私がメガネにキレた理由
「外からの依頼と言えば基本的には護衛・諜報・暗殺のどれかだよ。一番よく来る依頼は諜報。でも人気なのは暗殺かな?報酬いいし」

私の『外からの依頼』について詳しく述べよ、という言葉に相変わらず一人だけ綺麗な服を着たメガネは、掛けている眼鏡を外して拭きながら言った。メガネが眼鏡ってなんかややこしいな。

「まともじゃないのばっかだね」
「そりゃ依頼人はマフィアだし」

向こうは普通の人間じゃ務まらない仕事をやってほしいのだ、とメガネは続ける。
確かに暗殺やらが出来る人間は少ないだろうけど流星街の住民だからってみんなが出来るわけではなくない?私は絶対出来ないし。
まぁ、そういう人は護衛やら諜報に回るのか。なら、その二つも出来そうにない私はどうしたらいいんだ?

「もうちょっとさぁ、普通の仕事ないの?非戦闘員向けの。清掃とかスーパーのレジ係とか犬の散歩とか」
「マフィアがそんなの頼むわけないだろう?そういうのは一般人がやる仕事だよ」

私の言葉にメガネは苦笑しながらそう言った。
私だって一般人だ。まるで流星街出身者が普通ではないというような言い方は止めてほしい。
一人ニコニコしているメガネにムッとする。

「私は一般人だからそういう仕事は出来ないよ」
「セリちゃんが?そんなわけないね、流星街の出身で念まで使えるのに」

メガネはおかしそうに言った。

「流星街出身というだけでもうこの街の人間は普通じゃない。さらにキミは念能力者だ、それで一般人なんて言えないよ」
「そんなわけないよ、念なんて基礎しか出来ないし」
「でも『使える』だろう?それで十分なんだ。世界中を捜したって念を知っているのはほんの一握り、使える人間はさらに少ない」

ここで一度言葉を止め、拭き終わった眼鏡を掛けて私に笑いかける。そして続きを話し出した。

「そもそも流星街出身者は念が使えようと使えまいと一般社会的には『存在しない人間』なんだから。いるはずのない人間を一般人って言える?」

淡々と言うメガネに思わず顔を顰める。こいつ8歳の子供相手によく平然とそんなこと言えるな。下手したら病むぞ。
そんなメガネは念能力者で淀みのない綺麗な纏の状態を保っている。つまりこの人も一般人じゃない、と。
集会所を見回す。纏をしている人もいればオーラを垂れ流したままの人もいる。流星街といえど全員が念能力者ではない。そんな中で念を使える私は確かに一般人とは言えない。
ていうか一般人一般人言い過ぎてちょっとわけわかんなくなってきた。

「念が使えない人がいるのに仕事はその三つしかないの?」

とりあえず一般人とかは置いといて仕事内容に話を戻す。
言外に危なくない?と含ませた私の質問にメガネは「さっきも言っただろう?」と言い、座っている私と目線を合わせるために屈むと内緒話をするように小声で話し出した。

「念を知っていてさらに使える人間は少しだけ。外からの依頼で入る仕事のターゲットはほとんどが非念能力者なんだ。だからそれなりに戦えれば念なんて使えなくても問題ないわけ」

なるほど、とメガネの言葉に納得する。確かにさっきも言ってたけど念能力って使えるどころか存在すら知らない人の方が圧倒的に多いんだっけ。
漫画の登場人物はほぼ全員使えたし、転生後の私の周りには念能力者がたくさん居たからいつの間にか使えるのが当たり前のように感じていた。
うーん、じゃあやっぱり私普通じゃないのかも。一応私が思う普通じゃない順に並べてみると一番やばいのが念能力者で流星街出身、次に非念能力者で流星街出身、戸籍有りで念能力者と続いて最後が戸籍有りの非念能力者(腕に自信あり)になるんだけど。
あ、これだと私やばいじゃん、どうしよう。よく考えたら自分の生年月日も知らないし。

間違いなく真っ当な職には就けない、という事実があらためて私の上にのしかかる。そのまま黙ってしまった私を見て何をとち狂ったのか空気の読めないメガネが暢気な声でお仕事紹介を始めた。

「セリちゃんなら暗殺がオススメかな、念も使えるんだし相手より優位に立てるよ」
「無理無理無理無理」
「一番報酬いいし」
「無理無理無理無理」
「そこまで拒否しなくてもなぁ、どうせ知らない相手だよ?ナズナくんを殺せって言ってるんじゃないんだし」

簡単じゃないか、とメガネは続ける。
いやいや何言ってんのコイツ怖い。知らない相手だから何だよだからって殺せるわけないじゃん!

「セリちゃんはまだ子供だからわからないだろうけど、暗殺ほど簡単なものもないよ?念が使えるんだから極端に言えば絶して近づいた後悪意を持ってオーラ飛ばせばもう終わり」

まるで三分クッキングの手順のように話すメガネにいらつく。無理って言ってんじゃん。なんでそんなに暗殺勧めてくるんだよ。
どうやらメガネの中では暗殺=簡単しかも報酬良し最高という方程式が出来上がっているらしい。実際そうなのかもしれないけど私には無理だ。
しかし『外からの依頼』はこれ以外は諜報と護衛だけ。外で働きたくとも働けない私は、もうこの二つから仕事を選ぶしかない。
護衛…は私、人護れるほどの力ないから無理。自分で精一杯。

それなら諜報だろうか。諜報ってアレでしょ?スパイ的なのでしょ?というのをメガネに伝えたら渋い顔をされた。

「間違ってた?」
「いや、合ってるけどセリちゃんが思ってるほど簡単じゃないよ?諜報の仕事受けた五人に一人は死んでるし」
「ええ?死亡率高すぎない?」

諜報ってそんなに危険なの?私のイメージでは結構地味な感じでそこそこ戦闘が出来れば大丈夫そうだったんだけど。
疑問符を浮かべる私にメガネは苦笑しながら言った。

「全体的な難易度は低めなんだけどね。ただターゲットは結構な確率で依頼人より格上だからさ、ターゲットのレベルが上がればバレる可能性も高くなるんだ」
「はぁ…?それで?」
「バレたら最後だよ。依頼人は助けてなんてくれないんだから普通に殺されちゃう」

マジでか。

「で、でも、正体バレちゃったら依頼人の情報も漏れるよね?」
「いや?それはないよ。諜報の仕事を受ける時は内容だけ伝えられて依頼人については一切わからないようになってるし」

ここで一度言葉を切ると眼鏡をくいっと上げた。コイツがやるとなんか腹立つ。
メガネはそれに、と続きを話すべく口を開いた。

「流星街の人間は『存在しない』からどんなに調べても何も出てこないんだよ。だから失敗しても依頼人はただ知らないフリをして、また別の人間を使えばいい」
「それって捨てゴマ扱いじゃん」
「そうだよ」

あっけらかんとメガネは言った。そしてそのまま笑顔で続ける。

「たとえ失敗しても足のつかない流星街の人間はマフィアにとって本当に都合がいいんだ。だから諜報の依頼が一番多いんだけどね」
「………………私、やっぱり諜報やめる」

ドン引きしてそう言うとメガネは「それがいいよ」とどことなく安心したように明るく言った。
マフィアって怖い。

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