられたけど。
さらに父、シルバさんの付き添いの元、初めて家の外に出た公園デビューならぬ暗殺デビューの日は「私は暗殺者じゃなくて海賊王になるんだもん!」と言って走って逃げた。呆れた顔をしたシルバさんに二秒で捕まった。
それでも最後までターゲットを殺そうとしなかった私を見て、シルバさんは思ったらしい。

ダメだこいつ才能ない、と。

ぶっちゃけ才能とかの問題ではなく、私の「やりたくない」という気持ちが強すぎただけだと思う。
そりゃ、私だって何の記憶もないまっさらな状態でこの家に産まれていたら、こんなに騒がなかった。こう考えると恐ろしいが、普通に暗殺者としての道を辿っていたはずだ。
でも昔の記憶のある私には人を殺せる度胸なんてない。生きるか死ぬかの極限状態なら出来るかもしれないが、それを仕事にして一生やっていくなんて無理だ。なんだよ生涯現役って。
つくづく親と環境というのは大切だと思う。刷り込みって本当に怖い、と黙々と毒を摂取し、拷問を受け、暗殺をこなすゾルディックの兄弟達を見て感じた。


さて、暗殺デビューで才能がない認定をされた私はその日から一切の訓練がなくなった。大変喜ばしいことだ。
しかし才能がないからと言ってそんな簡単に暗殺者ルートから外れることが出来るのか、疑問に感じる人もいるだろう。誰か知らないが。

実は私はこの家の、シルバさんとキキョウさんの本当の子供じゃないのだ。別にどっちかの愛人の子とかでもない。
なんでも私はキキョウさんの知り合いの子供らしい。私の父らしいその人は、ある日突然やって来て赤ん坊の私を預けた。
と祖父にあたるゼノさんから4歳の時に教えられた。真実告げるの早くない?あの子が大人になったら話そうと思うの………とかじゃないの?
まぁ、明らかに私だけ顔似てないし、キャラ薄いから分かりきってたけどね。

そんなわけで他人の家の子である私は、別に無理して暗殺者にならなくて良かったのだ。
そもそもキキョウさんは元から反対していて、シルバさん達が「いや、こいつには無限の可能性がある…!」と言ってとりあえず鍛えてみただけらしい。

そんなこんなで私は六歳の時には完璧にゾルディック家の暗殺者ルートから外れた。その代わり母、キキョウさんの言うことは逆らわずに聞くというのが大原則となっている。
例えば、三時は必ず一緒にお茶するとか服装は着物時々ドレスとか。
暗殺者ルートに行かなくていいなら、この程度……と軽い気持ちで頷いたことを私は今とても後悔している。

***

他の家族と違って拷問やら暗殺をしなくていい私は一人淡々とお菓子を作っていた。
だって学校も行ってないし、仕事もしてない。身の回りのことは基本的に全部執事がやってくれる。早い話が暇なのだ。
これってニートだよね、と思いつつあまり危機感を感じていないのは、もうこんな生活に慣れたからだと思う。毎日毎日、飽きることもなくお菓子を作り続ける。ネットで探せばいくらでもレシピが出てくるなんて便利な世の中だ。
この間なんて誰も結婚してないのにウエディングケーキを作った。暇にも程がある。
いつしか私専用のキッチンまで造られ、家族全協力のもと、私はゾルディック家の菓子職人になっていた。

そしてついさっき、綺麗に焼き上がったアップルパイを切り分けたところで母、キキョウさんと弟のカルトの襲撃を受けた。

「キルったらいつの間にかあんなに立派に成長していたのかしら。見て、こんなに広範囲に傷をつけたのよ!」
「そうなんだ(なんで喜んでんだろう)」
「ええ!でもね、あの子まだ11歳でしょ?あ、今年で12歳かしら?まぁ、どちらにしろまだまだ外に出すのは心配なのよ、わかる?」
「うん」
「それでね、イルミに様子を見に行ってもらったの。そしたらあの子!ハンター試験に応募したらしいのよ!」
「へえ」
「どういうことなのかしら。まさかハンターになりたいの?いえ、でも…」

