今日からアサシン

私の朝は常に危険と隣り合わせである。

「いつまで寝てるの?散歩の時間だよ」
「…え、っぎゃあああ!!!」

声が聞こえたかと思ったらイルミ(当然気配はしなかった)が瓦わりの要領で私の頭部めがけて腕を振り下ろし、それを紙一重で避ける。
そう…これが私達のさわやかな朝の挨拶だ。



同じ頃、流星街にて。

ナズナさんへ(はぁと)

元気ですかー!毎日何やってますか?私が居なくて寂しい感じですか?素直に言っていいんですよ。

私は今なぜかゾルディック家にお世話になっています。
スズシロさんが迎えに来るまでという話でしたが中々来てくれません。もう一週間になります。
それまで色んなことがありました。長男のイルミはなぜか私の教育係となり、日々意味不明な訓練を受けさせられています。毒の耐性ってなんだろう。
ここに来てからナズナさんはすごく優しい人だったということに気がつきました。あの時ナズナさんの言うことをもっとちゃんと聞いておけばなぁ、と今更ながら後悔しています。早く流星街に帰りたいです。
ついでに携帯欲しいです。今時手紙って古風過ぎません?

超優秀な弟子セリより


「………………」
「では私はこれで」

セリの手紙をわざわざ届けに来たゾルディック家の使用人はそう言うと音もなくその場から去っていった。すげぇなあれが隠密ってやつか。ゾルディックのレベル高。
手渡された手紙をもう一度読み返す。宛名と最初と最後と差出人名がうざったい。
だが内容には同情する。ゾルディック家の訓練といえば暗殺者養成コース、しかも指導は手加減を知らないイルミ。

………あー、大丈夫きっと今より強くなれるはずだ。死ぬことも……多分ないだろうし。
返事を書くかどうか迷ったがよく考えたら向こうに届ける術がないことに気がついた。
手紙を折りたたんで上着のポケットに突っ込む。可哀相だが連絡が取れないので仕方ない、返事は書かないでおこう。

こういう時、携帯があったら便利かもしれないがセリに買い与えるつもりはない。
なんで俺があいつに携帯買ってやらなきゃいけないんだ。俺も持ってないのに。

***

「…ミケさんやーい…セリだよ…」
「そんな小さな声じゃ聞こえないよ。ミケー!!」
「ちょっ!!」

小声でぼそぼそと言った私を見かねてイルミは大声でミケを呼んだ。
呼ばなくていいんだよ!呼びたくないから小声なんだろ!と言う暇もなくミケの息遣いが聞こえてくる。どうやら意外と近くにいたらしい。
私達はこちらを見下ろすミケの影にすっぽりと包まれた。

「ばっかおま、あああああああ…」
「ほら、始めるよ」

イルミはそう言うとビビりまくっている私の手を引っ張って走り出した。
一応私のスピードにあわせてくれているので足がもつれそうになりながらもなんとか一緒に走る。その後ろからミケが追いかけきた。
犬には逃げる者を追う習性がある。というわけで朝の散歩ことミケとの追いかけっこ(30分間)が始まった。

「ミケ!!ミケが!!速い!!」
「喋ってると体力なくなるから黙りなよ、うるさいし」
「すいません」
「あ、ここで右に曲がるから」
「え、危なっ!!……もっと早く言おう!?」

樹齢三百年くらいの木をぎりぎりで避ける。言うの遅いよ…。
しかも私は常に全力疾走だから物凄く疲れる。なのに何故イルミは汗一つかかないんだろう?どう考えてもこいつ人間じゃない。

「あ、そこ落とし穴あるから気をつけてね」
「遅いわ!!」

なんで落とし穴。そしてこれだけ広い森の中でなぜ私はピンポイントで引っ掛かるんだ。
自分の体が下に落ちるのを感じたと同時に淵に手をかけ、ぎりぎりで踏ん張る。

「ふ、ふぁいとー!いっぱーつ!」
「何言ってるの?早く上がらないとミケがくるよ」
「ムチャいうなコラ!」

イルミは無表情で私を見下ろし「仕方ないな」と言うと私の手を掴み片手で軽々と引き上げた。

「行くよ」
「……………」

どんだけ力あるんだ。片手ってどういうこと?
なんて思っている間にもイルミは私の腕を掴んで走り出す。ちなみにこの追いかけっこ、散歩とか言ってるが実は歴とした訓練らしい。
なんでも足の遅い私を見かねたイルミが開発した新感覚ランニングだそうだ。なんだそれ。
まぁ、迫り来るミケの恐怖から逃れるため死ぬ気で走っているので効果はあるだろう。失速したら死ぬとか怖すぎる。


「時間だね。さ、帰ろう」
「は……はぁ、はい…」

30分後、私とずっと一緒に走っていたはずのイルミは始める前となんら変わらず涼しい顔をして言う。
ちなみに私は朝からいい汗かいたなーとか嘘でも言えない。どっちかと言えば今日も生きててよかったー!だ。
しかしこれはほんの序の口である。ゾルディック生活の恐ろしさはこれからだ。

「早く戻ろう。母さん達が待ってるよ」
「………うん、これから朝ご飯だもんね…」

そう、真の恐怖はこれから。ゾルディック家は朝食から殺しにかかってくるのだ。
青ざめる顔とは裏腹にぐう、と気の抜けた音が鳴った。これが身体は正直ってやつだ。

[pumps]