今日からアサシン
今まで流星街で暮らしていた私にはあまりにも豪華で眩しくて、これがどこかのホテルに泊まりに来たとかだったらきっと喜んで食べただろう朝食は残念ながらゾルディック家完全監修のもと作られている。
でも私は忘れないから……初めてこの家の朝食を一口食べた時手足が痺れたことを。

「お、おはようございます…」

一家勢揃い、というわけでもないがゾルディックの方々が席に着いている食卓へイルミの後から恐る恐る向かう。

「おはようセリちゃん、今日もお疲れ様」
「今日はいつもより遅かったな」

私に気付いたキキョウさんが労いの言葉をかけてくれた。そのすぐ後キキョウさんの旦那さんにしてイルミ達の父、素晴らしい筋肉の持ち主シルバさんが私とイルミに向かって声をかける。

「セリが落とし穴に引っ掛かって土まみれになったからね。いつもより着替えに時間がかかったんだ」
「お待たせしてすみません…」
「いや、気にするな」

元日本人の癖でペコペコ頭を下げるとシルバさんの優しい一言。この人はね、優しくて男前なの。
キキョウさんもシルバさんの言葉に頷きながら「今度早着替えのやり方を教えるわね」と微妙に論点のズレた発言をするが私を責めずニコニコしている。この人もね、ちょっと変わってるけど優しくて美人なの。
唯一素直に私に文句を言ったのは食べるの大好きな次男ミルキだった。

「おっせーよセリ。俺、早く飯食いたいのに」
「まぁミルキ。お姉様にそんな口をきいてはダメよ」
「いえ、明らかに私が悪いので。ごめんねミルキ、あとついでに私お姉様じゃないです」

5歳児にしてはぽっちゃりなミルキは頬を膨らませて私に怒る。
まだ幼いから可愛いが将来豚になることを考えると今のうちから食生活を変えるべきでは……、と思いつつ謝りキキョウさんのさりげない姉発言にはしっかりとツッコミを入れておく。否定しておかないと知らない間に私のファミリーネームがゾルディックになるからね。
ミルキはキキョウさんに注意されると「わかったよママ」と言って私に「ごめんセリ姉」と言ってきた。この子本気で私のこと姉だと思ってそうで怖い。

「とりあえず全員揃ったな、食べよう」

シルバさんがそう言うと真っ先にミルキが食事に手をのばし、他の面々もそれに続く。
どうやら今日はゼノさんとマハさんのおじいさん組は居ないようだ。
目の前の朝食を見てゴクリ…と唾を呑み込む。美味しそう、美味しそうだけど。

「セリ、食べないの?」

手をつけず固まったままの私を見てイルミが不思議そうに言う。
実は私、毎回こんな感じなんだけど。わかってて言ってるよねコイツ。

「食べるよ…、食べる」
「そう身構えなくとも今日の毒は微弱なものだから大丈夫だ」
「ええ、セリちゃんでも食べられるはずよ」
「あ、それはお気遣いどうも…」

やっぱり毒入ってるんかい。
ゾルディック家滞在初日にいきなり毒を盛られ手足が痺れた私を見て「毒の耐性がないの?」「それじゃすぐ死ぬぞ」「ならこれから慣らしていきましょう」とイルミ・シルバさん・キキョウさんの三人は痺れで会話に参加できない私を置いて勝手に話を進めた。
以後私は毎日微量の毒を摂取することになる。だからさぁ、慣れる前に死ぬって絶対。
と思って怯えながら朝食を口に運ぶ。今日は私どうなるんだろう…。

「…………ん?」

特に何ともない。摂る量が少な過ぎたか?と次は思いきって少し多めに口に含む。が、何ともない。
え、…え?これはまさか…。

「ほら、大丈夫でしょう?」
「大分体が毒に慣れてきたんだろう」
「よかったねセリ」
「んぐ、おめでとうセリ姉」

ゾルディックの皆さまからそれぞれお言葉をもらう。毒に慣れた…?
どうやら私は確実にスキルアップしてるらしい。ゾルディック生活すごい。

***


「ほれ、立たんかセリ」
「う…、はいっ」
「じーちゃん、手加減しなくていいから。セリのためにならないし」
「わかっとるわ」

今の私達は事情を知らない第三者から見たらお爺さんにボコボコにされる孫とそれを眺める兄という構図なのだろう。自分で言うのも何だがすごい状況だ。
自己流の構えらしきものをとり、ゼノさんに注意を払いつつ攻撃のタイミングを計る。が、視界からゼノさんが消えた。
すぐに後ろを向く。別に後ろから殺気が!とかじゃなく漫画とかでよく消えた相手が背後に回っていたりするからだ。
私もそれに倣ってみたがゼノさんはいなかった。どこに……?と早鐘のように鳴る心臓の動きを感じながら辺りを警戒する。

「まったく、隙だらけじゃの
「っ!痛っ!」

呆れたようなゼノさんの声が上から降ってくる。
上だ!と気付いたと同時に向こうの攻撃を避けるためでんぐり返しで移動を試みるも間に合わず。背中に見事な踵落しをくらった。
うわ、痛っ!こりゃ痣になるわぁ、と痛みに悶える私をやれやれといった感じでゼノさんが見下ろす。

「お前さん、体術の基本がなっとらんの。動きも鈍い。背中ではなく手でガードせんか、四大行しかできない今無防備な背中を向けるなんてダメージを増やすだけ。わかるか?」
「は、はい…」

めちゃくちゃ背中痛い。フランクリンの念弾くらった悪夢再びって感じ。
そうか…背中向けちゃいけないのか。でも手でガードも間に合わないんだけど。あ、それは私の動きが鈍いからか。
痛む背中を押さえる私を見て「少し休憩するか」とゼノさんが言う。そもそも何故こんな事になったかというとイルミが悪い。

地獄の朝食が終わった後、次の地獄昼食までイルミに念の指導をしてもらっていたら朝食時にはいなかったゼノさんが仕事から帰宅。目が覚めた日に初めて会ったゼノさんとは三日前に会って以来だったのでちょっと緊張気味に挨拶をする。
そんな私を見て「そういえばセリは念無しでどのくらい戦える?ちょっとワシと戦ってみんか?」と発言。固まる私をよそにイルミが「それいいね」と勝手に返答。
結果ボコボコにされました。
もう嫌だぁ…と地面にへばっている私にゼノさんは軽く伸びをしながら言葉をかける。

「お前さん思ってた以上に動けんの。今まで誰からも指導してもらわなかったのか?」
「戦い方とかはあんまり…」

牧師コスプレのおじいさんは修行方法雑だしな。旅団との修行もみんな好きなことやってるって感じで主に念修行だし。よく考えたら念無しでまともに戦ったことない。
答えに困る私の代わりにイルミが口を開いた。

「一応念はナズナおじさんから指導してもらったみたいだよ」
「ああ、あのガキか。なら仕方ない、あやつは念で変なもんばっか具現化して戦うからの。体術は専門外で教えられんのだ」

おじさんの次はガキ呼ばわりか。ナズナさん今頃くしゃみしてるかな、すごいこと言われてるよ。

「ていうか、ナズナさんについて詳しいですね。親しいんですか?」
「いや?八年くらい前から会っとらん」

どんだけ親交ないんだ。

「まあ、スズシロから話はちょくちょく聞いとったから今の状況は知っとるよ。子供の姿になって恋人に捨てられたんだったか」
「えっ」
「ん?」
「えっ」

私達の三人の間に微妙な空気が流れた。何その可哀相な話。

[pumps]