生返事の私を気にせず、興奮気味に一人語り続けるキキョウさん。相手が聞いてるか聞いてないかは関係なく、とにかく話したいんだろうな、と思う。
基本的に話の長い人だが、我が家の三男であり、ハンターハンターのゴンと並ぶ主役であるキルアの事となるともう止まらない。
この人キルアのこと大好きだもんなー、と思いながらメレンゲを作っていると突然キキョウさんがさっきまでとは違う落ち着いた声で「セリちゃん」と私の名前を呼んだ。

少し驚いて何、と顔を向けると足元に違和感。
恐る恐る下を見ると、私の左足の親指と人差し指の間に包丁が突き刺さっていた。指と指の間にひんやりとした感触。履いている靴を完璧に貫通している。

「は!?えっ、ちょ、え!!?」
「セリちゃん。さっきから素知らぬ顔をしているけど、知っているのよ?私」

キュイーン!と音を立ててこちらに標準を合わせるキキョウさんのゴーグル。さっきまでの明るさはどこへ行ったのか、不穏な空気が漂い始めた。
ヤバい、殺られる。靴を貫通どころか床に深々と刺さっている包丁を慌てて引っこ抜き、キキョウさんの醸し出す空気に震えながら口を開く。

「な、何の話……?」
「とぼけないで!貴女がキルに友達はなんとかっていう歌を教えたという話よ!!」
「えっ、……えっ?友達はいいもんだのこと?なんで私が教えたって知ってるの?」
「あら、認めるの!?ならやっぱり本当なのね!!セリちゃんがキルと友達はいいもんだ〜と叫んでミケと走っていたのをカルトちゃんが全て見ていたわよ!!」

おい、末っ子何タレこんでんだ。
と目の前のキキョウさんから目を逸らしてカルトを見れば、私が作ったアップルパイを口一杯に頬張っていた。
紅茶でも淹れてあげようかな、と思っていると「そんなことはどうでもいいのよ!!」とキキョウさんが私の肩を掴んで叫んだ。まだ話は終わっていなかったらしい。

「大切なのはその歌のせいでキルが前にもまして友達なんてムダでしかないものに興味を抱いていることよ!どうするの?あの子がまた昔みたいに友達がほしいって言い出したらどうするの?外に出てそのまま帰ってこなかったら!?」
「うーん、帰ってこないのは困るよね」
「そうでしょう!?ああ、やっぱりセリちゃんはママの味方なのね!」
「いや、味方というかなんていうか………あ、はいキキョウさんの味方です」

別に味方じゃ…と曖昧な返しをしていたらものすごい殺気を向けられた。やめてくれ、私は念だって使えないんだから。冗談抜きでこの家の中じゃ最弱なんだから。
キキョウさんは殺気をなくした後「お母様とお呼び!」と高性能ゴーグルをキュイーン!と起動させながら言った。

「それで本題だけどセリちゃん。キルは貴女をただの雑魚だと思っているわ」
「すごいはっきり言うね。いや、その通りなんだけど…それが?」
「一応イルミが連れ戻してくれる予定だけど、キルはイルミと少し距離を取るクセがあるの。そこでキルと仲が良く警戒にも値しないと思われている貴女がもしもの時のために…」
「あっ、待ってお母様。ちょっと待って」

キキョウさんが何を言おうとしているのか。なんとなく分かった私は手でそれを制した。
どうしよう、聞きたくない。
不思議そうな顔(といってもゴーグルとぐるぐる巻きの包帯のせいで殆どわからないが)をして口を閉じたキキョウさん。
一時しのぎだとわかっていても、次の言葉が聞きたくなかった。困ったように視線をさ迷わせていると、アップルパイで頬を膨らませたカルトと目があった。まだ食ってんのか。

しばらくカルトと見つめあう。カルトは可愛らしくもぐもぐと口を動かし、呑み込む。
そしていつの間にか自分で淹れていた紅茶に口をつけ、一息ついた後、私に向かって右手の親指をグッと立てた。

「美味しかった」
「カルトちゃん、今求めてるのは感想じゃない」

ダメだこの子。
瞬時に理解した。そうだ、この家で私を助けてくれる空気の読める子なんていなかったんだ。

「セリちゃん?もういいかしら?イルミと一緒にハンター試験を受けてキルを連れ戻してちょうだい。お願いよ!」

予想通りの言葉に私は膝から崩れ落ちた。間接的に死ねと言われた気分である。
毎日お菓子しか作らない私の身体能力なんてその辺の高校生以下だ。キキョウさんって実は私のこと嫌いだろ。

[pumps]